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5:Waiting Room

 訓練に明け暮れ、扉を開き、労働に明け暮れているうちに瞬く間に時間は過ぎて、とうとう遠征に出発する朝がやってきた。

 ランレイが作り、その後多少の調整を行った鎧を身に纏い、この十日間で作って荷物を運び込んだ倉庫兼エアコンマントを着込んで準備を整えた勝一郎は、右手に武器である槍を携えて集合場所へと向かう。

 集合場所は村の入り口付近の広場。森へと続く断崖のすぐ近くにあるその場所では、共に遠征に向かう十七人の男たちと、それに追従する女性陣四名が集まり、見送りの村人たちとの間でしばしの別れを惜しんでいた。


 遠征に参加する人員は、勝一郎含めて合計二十三名。男性十七名、女性五名がその編成に名を連ねている

 男性メンバーでは現戦士長であるブホウや、時代の戦士長であるエイソウ。勝一郎たちの師匠であり、同時に医師でもあるハクレンや、先日エイソウたちとともにいたソウカクとウンサイ、さらには以前一度だけ行動を共にしたエンロンなどが見受けられる。勝一郎としては現役と次世代の両戦士長が両方とも村を開けてしまうのはどうかとも思ったが、聞くところによると今回の遠征は現役から次世代への教育も兼ねているらしく、引継ぎの意味合いも含めて二人同時の参加は必須らしい。留守中の戦士長の代理は、ハクレンが選んだ別のものが務めることとなっている。


 対して女性陣では、こちらはハクレンの妻であるリンファが参加メンバーの側に立っていた。今この場に集まる残る三人も基本的には男性メンバーの誰かの妻であるらしく、四人全員が夫とみられる戦士と寄り添うように並んで他の村人からの見送りを受けている。どうやら女性メンバーの中で未婚のものは、まだここに到着していない、最年少の一人だけらしい。

 そんなことを考えていると、当の最後の一人、先ほどまでロイドと勝一郎の準備を手伝っていたランレイが、自身も準備を終えて集合場所へとやってきた。


「待たせたわねショウイチロウ。他の皆はもうそろっているの?」


「ああ。今数えてみたけど、二十三人、全員いたよ」


 ランレイが周囲を見回し、なぜか年配の女性陣にロイドが囲まれているのを見て首をかしげるのを見ながら、勝一郎は女性陣最後の参加者となったランレイと共に遠征メンバーの集まる場所へと歩を進める。

 遠征へと向かうメンバーのうち、女性陣五人の最後の一人には、なんとランレイが選ばれていた。こちらはブホウの指名ではなく、女性のトップである巫女・カジュンの指名によるものらしい。聞けば男性メンバーとは別に、女性メンバーは毎年巫女が選定しているのだという。

 この世界のレキハ村において、村には二人のトップがいる。それが男の戦士たちを束ねる戦士長と、女で村の中の取り決めやシャーマニズムを取り仕切る巫女と呼ばれる存在だ。この世界は男女の役割分担がかなり厳格に行われていて、村の外へ狩りに出て、魔獣と戦い獲物として持ち帰るのが男の役割、そしてそうして持ち帰った素材の加工・生産、そして内政やシャーマニズムを取り仕切るのが女性の役割となっている。

 この体制を男が軍事以外の全てを丸投げしていると見るか、あるいは女性に生活のほぼすべてを握られて尻に敷かれていると見るかは人によるであろうが、しかし結局勝一郎はどちらでもない、特に優劣の無い完全なる役割分担という解釈に落ち着いた。

 無難な解釈と言ってしまえばそのままだが、そもそもそれほど殺伐とした問題があるようには見えないのでそれでも問題ないような気もする。

 ただし、それはランレイのようにその枠を飛び越えようとする者にとっては大きな問題だ。


「ランレイ」


 呼びかける声を聴き、思わずランレイと共に勝一郎まで振り向くと、そこに見送りに来たらしき二人の女性の姿があった。

 それだけならば他と変わらない、見送りという意味では今村中で起きているのと同じ光景だが、この場合は相手となる二人の人物が少し特殊だった。

 現在の巫女カジュン。そして次代の巫女リンヨウ。

 共に村の最高権力者と、その後継ぎとされる最大の要人が、ランレイのもとに厳しい顔をして向かってきている。


「おはようございます、ランレイ」


「おはようございます。カジュン様、リンヨウ様」


 聞けば勝一郎と同い年だというリンヨウの先手を取っての挨拶に、ランレイも挨拶の言葉を返して頭を下げる。

 年齢的には一つしか違わないというランレイとリンヨウだが、その醸し出す雰囲気、そしてその元となる性格は、ある意味対極と言ってもいいものだ。こうしていても隠しきれない跳ねっ返り気質がにじみ出ているランレイに対して、リンヨウの雰囲気は物静かで確かに巫女や姫といったイメージに相応しい。ランレイの普段の振る舞いは、まさしく彼女とは対極と言っていいものだ。

 もっとも対局というならば、彼女の後ろに控える現巫女カジュンも負けてはいないが。


「息災のようで何よりであるぞ、ランレイ」


 張りのある、存在感と尊大さを感じさせる女性の声。

 言いようによっては高圧的とも言える態度でありながら、貫録と逆らい難い迫力を持つその女性にはむしろ相応しいとさえ思ってしまう話し方。細面に鋭い視線、男である勝一郎すら届く超える長身、そして歳を感じさせない美貌を兼ね備えたその女性、現巫女カジュンの雰囲気は、リンヨウの雰囲気を姫のようと評するならばむしろ女王とでも評するのが正しく思える。


「おはようございます」


「おはようございます、カジュン様」


「うむ。おはよう二人とも。トドモリ殿も息災そうで何よりじゃ」


 勝一郎とランレイの挨拶にカジュンもそう返すと、なにを思ったのか突然前に立つランレイの脇にマントの上から手を突っ込み、その上下を素早くまさぐった。


「ひゃぁっ!?」


「はしたない声を出すでないわ。行儀の悪い」


 顔を赤くするランレイを少々理不尽に叱咤して、カジュンはそのままランレイのマントをめくってその格好を検める。

 ランレイが今纏っているのは、勝一郎のものよりさらに簡素な竜革の鎧だ。通常武装する事態など稀なこの世界の女性だが、流石に遠征に同行する際にはその危険性ゆえにこのような防具を着用することになっている。

 とは言え、それはあくまで防具に限った話で、武器に関しては有っても邪魔になるだけという判断から簡素な短剣程度しか持たされていない。女性を同行させる際は基本的に彼女たちは完全な護衛対象であり、参戦させることなどもってのほかというのがこの村での考え方だ。むしろいかなる状況であろうとも、彼女たちが戦わねばならない状況になったならばその時点で負けであると考えていると言ってもいい。


「……ふむ。どうやら弓は持っていないよう。そのような厚着で、よもや弓や矢立てを隠しもっているのではと疑ったが……」


「そ、そんなことはしていませんッ!!」


 カジュンの指摘に、ランレイが少々上ずった口調で慌ててそう抗弁する。

 とは言えその声が上ずっているのは、カジュンの指摘がまさに的を射ているからだ。現にランレイはマントの内側、今まさにカジュンがめくっているそのちょうど裏側に、小さな扉を作らせてそこに弓と矢を数本忍ばせて隠し持っている。もしもここでカジュンが、マントまで脱がせてその内側を検めれば、それだけで背中側の荷物部屋とは別に開いているその扉に気付かれてしまっていただろう。

 とは言え、実際にその部屋を見つけられなくとも、ランレイのその様子だけでカジュンには彼女の嘘がバレてしまっていたようだが。


「……ハァ。よいかランレイ。妾たち女子(おなご)の役目は妾たちの盾となって働く戦士達を、あくまで背後から支えること。決してそこに割り込み余計な手出しをすることではないわ」


「……それは、わかっています」


「いいや、わかっておらぬ。わかっておれば自ら弓をとろうなどとは思わぬからな。

 この際だから言うておくぞランレイ。お前が自ら学んだ半端な弓など、真に武術を修めた戦士たちにとっては邪魔にしかならぬわ。その手で戦士たちを背中から撃つ前に、きっちりと己の職分に専念することじゃ」


「そ、そんなこと――!!」


 カジュンの言葉に激昂し、反論しかけるランレイだったが、直後にその反論が意味をなさないことと気づいたのか小さく『わかっています』という言葉に置き換えた。

 勝一郎の方も一度はランレイの弓に命を救われた身として反論の言葉を口にしかけたが、結局は何も言えずにその言葉を腹の中へとしまい込む。

 実際のところ、カジュンはランレイの全てを否定しているわけではないのだろう。そもそもそうであるならば、態々ランレイを遠征の女性メンバーに選んだりはしないはずだ。


 恐らくランレイが選ばれたのは、彼女が女性としての在り方に反して培った技能が、この遠征において重要な意味を持つからだ。

 村の女性たちは基本的に、こうした遠征に同行する以外では村から出ることはほとんどない。彼女たちは基本的に村に残り、武器や日用品などの様々な製品の作成に従事しているため、森の外での活動には不慣れなものがほとんどだ。当然こうした遠征の際には足手まといになりがちで、男たちも彼女たちのフォローに一定の神経を使うことになる。

 だがランレイは、勝一郎がこの世界に現れた際に露見するまでのわずかな間ではあるが、独自に森に潜り込み、弓の練習などを隠れて行っていた。それ自体は危険で認めるわけには行かない行為だったのだろうが、しかしそうしたことで培った体力や森を歩くことへの『慣れ』は全体への安全を考えた際無視し難いものが有ったのだろう。

 とは言えカジュンも、ランレイが参戦することまで認めるつもりはないようだが。


「トドモリ殿」


 内心で勝一郎がランレイが選ばれた理由をそう分析していると、カジュンがその矛先をランレイから勝一郎に向けなおす。とは言え、その口調はランレイに対するものよりも幾分やわらかい。あるいはランレイに対してのみ、カジュンはああした態度で臨んでいるのかもしれない。


「トドモリ殿、すまぬがこの愚かな娘をよろしく頼む。くれぐれもこやつを向きもせぬ荒事に関わらせんでくれ」


「は、はあ……」


 ランレイの手前しっかりと引き受けるわけにもいかず、かといってカジュンの言葉を拒絶することもできず、勝一郎はこの場では一番最低と言える、曖昧な返事をそのまま返す。

 だがカジュンはそんな勝一郎の態度を糾弾することもなく、最後にもう一度ランレイへと向き合い、最後の言葉を突きつけた。


「よいなランレイ。決して武器をとってはならぬぞ。たとえ相手が【剣角竜】であってもじゃ」


(【剣角竜】……?)


「わかり、ました……」


 勝一郎の疑問をよそに、ランレイは感情を殺した声でカジュンに従い、そうすることでようやく彼女たちから解放された。

 どう見ても納得していないランレイの様子に不安を覚える勝一郎だったが、それでも遠征への時間は容赦なく迫り来る。

 結局何もはっきりとしたことを言えないままに、勝一郎にとって初の遠征が始まりを迎える。






 結局言葉だけでは納得しなかったランレイだが、しかし彼女が納得していないことは釘を刺した二人にとっても自明の理だった。

 だからこそ、勝一郎達のもとを後にして先を歩くカジュンに対して、後ろを歩く巫女リンヨウが密かに問いかける。


「よろしかったのですか? あれではランレイも納得してはいないでしょう」


「そうであろうな。そもそも言って聴くならこのような形で遠征に等参加させておらぬわ」


 カジュンとて知っている。ランレイの抱くその感情が、どれほど頑強で、そして実りのない危険なものであるかも。このままランレイがその望みに囚われて行動し続ければ、いつか命を落とす結果になるのは明白だ。実際勝一郎がこの世界に来た前後で、彼女はその望みから来る行動故に二度も命を落としかけている。それも勝一郎の口から聞いては発覚したというだけで、実際にはそれ以前から危険な現場はもっと多かったかも知れない。

 だからこそカジュンは、今回戦士たちと共にランレイを村の外に出すことを決断した。実際に件の竜と合わせることで、彼女に身の程をわきまえさせる機会を与えることにしたのだ。


 きっと彼女も実際にその存在を目の当たりにすれば、己の願いの無意味さを理解することだろう。

 もちろん彼女にとってはつらい経験だ。だが乗り越えなければいけない過程なのだ。ここで挫折を味わっておけなければ、彼女は命を落とすまで危険な行為を繰り返す。


「さて、見送り前にもう少し回るぞリンヨウ。小言を言わねばならん相手はあ奴一人ではないからな」


「はい。カジュン様」


 最後にもう一度だけランレイたちを一瞥し、二人の巫女が出立する戦士たちのもとへと消えていく。

 彼女のことも含めて夫に釘を刺すために、カジュンは真っ直ぐに村の中央にいるブホウのもとへと進んでいった。


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