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4:Fitting Room

 勝一郎達に遠征なるものの知らせが舞い込んだのは、勝一郎が初めてロイドとの連携を試みたその日からわずか二日後のことだった。

 以前からそれへの参加をほのめかされていた勝一郎としては『ついに来たか』という感覚で、予想通り勝一郎自身もその遠征への参加メンバーに選ばれていた。

 当然と言えば当然の話である。

 実際、戦闘という面では現状ほとんど役に立たない【開扉の獅子(ドアノッカー)】だが、しかし勝一郎の言うところの逃げ隠れや、物資の輸送という面では絶大な効果を発揮する。

 なにしろ面一つあればそこに体育館並み、あるいはそれ以上の広さの倉庫を作ることができきるのだ。しかもその面を持ち運べる布にでも設定しておけば、遠征に出向く人間一人一人が莫大な容積を持つ収納スペースを、それも全く重荷に感じずに携帯することができるときている。流石に手を突っ込むだけで荷物を取り出すことはできないだろうが、それでも某ネコ型ロボットのポケットに匹敵する利便性である。

 加えて、勝一郎一人がいるだけで道中の安全性が一気に上がる。

 逃げ隠れ向きと勝一郎自身が評価するように、勝一郎の【開扉の獅子(ドアノッカー)】は面さえあればそこに安全な宿泊スペースを確保することが可能な異能力だ。

 扉を閉めれば、勝一郎本人以外は外からは扉を認識できなくなるため、中に入ってしまえば臭いでもたどられない限り見つけることすらまずできない。

 加えて、一度閉じた扉を開くことができるのも勝一郎だけという点も、外からは勝一郎が明けない限り絶対に侵入できないという意味で魅力的だ。

 もちろん面を傷つけられると中にあるものが強制排出されてしまうという欠点はあるため、掘り返されるなどの可能性を排除するために面を作る場所は選ぶ必要があるだろうが、それでも作る場所さえ選べば極めて見つかりにくく、外から侵入される心配のない一室を、しかも好きな場所に作ってしまえるというのは大きすぎる利点である。こんな特殊能力の持ち主を連れて行かない訳がない。


 そんなわけで、遠征への参加が予定通り決まった勝一郎だったが、一つ意外だったのがロイドもまた遠征に参加するメンバーとして選ばれていたことだった。


「ハァッ!? なんで俺が!?」


 勝一郎としてはどちらでもありうる、しいて言うなら残る可能性の方が高いくらいに思っていたのだが、しかし一番意外だったのは指名された本人だったらしい。

 まさか自分が連れていかれることになるとは思っていなかったようで、その指令を受けた直後のロイドは懐かしの蒼い顔で口をパクパクさせていた。

 とは言え、その判断は客観的に見てもおかしいとは、勝一郎は思わなかった。

 そもそも遠征というのは、村の戦士達のうちの何割かを、村の前に広がるレキハの森のさらに向こう、大型魔獣の多く生息する草原地帯へと送り込み、そこで普段の森の魔獣からでは得られない量の食糧を調達するために行うものである。

 それだけ聞けば精鋭のみを送り込めばそれでいいように思えるが、しかし現実にはそうとばかりも言っていられない。

 なにしろ今勝一郎がいるのは、村人全員合わせて百二十人前後しかいない異世界のレキハ村だ。いくら食料備蓄に余裕があるとは言っても、村に残された人員とてまったく狩りをしないわけには行かないし、それ以外にも何かがあった時のためにそれなりの数と質の人員を残しておく必要がある。

 要するに遠征に行くにせよ残るにせよ、どのみち狩りには出なければいけないのだ。

 ならば一つの判断として、ロイドを同じ異世界人である勝一郎や、二人の師匠であるハクレンとセットで扱い、二人と同じ遠征部隊に組み込むという選択肢は十分に有り得たように思う。

 とは言え、それらの理由があったとしても、いまだ二人は二人がかりでもハクレンに勝てずにいる実力不足の未熟者である。いくら残るにしても危険は付きまとうと言っても、付きまとう危険はやはり遠征に行く者達の方が大きいわけで、勝一郎たち二人には最後の追い上げのようにハクレンの訓練が課せられた。


 特に、ハクレンが急いだのが勝一郎への気功術の訓練である。

 遠征は十日後と、そう決められた直後に勝一郎が課せられたのは、【瞬気功】と呼ばれる新たなる気功術の習得だった。







「さて、トドモリ君。君は我々が使う気功術に、二種類の型があることに気付いているかね?」


 いつもの演習場の一角で、勝一郎と一対一で向かい合いながら、ハクレンは勝一郎にそう問いかける。ちなみにこの場にロイドはいない。勝一郎とはまた違う世界の異世界人であるロイドは、その体質故に気功術を使うことができないため、いつも気功術の訓練を行う時と同様、別の場所で別の訓練をハクレンによって課せられている。


「二種類の型、ですか……? えっと、それは【筋】や【血】みたいな、属性の違いではなく?」


「【属性】なる言い方は我々はしないのだが、まあどのみちそれのことではないよ。ふむ……、まあ、ここは実際にやって早めに話を進めておくべきか。何しろ今は時間もない」


「……はあ」


 勝一郎がいぶかしげな表情を浮かべる中、ハクレンは腕まくりをして、その腕にそのまま【気】を流す。体の内で行われる故か、外からはなかなか分かりにくい気功術だが、この距離ならば勝一郎でもその腕に【気】がみなぎっているのがちゃんと感じられた。

 見逃さぬようにと自身も気功術で【感】の【気】を全身にめぐらし、己の【気】を感じる感覚を強化していると、それに気づいたハクレンがわずかな笑みの後に言葉を続けた。


「そう、これが以前君に教えた、【錬気功】と呼ばれる【気功術】だ。【錬気功】は己が内より【気】をくみ取り、それを絶えず全身、あるいは必要箇所にめぐらせることで強化を行う。対して――」


 そう言って、ハクレンは一度自身の腕にめぐらしていた【気功術】を解くと、その効果が抜けるまでわずかに間をおいて再び腕を勝一郎に差し出した。

 わずかな緊張と共に勝一郎がその様子を見守っていると、突如、ハクレンの体内で【気】の感覚が爆発し、その感覚が一瞬と間をおかず差し出された腕へと叩き込まれた。

 腕へとみなぎった【気】の総量は先ほどの倍以上。恐らくは高まった力もそれと同等だろう。雑な想像ではあるが、先ほどと今、殴られた際どちらが痛いかを考えれば、先ほどの方が圧倒的に痛く、今のものでやられては感覚すら残らないのではないかと思った。

 我ながら想像する形が間違っていると思う。


「これが【瞬気功】だ。【錬気功】が絶えず【気】をくみ取って体にめぐらしているのに対し、【瞬気功】は一瞬のうちに【気】をくみ取って肉体の必要箇所に叩き込むことで、瞬間的に【錬気功】による強化を超える強化を行う。呼吸に例えるならば、【錬気功】が継続的に息を吐き続けるのに対して、【瞬気功】は吸い込んだ息を一度に吐き出すように行う、といったところか」


 解説するハクレンに促されて、勝一郎は自身も彼の真似をする形で【瞬気功】を試してみる。

 異世界に来て、【開扉の獅子(ドアノッカー)】や【気功術】と呼ばれる異能を突然身に着けた勝一郎だったが、しかしこれらの異能は発動させるだけならばひどく簡単だ。まるで手足を動かすかのごとく、自身の中にある【気】をくみ取り、動かすことが可能になっている。

 ただし、人の手足がそうであるように、自由に動かせることとうまく動かせることはまた別の問題だ。


「ふむ……。汲み取る【気】の量が少なすぎる。発動にも時間がかかりすぎだな」


「あ、やっぱりですか……?」


 自分の【瞬気功】の、自覚があったショボさを具体的に指摘され、勝一郎は思わず肩を落とす。直前のハクレンの【瞬気功】と自身のそれを比べればその差は歴然だ。これでは普通に【錬気功】を使っていた方が効率がいいくらいである。


「まあ、これに関しては反復練習で少しづつ精度を上げていくしかないな。まともに発動させられるようになったら次は連続使用だ。できれば遠征までに、連続で三回までは使えるようになってほしいものだな」


「さ、三回ですか……」


 現状の自分にとって多いのか少ないのか、まずそこがわからず反応に困る勝一郎に対し、ハクレンはその反応をどう解釈したのか感心したような笑みを浮かべる。


「おや、三回程度では不満かね? ならばいっそのこと十回くらいの連続使用ができるように死力を尽くして――」


「いえ、三回で結構です!! よおし、三回目指して頑張るぞ!! 目指せ三回!!」


 危険を肌で感じ、勝一郎は慌ててハクレンの言葉を遮り、そう宣言する。

 実際のところ、それが全てハクレンの策略のうちなのだと悟るのは少し後のことなのだが、それに気づくにはこの時の勝一郎には情報量が足りていなかった。

 あるいは、この質問をもっと早くしていれば、勝一郎もハクレンのそんな罠にはかからずにすんでいたかもしれない。


「ちなみに、この【瞬気功】の連続使用って、村の人たちは普通どれくらいできるもんなんですか?」


「ふむ……。大体七回前後といったところかな。一番多いものでは十三回連続で行ったこともあるがね。ちなみに私は多い方で連続使用は九回といったところだ」


「……へ、へぇ……」


 ナチュラルにたかだか十日で自分を超える回数を目指させようとしていたハクレンの教育思想に戦慄しながら、勝一郎はまずは安定して【瞬気功】を発動できるようになろうと、己のうちの【気】をくみ取り手足に叩き込む。

 十日で三回という数字が、いかに難しい物であるかを理解するのに、そう時間はかからなかった。







「それで、結局【瞬気功】は習得できたわけ?」


「たった数時間で習得できるもんじゃなかったよ。幸い反復練習だけが習得のカギだから、これから基礎練習として毎日やれってさ」


 数時間後、一応何回かハクレンに指導を受ける形で、とりあえず込める【気】の量だけを必要量まで上げたところでその日の訓練はひとまず終わりを告げた。

 通常では有り得ない、まだ日も高い内での訓練終了だが、しかし十日後に遠征を控えた現在、ハクレンも勝一郎も訓練だけにかかずらっているわけにもいかなくなってきている。

 ハクレンはこの村でも数人しかいない、そして遠征に同行する唯一の医者である関係上、持って行く医療品の準備も行分ければいけないし、勝一郎は勝一郎で、彼にしかできない仕事が待っているのだ。

 場所は演習場から女性陣の作業小屋へと移り、相手もハクレンからランレイに代わる。


「はい。とりあえず、まずはこの布に扉と部屋を作って。部屋の大きさは任せるけど、できるだけ大きい方がいいわ」


「これ全部にか? 最大級に大きな部屋を一つ作れば十分な気がするが……」


「部屋が一つだけで、そこに物資を集中させちゃうと、もしその部屋の布をなくしたときに荷物を丸ごと失っちゃうでしょ。残念だけど、遠征中に誰かが行方不明になったり、そうはならなくても荷物をなくしたりってことは普通にあるのよ」


「あ、ああ、そうなんだ……」


 さらりと告げられる恐ろしい情報に改めて気を引き締めながら、勝一郎はまずは差し出された布の一枚に適当にいつもの扉を作る。

 用意された布はざっと見た限りでは二十枚以上。勝一郎としては一気に全部作ってしまおうかと思っていたくらいなのだが、しかし一枚作った直後に布を用意してきたランレイからストップがかかった。


「ちょっと待って」


 そう言って、ランレイは作ったばかりの扉布を持ち上げ、その両端を持ってその布を折りたたもうとする。

 だが結局その行為は、勝一郎が作った扉によって阻まれて失敗に終わった。


「やっぱり、今まであんまり試してこなかったけど、あんたの扉って開いた状態だと布地に作っても折りたためないのね」


「ん? ああ、扉を閉じればたたむことはできるがな」


「それだとあんた以外には扉を開けられなくなるでしょう? まあ、最悪閉じた扉の面を裂いてしまえば中のものは取り出せるけど、それだと中身が全部出てきちゃうし、扉も布もだめになっちゃう」


 言われてみれば、勝一郎がいなければ破壊するしかない輸送手段など確かに不便極まりない。勝一郎自身にはいなくなるつもりなど毛頭ないが、しかし本人にそのつもりがなくてもいなくなる人間が出しまうのがこの世界である。いくらそのつもりがなくても予想されている問題に対処しないわけには行かない。


「そうなるとやっぱり、扉を開けて開きっぱなしにしていくしかないのよね。でも開きっぱなしだと布を折りたためないとなると、扉自体の大きさはできるだけ小さく、人が通れる最低限の大きさにして」


「でもさ、それだとどのみち、人が通れる大きさの扉を持ち歩くことになるんだろ? 重さに関しては布のもののままだから問題ないにしても、それはそれで結構荷物になるぜ?」


「それなのよね……」


 仮に荷物や人がギリギリ通れる大きさとして六十センチ角の扉を制作するとしても、持ち運ぶ対象としてそれは少々厄介な代物だ。勝一郎の言う通り重さとしては大したことがないが、抱えていくには荷物になるし、形として考えても少々運びにくい。


「一応、副案がないわけじゃないんだけど、正直あまり気は進まないのよね」


「どんな案なんだよ? 何かおあつらえ向きのものでもあるのか?」


「ええ、まあ、こうなる可能性はあると思ってたから、一応一枚だけ持ってきておいたんだけど……」


 そういうとランレイは、手にしていた布をたたんで脇に置き、代わりに別の布を一枚取り出した。

 いや、こちらはただの布ではない。きちんと縫って加工された、この世界に来てから何度か勝一郎もお世話になっているマントである。ちなみにこの世界では、マントという呼び方はせず外套と呼び、雨具や防寒具として重宝されているらしい。

 しかも広げられたそれは丈が肩から膝ほどまであり、これなら確かに面積にも不足はない。


「一応、これなら扉を“着ていける”から、持ち運ぶのにもそれほど苦労はしないわ」


「いいじゃないか。確かに、考えてみれば着て行っちまった方が運ぶのは楽だな。いったい何が問題なんだよ?」


「簡単よ。暑いのよ」


 いぶかしむ勝一郎に対して、ランレイは簡潔に、そしてきっぱりとそう問題点を指摘する。

 確かに言われてみれば、マントは元々防寒具だ。この世界の気候に関してはいまだ把握しきれてはいないが、それでも最近の急激な気温の上昇を考えれば、夏の暑さが決して甘くみられるものではないのは歴然である。間違っても防寒具を着て平気でいられる夏が来るとは思えない。


「そっか……、言われてみれば遠征は余裕で夏までやるって言うし、真夏にこんなの着こんでたら、下手すりゃ熱中症で倒れるな」


「それでなくともあんた等は鎧だのなんだので暑苦しい格好をしなくちゃいけないのよ。その上にでこんなのまで着こんでたら暑くてやってられないわよ」


 その暑苦しい格好を想像して、思わず二人そろってマントを見つめてげんなりする。

 とは言え、他にうまく扉を運ぶ手段がある訳ではない。勝一郎がこの上は二つの扉の中からどちらにするかを選んでもらうべきかと考えていると、不意に頭の中で、今まで注意を向けてこなかった扉の性質に思い至った。


「待てよ……」


「なに?」


「ああ。いや」


 説明しようかと逡巡し、試した方が早いと勝一郎はマントを手に取り床に広げてランレイにも見えるようにする。

 同時に右手の甲に輝かせるのは、最近はすっかり使い慣れてきた輪を噛む獅子の烙印だ。


「『開け』」


 癖のようにつぶやいた一語に応じて、マントの内側に一枚の扉が現れ、直後に向こう側へと勝手に押し開く。

 大きさは先ほど考えていた、六十センチ角の最低限通れるものに。すぐさまそれを持ち上げると、腕を頭上に伸ばした状態で戸枠を頭からかぶるようにマントを引き下ろした。

 何となくフラフープを上から落とすようなイメージをしながら、同時にそうではない証のように周囲の様子ががらりと変化する。

 木造の村の家屋内から、染み一つない真っ白な部屋へ。

 広さ的には元いた一室とそう変わらないその部屋の中に一歩を踏み出すと、同時にそれを待っていたかのように背後の地面、戸枠の向うのちょうど勝一郎が直前まで立っていた床が遠ざかり、すぐにランレイの姿が床から生えるように現れる。

 奇妙な光景だが起きた現象は明らかだ。扉のむこうでランレイがマントを持ち上げ、勝一郎がそうしたようにフラフープをくぐり落とすような要領で室内へと入ってきたのだ。


「何度やっても妙な感覚ね。特にこういう、薄いものに作った部屋に入るときの感覚って」


「ちなみにこの扉、外で裏返すと完全に外と中で天地が逆転するぞ。部屋の中の『下』は部屋を作った時に決定して変わらないから。外で扉を逆さにしようが横向きにしようが、中の扉はずっと地面だ」


「混乱してきたわよ……」


 頭を抱えるランレイに対し、勝一郎自身も相当に状況のおかしさに頭を悩ませている。

 なにしろこの力、物理法則というものを完全に逸脱しているのだ。たとえば先ほど言った天地逆転の状況で、扉目がけて何かものを落とした場合、落とされた物体は扉の向うで向こう側の重力にひかれてこちら側に“落ち戻ってきて”しまい落とした物体は半永久的に扉の向うとこちら側の行き来を落下によって繰り返すことになる。

 これだけでも、完全に不動の物理法則、『エネルギー保存の法則』を逸脱してしまうのだ。

 いや、それ以前にこの空間自体が、そもそも既存の物理法則では有り得ない存在なのだが。


(いや、これに関してはもう考えるのをやめよう……)


 どうせ考えても無駄なことはここ三か月でたっぷりと思い知らされているのだ。そんなことよりもむしろいま大事なのはこの部屋の“室温”である。


「それよりどうだ? この部屋の温度は?」


「温度? ……そういえば少し涼しいわね。もしかしてあんたこの部屋……」


「ああ。そう作ったからな」


 勝一郎の作る部屋は、扉の形や構造、室内の広さや部屋の形などを、ある程度自由に設定できる。

 また、“室内に最初から空気がある”など、室内は作った直後でもすぐに入れるくらい環境が整っており、その整った環境には今まで気にも留めてこなかったが“室温”さえも含まれていた。


「考えてみれば、俺が作る部屋って冬場でも結構あったかかったって思い出してさ。今までは特に意識してなかったけど、室内の気温がある程度心地よく感じられる適温に設定されてるんじゃないかと思いついたのさ」


「確かに言われてみれば今までのあんたの部屋ってすごく過ごしやすかったわね……。じゃあこの部屋は? 正直少し肌寒いくらいなんだけど」


「ん? ああ、寒かったか? いや、もしかして“室温も俺の意思で設定できるんじゃないか”と思ってさ、冷房をガンガンに効かせるイメージで、少し涼しい部屋を作ってみたんだよ」


「作ってみたんだよって……、いえ、いいわ。あんたの力のデタラメさは今に始まったことじゃないもの……」


 呆れて様な表情を見せながら、しかしどこか諦めたような様子でそういうランレイに、勝一郎も苦笑しながら彼女を促し、一度部屋の外へと退出する。

 戸枠の間にある部屋の外の床に立ち、そのまま戸枠を持ち上げるようにして体を通せば、外に広がるのは元いたレキハ村の木造住宅の一室だ。


「まあでも、あんたの考えはわかったわ。確かにこれなら、部屋に入ればある程度は涼めるわね」


「いや、それだけじゃないぞ。今の部屋はマントの内側に作ったわけだけど、その扉を開けたまま着込めばちょうど背中が扉の真ん前に来ることになる。当然部屋から洩れる冷気は背中にあたる訳で、そうすれば着ていてもある程度暑さはしのげるはずだ」


 勝一郎に促され、ランレイがマントを羽織ってみると、その表情が直後に『確かに』というものに変化する。

 今は試すためだけなので大きな扉一つしか作っていないが、しかしもっと小規模な冷房部屋をマントの内側にいくつか作れば、それだけでだいぶ涼しく感じられるスーツが出来上がるはずだ。


「名付けてエアコンマントってところかね。どうよ。これならある程度問題も解決するだろう?」


「そうね。悪くないわ。いいわ、明日までに同じような外套を人数分揃えておくから、明日また同じように作業をお願いするわ」


 そう言うと、ランレイは扉の形でマントを折りたたみ、扉の大きさにまでまとめて脇へと置いた。

 今日の用事はここまでかと思っていた勝一郎だったが、しかしすぐにランレイは別の袋を持ち上げて勝一郎の前へと置き据える。

 なにかと思い勝一郎がその様子を眺めていると、袋の口を解いて見えたのは防具と思われる各種装備の数々だった。


「もう一つ、やっとあんたの防具が一通りできたから、今日はそれを試着してみてくれる?」


 言われて、勝一郎は差し出されるままに、鎧、籠手、靴、脛あて、肘あての順に防具を身に着ける。

 どうやらこれらは全て恐竜の革から作られているらしく、どれにもその表面に鱗模様が見受けられた。金属ではないため思いのほか軽く、勝一郎のサイズに合わせて作られているのか以前借りたものよりもサイズがぴったり合った。


「とりあえず寸法に問題はないようね。どう? 動きにくいところかはない?」


「いや、問題なさそうだよ。重さも走り込みの時に背負わされる荷物に比べれば圧倒的に軽いくらいだし」


「それは当然よ。ハクレンさんの鍛錬がそんなに軽いもののはずないわ。それよりもちゃんと確かめなさい。実戦では何が命取りになるかわからないんだから、少しでも動きにくいところが有ったら言わなきゃだめよ」


「あ、ああ……」


 強い口調でそう迫るランレイの姿に、勝一郎はたじろぎながらも直後に一つ思い出す。

 彼女のかつてのパートナー、以前彼女が面倒を見ていたという、生きていれば彼女の婚約者候補になっていたかもしれない人物は、しかし二年前の遠征時に何らかの形で命を落としているのだ。

 思い出した事実にハッとする勝一郎の表情の変化に気付いたのかそうでないのか、ランレイは少しだけその勢いを弱めると、腰に手を当て、こちらを見上げるようにして、しかししっかりとした口調で勝一郎に念を押した。


「いい? 今問題なくても、一応、明日一日鍛錬の間もそれを着て不備がないかどうか試しなさい。一応明日は時間を作ってあんたの様子も見に行くから」


「……わかった」


 厳しい表情のランレイに、勝一郎は意識を切り替え、できるだけしっかりとした口調で頷いた。

 命の危機を潜り抜け、己の命運を自身の力で掴み取ったこともある勝一郎だが、しかしそれでもこれから迎える遠征についてはまるで無知なのだ。ならばここは経験者や、自身より知識の豊富な相手の意見を真剣に信じ従うことが、間違いなく自身のためになるはずである。

 勝一郎のそんな感情を読み取ったのか、ランレイはそれで満足したらしく、今度は勝一郎の着込んだ鎧に触れて別のことを言及しはじめる。


「それと、一応あんたの要望通り鎧のそれぞれの面をできるだけ広くなるようにしておいたけど……」


「ああ、助かる」


 できるだけ鎧の一つの面が大きくなるようにというのは、勝一郎が防具を作ってもらうにあたり出していた唯一の要望だった。具体的には複数の面を重ねるような構造を避けたり、凹凸の激しい竜鱗を避けてなめらかな面を使ってもらったりと、命がかかっていることも相まってかなりわがままな要求を突き付けている。


「それで、あんたがわざわざそんな要望を出した理由って、やっぱりあんたの扉の力を使うつもりだったから?」


「ああ。まあ、正直どこをどう使うか決めてあったわけじゃないんだけど、【開扉の獅子(ドアノッカー)】のことを考えると自分の装備品にもある程度使えた方がいいんじゃないかと思ってさ。それでなくても、ある程度の面があればそこに扉を作っていろいろ物をしまっておけるし」


 これは勝一郎が、何度か森の中で使える面に出会えず慌てた経験があるからこその発想だった。幸い、勝一郎も最近では体に触れてさえいれば、手や足で触れなくても接触した物に扉を作れるくらいにはなってきているため、着ている面にも即座に扉を作ることができる。


「そういえばあんた、いつも仕事に使ってる道具を何もないところから出してるわね?」


「ん? そうだな。いや何もないって言うか、普通にここにしまってるんだけど」


 言いながら、勝一郎はズボンの腿の部分、その側面に作った扉を開いて、中から作業用にともらった鞘に収まったナイフを取り出す。この部屋自体はナイフ一本入る箱程度の大きさしかないため、扉を開ければ腕を突っ込まなくても取り出すのはそれほど難しくなかった。


「……つくづくあんたの部屋って便利ね。『強制排出機能』っていうのもあるんだし、抜身のままこめておけばいざって言う時すぐ武器が取り出せそう」


「……うん、それは一度思いついたんだけどね。あれ練習してみると意外と難しかったんだよな。すぐ取り出せそうな位置ってことで腕、って言うか袖の外側に扉作ってそこに訓練用の棒を突っ込んでみたんだけど、飛び出した棒を空中でうまくキャッチできなくってさ」


「おや、そうなのかね?」


 と、そこで、それまでいなかった第三者の声が聞こえ、勝一郎は悪寒を感じて思わず背後へ振り返る。

 見れば、背後には何かの用できたのか、その顔ににこやかに笑みを浮かべたハクレンが、しかし嫌な予感を盛大に呼び起こす輝きをその目に秘めて、建物の入り口付近に立っていた。


「そんな使い方ができるとは、なかなか君の扉の力も奥が深いな」


「いえ、あの――」


「しかしその様子では諦めてしまったのかね? それはあまり感心しないな。少しでも己の力に可能性を見出したならば、それはきっちりと突き詰めておくべきだ。大丈夫、安心したまえ、遠征までにはまだわずかながら“時間がある”」


「あ、あはは、あははははは……」


 笑顔に押し負けてもはや笑うしかなく、勝一郎の口から乾いた声が駄々漏れる。

 この日、勝一郎の基礎訓練に追加される予定の項目が、なぜか突発的に一つから二つに増えていた。


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