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7:Storm into the room

 旅をするうえで重要視しなければいけない一つのファクターとして、『難所』と呼ばれる場所が存在する。

 『難所』。要するに通る上で一定以上の困難や危険が付きまとう場所のことであり、通行する際にそれ相応の注意と警戒、そして慎重さが求められる場所のことだ。

 村を出発してこのかた、ずっと森の中を行軍していた勝一郎達だったが、出発から八日を迎えたその日に、とうとう『難所』と呼ばれる一角にぶつかった。

 中央に大きな川を挟んだ、レキハ村のあるそれと比べても遜色の無い断崖である。下を見れば川が流れており、谷川というイメージが一番近い場所だった。


「まさかこれほど早く『カンゼツの谷』にたどり着くことになろうとはな」


 谷にたどり着くその前日の夜、明るい部屋の中で谷についての事前情報を勝一郎に語るその前に、語り手であるハクレンは何やら感慨深そうにそう呟いた。


 余談になるが、今回の遠征における行軍速度はハクレンの感慨の通り、例年と比べて恐ろしいまでの速さで進行している。そうなった要因はもちろん、今年から新たに加わることとなった要素、留守勝一郎が持つ【開扉の獅子(ドアノッカー)】の存在だった。


 なにしろこの能力のおかげで、今年の戦士たちは己の装備品以上の持ち物を持っていない。

 通常遠征における移動は、戦士一人一人が思い荷物を背負い、足の遅い女性メンバーを引き連れて、歩いて足場の悪い森の中を踏破するというものだった。

 ところが今年は勝一郎の【開扉の獅子(ドアノッカー)】によって荷物を詰めておける特大の部屋が提供され、普段ならば背負って歩かなければならない荷物を丸ごとその超空間に詰めておけるようになっているのである。


 しかもこの部屋の中に、荷物のみならず人まで入れておけるというのも巨大すぎるメリットだった。

 前述したように遠征のおける参加者の中でも、とりわけ女性陣は足が遅い。

 なにしろ男性陣のように普段から森を歩きなれているわけでも、特に鍛えているわけでもない、加えて性別的にも体力で劣る女性の身である。中にはランレイのようにこっそりその弱点を緩和してしまっている人間もいるのだが、そんな人間が一人いたところで残る四人の足が速くなるわけもない。この世界の男性陣はそれを当然のものとして受け取っているし、それゆえに問題にもされてこなかったが、しかしそれでも女性陣の同行が行軍の足を鈍らせているというのは男女ともに認識している当然の事実だった。

 ところが今回は、勝一郎の【開扉の獅子(ドアノッカー)】が参入したことで、その女性陣を部屋の中に入れて運ぶことができるようになっている。

 否、別に部屋の中に入れるのは女性ばかりではない。それどころか残る男性メンバーも、部屋の中に交代で入ることで、いちいち休息をとるために足を止めなくとも、部屋の中で移動しながら安全に体を休めることができるようになったのである。これは体力的にもきつい移動を行わなくてもよくなった女性陣のみならず、彼女たちを守らなければいけない戦士たちにとっても非常にありがたい事だった。なにしろ有事の際に守らなければいけないメンバーが、守りやすいマントの中にいてくれるのである。女性メンバーの護衛を役割の一つとする戦士たちにとって、これほどやりやすい状況はない。


 加えて、部屋の中で休息以外のことができるというのも大きな魅力だった。

 以前にランレイがやっていたように、部屋の中では武具の手入れなどができるのみならず、どうしても現地での調達が必要になる食料の加工、もっと言ってしまえば獲物の解体も、部屋の中に持ち込んでしまえばその中でできるのである。

 獲った獲物の解体は、実は足を止めなくてはならないうえに外敵にも狙われやすい危険な行為だ。終わるまではその場に足止めを食らううえ、外敵を呼び寄せる血のにおいをどうしてもまき散らしてしまうため、より危険な生き物に狙われる確率が高くなる。最悪の場合はとった獲物すら放棄して新しい敵と戦わねばならない状況すらあり得るのだ。実は獲物をとるその時よりも、戦士たちにとっては獲った後の方が気が抜けない時間となる。

 それが今回は部屋の中に放り込み、中にいる人間、特に外に出していてもあまり役に立たない勝一郎やロイドたちに任せておけばそれで先に進めるのだ。

 まあ、そのおかげで約二名、出発して八日間の間に実に五匹もの別種の獲物を解体する羽目になった勝一郎とロイドはだいぶ憔悴することになったわけだが、そこは慣れが解決してくれる問題である。そもそもこの世界で生きる上で避けて通れる問題でもない。






 と、そんな感じで七日間を過ごし、迎えた八日目に到着したのが難所と言われる『カンゼツの谷』である。

 レキハ村やレキハの森も相当に高低差が激しい地形で崖も多かったが、この谷川の絶壁具合は見ているだけで圧倒される高さだった。


「……ふむ。今年は少し水量が多いようだな昨日降っていた雨が原因か」


 勝一郎が谷川を見下ろしていると、いつの間にか隣に来ていたハクレンが同じように下を見てそう呟く。

 言われて見れば、川は確かにかなり流れが速いようで、普段を知らない勝一郎にも増水の可能性を思わせる濁り方で染まっていた。

 ついでに言えば、勝一郎には増水の理由にも一つ心あたりがあった。


「ああ、そういえば昨日はゲリラ豪雨みたいな、すごい雨が降りましたね」


 恐らくは川の増水にもつながっているだろう、叩き付けるような大雨が降ったのはつい昨日のことだ。勝一郎たちは全員が部屋に潜り込んでやり過ごしたが、それでも半日ほど足止めを喰らってしまい、昨日はほとんど進行することができずに終わってしまった。この谷へも、本来ならば昨日のうちについていたはずである。

 それに比べれば今日の天気は比較的安定していたため、てっきり勝一郎はこのまま進むのだろうと思っていたのだが、しかし代わりに下されたのはそんな勝一郎の考えとは真逆の指示だった。


「諸君、少し早いが、今日はこの場で野営とする。明日はこの谷を越えるから、今日のうちに心して準備を整えておけぃ!!」


 谷を覗き込む勝一郎たちの背中に、ここ数日で聞きなれたブホウの指示が飛んでくる。どうやら難所の攻略に一日かけるために、昼を過ぎた今日はもうこの場で休むこととするらしい。周囲を見れば、すでに戦士たちの一部が周囲の警戒へと注意深く乗り出し、今まで部屋の中にいた戦士や女たちも外へ出て野営の準備に取り掛かっている。夜眠りにつくのは部屋の中だが、流石に食事に火を使う際には外で行うのが常だった。

 食材に関しても昨日勝一郎たちが裁いたばかりの肉があるため、あとは保存食の野菜などを加えれば簡単に出来上がるだろう。


「さて、我々も野営の準備に取り掛かるとしよう。明日は難所越えになるから、今日のうちにできうる限り修練を積んでおかねばな」


「……ええ。そうだろうと思いました」


 そこは休息をとるところではないのかと、顔を引きつらせてそんなことを思いながら、しかし勝一郎はあきらめの嘆息を吐いてその発言を諦める。

 ハクレンがそんな甘い判断を下すはずがないことは、勝一郎自身が一番よく知っていた。








「おお、ハクレン殿。ここにおられましたか!!」


 やたらと高い声で、ソウカクがハクレンにそう声をかけてきたのは、勝一郎がハクレンにぶちのめされて、三回目の気絶から目覚めた直後のことであった。

 ちなみに、今回もロイドは参加できておらず、今はまだ勝一郎一人で奮闘中である。遠征への参加が決まったあたりから勝一郎とロイドは別々の仕事を与えられるようになり、二人の持つ異能の違いからくる訓練メニューの問題も相まって、どうにも二人がかりでハクレンに挑むという、いつもの立ち合いを行う機会は減少傾向にあった。

 実際、今回も彼は彼で、今はまだほかで与えられた炊事系の雑用を遂行中で、訓練には仕事が終わってからの参加となっている。少々遅すぎるような気もするが、何しろここは未知の土地だ。薪探しにでも手間取っているのだろう。

 今はまだ、勝一郎もそう思っておく。

 いや、事実としてそうであるはずなのだ。でなければ、あのハクレンが何も言わないはずがない。



 さて、そんな形で、勝一郎だけが先に訓練を受けていたさなかにやってきたのが、先に述べたようにやたらと高い声の持ち主、ソウカクである。

 見れば何やら慌てた様子で、背後からはわずかに遅れて大柄なウンサイもこちらの方へと急いでいる。


「今ブホウ殿にも報告すべく探していたのですが、ハクレン殿にもぜひこれを見ていただきたく」


「どうかしたのかね?」


 慌てた様子でこちらにやってきたソウカクに対し、ハクレンは真剣な面持ちで彼を迎え、彼が差し出すものへと視線を移す。

 勝一郎もソウカクの様子にただならぬものを感じてそちらを見ると、彼が持っていたのは一枚の、やたらと大きな黒い羽だった。


「……これは」


「僭越ながらハクレン殿、これは【谷翼竜】の羽ではないでしょうか。我らは実物を見たことがないため判断しかねるところなのですが……」


 ソウカクとウンサイは今回遠征に参加した中でも比較的若い、そして今回が初参加となる戦士の二人だ。村では遠征の際に遭遇の多い生物の話などはかなり積極的に教え込まれるが、しかしそれでも話に聞くだけで見たことの無い生物について判断するには二人は少々経験が足りな過ぎた。

 そして経験豊かな、参加メンバーの中でも最も年長な者の一人とも言えるハクレンは、その経験故に顔色を変える。


「確かにこれは【谷翼竜】の羽だ。ソウカク君、君はこれをどこで見つけたのかね?」


「向こうの茂みの奥、少し開けたあたりに何枚か落ちておりました。周囲には血の跡もあり、恐らくは――」


「狩りをした後ではないかと?」


 ハクレンの問いに、ソウカクは追いついたウンサイと顔を見合わせた後、すぐに首を縦に振る。

 【谷翼竜】という生物については、勝一郎自身も見たことこそなかったが、村からここまでの道中できっちりと聞かされて来ていた。話に聞く限りではここよりももっと上流、言ってしまえば明日踏み入るあたりに生息する魔獣だったはずだが、この近くで狩りをした跡があるというならその事前情報は覆ることとなる。


「急いで総員にこのことを通達したまえ。……いや、その前に食事の準備を急いでやめさせよう。煙や匂いを嗅ぎつけられるとまずい。ブホウ殿にも見つかり次第報告を。トドモリ君、君もだ。もう感づかれている危険があるから急ぎ女集に部屋に入るよう促したまえ」


 鋭い気配と共にその場の三人に次ぎ早に支持を出すハクレンに、勝一郎は慌てて立ち上がって走り出す。

 だが一足遅く、勝一郎が他のメンバーのもとにたどり着く直前に、川上の方向に暗雲が垂れ込める。

 翼開長にしておよそ八メートル。全長も人間の大人ほどもある巨大な黒鳥の群れからなる、そんな不吉以上に災厄そのものとさえ言える巨大な暗雲が。


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