表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/58

1:Training Room

 ときは戦国。

 いくつのも小舟に乗り、今まさに敵船に乗り込もうとする鎧武者の集団があった。彼らは皆一様に物々しい鎧に身を包み、腰に刀を差し、手に槍を握り、決戦の時を今か今かと待ち構えている。

 しかし彼らの長たる存在だけは船に乗っていない。おそらくは将軍や大将と呼ばれるであろう彼はいくつもの船の群れの先頭で馬に乗り、馬を泳がせて進んでいた。

 いや、それは馬ではなかった。ブタだった。それもただのブタではない。ファンシーなブタだった。丸い顔の真ん中に丸い鼻があり、そこに丸い体が繋がってそこから短い手足と、くるんとねじれた尻尾が生えている。ブタはそのかわいらしい体にいかめしい鎧武者を乗せ、短い手足を水中でぴこぴこと動かして敵船に向かって進んでいく。

 やがて敵船が見えてくると鎧武者たちの緊張も高まる。それは一隻の大きな船だった。だが相手にとって不足はない。彼らは自分たちの勝利を疑わず、刻一刻と近づく闘いの場に向けて戦意を高めていく。

 やがて大将の男の合図で鎧武者たちは一斉に船に乗り込んでいく。雄叫びをあげ、武器を片手に船に乗り込む。もちろんその先頭にいるのはブタに乗った大将だ。

 しかし船に乗り込んだ大将は恐ろしいことに気づいた。

 船に乗っていたのが人間ではないのだ。

 それは二足歩行のトカゲだった。否、二本足で立ち、鎧に身を包んだ爬虫類だった。おそらくは肉食なのだろう、鋭い牙が口の中に並び、獲物を見つけた野獣のような眼で侵入者を見つめている彼らは竜人とでも呼ぶべき姿だった。

 大将はそれでも怯まない。元より自分の後ろにいるのは皆歴戦の猛者なのだ。自分たちは喰われに来たのではない。戦い、倒しに来たのだ。大将は己が部下に向かって戦闘開始の合図を送ろうとして気づいた。

 鎧武者たち兜、その中心からのぞく顔もブタだった。

 それもただのブタではない。丸い顔に丸い鼻をつけたファンシーで涙目のブタだ。

 大将が再び前に向きなおると竜人たちが一斉に舌なめずりをする。

 その瞬間、ブタたちは大将を見捨てて、刀を投げ出し、鎧を脱ぎ、蜘蛛の子を散らすようにして一斉にその場を逃げ出した。







「ブヒィィィィィィイイ!!」


 トカゲ人間たちに海賊式公開処刑で海へと叩き込まれたその瞬間、顔面に水を浴びる感覚と共に勝一郎は意識を取り戻した。

 慌てて飛び起きて周囲を見渡すと、勝一郎がいるのは海とは程遠い崖の岩棚にある村の一角で、目の前では勝一郎の居候先の家主であるハクレンがこちらに桶を向けて静かに微笑んでいる。


「目が覚めたようだねトドモリ君。……ふむ。訓練の最中だというのにうなされて、ずいぶんと悪い夢を見ていたようだが、まあ、目覚めたようで何よりだ」


「……」


 恐ろしく遠まわしに言われた『いつまで寝ているのだ』という言葉を正確に読み取り、勝一郎は内心でさっきの夢とこの現実、どちらの方が悪夢だろうかと、半ば真剣に考える。

 その表情だけ見れば随分と優しげな男性に見えるハクレンだが、しかしもしも彼の性質が見た目通りだったのなら勝一郎の全身はここまで痛んでいない。物静かに優しく微笑みながら、先ほど槍の訓練に使う棒で勝一郎の体を滅多打ちにして意識を刈り取っただろうハクレンの訓練は、どうかするとスパルタ人すら泣き出すのではないかと思える悪夢のような代物だ。

それでも勝一郎が痛みに呻きながら立ち上ると、隣では同じようにロイドが白目をむいて伸びている。どうやらこちらも強かに叩きのめされたらしい。


「まったく、二人そろってこれでは先行き不安だな」


 言いながら、ハクレンは手にした桶を地面に置いて別の桶を持ち上げ、その中身をロイドめがけてぶちまける。

 手荒い外部刺激に無理やり意識を呼び起こされ、直後にロイドが本日何度目になるかわからない意識の覚醒を果たす。

 起き上がりロイドが目にするのは二人から距離を置き、桶の代わりに棒の先に布を巻いた訓練用の武器を拾い上げるハクレンの姿。


「さて、二人とも。早く立ってかかってきなさい。私もそろそろ、二人がかりで私から一本とれるくらいの君たちの成長が見たいものだ」


 言いながら、ハクレンは手にした棒を猛烈な勢いで振り回す。

振るわれる棒が鋭く空を切る音に慌てて勝一郎たちも立ち上がって構えをとる。ここで四の五の抜かしても無駄なことは、これまでの訓練で嫌というほど思い知らされている。


「ああ、クソォ……。夢の中に逃げ込むことすら許されねぇ……」


「泣きごと言うなよロイド。こっちまで泣きたくなる。……そろそろ試すぞ」


 濡れた頭を振るロイドに手を貸して立たせ、同時に小声で勝一郎はそう耳打ちする。

 ハクレンに一撃入れる。まずはそれを目標として設定され、二人がかりで挑むことになって早二週間。ある程度体ができてきて、それまでのトレーニングメニューの中に追加されたこの二人がかりの立ち合いだが、しかし追加されてこのかた勝一郎たちは一度たりともハクレンに有効打を入れられたことがない。それはすなわち、毎回強かに打ちのめされて、へとへとのままペナルティのマラソンをこなす羽目になっているということで、勝一郎としてもたまには日々のきついトレーニングの効果を実感し、できれば普段よりも少し楽な状態で一日の終わりを迎えたいところだった。

 そのための打ち合わせは、すでにロイドと済ませている。後は普段通り負けが込んできたこの状況で、できるだけ不意を衝くようにそれをぶつけるのみ。


「行くぞロイドッ!!」


「……ああ、やるよ!! やってやるよォッ!!」


「来たまえ」


 棒を構える二人にハクレンが一声かけたその瞬間、前へと飛び出した勝一郎とは逆にロイドは背後へ飛んで距離をとる。携えた棒を左手で背後に構え、代わりとばかりに右手を前に突き出し空中に半透明の円を描く。

 留守勝一郎とロイド・サトクリフ。同じ異世界人としてこの世界に適応するべく修行に励む二人だが、しかし根本的な話、二人は出身とする世界が違う。

 勝一郎が科学文明が支配する現代日本から来た異世界人ならロイドはその逆、魔術という、空中に書いた魔方陣によって魔力から様々な現象を生み出す、ファンタジックな世界から来た異世界人なのだ。

 この魔術という技術、発動するために空中に術式を展開し、それを操作して魔力を込めるという手順が必要であるため、今までは発動前にハクレンによって潰されてしまっていた。だが発動させることさえできれば強力な武器になることは間違いないため、今回はそれを狙って勝一郎も動き出す。


「なるほど、発動までの時間稼ぎを君がやるのか」


「ぬォオオオオッ!!」


 飛び出すと同時に、勝一郎の意思に応じてその全身を力が巡る。

 気功術と呼ばれる、勝一郎もこの世界に来た際使えるようになってしまったこの世界独自の身体強化法。この三か月というもの徹底的に叩き込まれたそれで肉体を強化して、勝一郎はハクレンとの距離を一気に詰める。

 魔術の発動までにかかる時間はわずか数秒、ハクレンにとってはそれでも長いとされるそんな時間を何とか稼ぐことができれば、本日ようやく、勝一郎たちの初勝利が決定する。

 そのために勝一郎がとる選択肢は、


「開け、【開扉の獅子(ドアノッカー)】!!」


 この世界に来て身に着けたもう一つの異能を、足から地面目がけて行使することだった。

 勝一郎が突撃から急制動をかけると同時に、その足元で勢い良く扉が生まれ、開く動きによって真上へと跳ね上がる。その軌道上にはこちらを迎え撃とうと飛び出してきたハクレンの頭があり、うまくすればハクレン顎を下からかち上げることもできるかもしれない一撃だ。とは言え生憎と、勝一郎はこの扉にそこまでの期待はしていない


(ハクレンさんが扉を喰らわないように立ち止まってくれればそれだけで時間稼ぎとしては十分だ。扉を閉じるにしても迂回するにしても、魔術発動を妨害するには一歩出遅れる!!)


 ロイドと相談し、彼の魔術を使ってタイミングの訓練もした渾身の時間稼ぎ。だがしかし、そんな二人の小賢しい戦術を、ハクレンは鍛え上げた技によって文字通りの意味で踏みつぶす。

 扉が跳ね上がろうとしたその瞬間、止まるどころか急加速することによって前へと飛び出し、開こうとした扉を足で踏みつけ無理やり閉めてしまうことによって。


「なっ!?」


 予想していなかったハクレンの加速に、うまくいったと思いかけていた勝一郎は驚きに目を見張る。

 対するハクレンは、扉を生み出した際に背後へ飛ぶ形となっていた勝一郎に一気に距離を詰めてきた。


「――くッ!!」


 すぐさま迎え撃つべく、勝一郎は棒を両手で掴んで構えをとる。かくなる上は相手の棒を何とか受け止め、自分が壁となって時間を稼ごうと考えた訳だが、


「武器にばかり注意が向いているのは感心せんな」


 そんな覚悟のかいなく、勝一郎の体は防御の隙をついてねじ込まれた掌底によって勢いよく背後へぶっ飛んだ。


「おいやられんのが早すぎんぞ!!」


「君のその力は遅すぎる」


 ロイドの目の前に転がる勝一郎を追うように、ハクレンが今度はロイドを狙って一気に距離を詰めてくる。

 さしものハクレンも、ロイドの魔術は発動させたくはないらしい。彼が魔術を使おうとする際は、必ずその術式の完成前に彼自身をノックアウトして妨害してしまっている。今回もその例にもれずロイドを打ち据えて魔術の発動を妨害しようと、熟練の動きで棒を振り上げ、隙だらけのその身に必勝の一撃を打ち込んできた。

 だがその寸前、


「――む!?」


 狙っていたロイドの身がその体制を変えることなく突然遠ざかり、同時にハクレンの足元も動いて勢いよく背後へと動き出す。

 突如として動いた地面に流石にバランスを崩しかけながらも、ハクレンは驚くべきバランス感覚で体勢を立て直し、同時に足元が二つに分かれて、前後へと開く二枚の扉に変わっていることに気が付いた。


「――滑走扉(スライドドア)!!」


 地面に尻餅をついたまま、地面に気を流し込んで生み出したそれの動きに満足して、勝一郎は今度こそ作戦の成功をほくそ笑む。

 地面に作られているのは、電車の自動扉のように両側に開く、実物よりもはるかに大きい特大のスライドドア。

二人が立つ地面に縦向きに作られ、開く動きによってその上に立つ二人の距離を前後に空けたその扉によって、勝一郎とロイドは今度こそ勝利を確信する。


「ぶちかませ、ロイド!!」


「わぁってるよ!!」


 勝一郎の呼びかけに応じて、ロイドが展開した魔方陣が水を吹く。

 使用する魔術は【高圧洗浄水流・改(ハイドロウォッシャー・カスタム)】。水圧で汚れを落とすための魔術を改造して生み出したその術式でもってして、吐き出された水流が勢いよくハクレンへと襲い掛かる。

 が、勝一郎たちが勝利を確信していられたのは、結局そこまでだった。


「え?」


「は?」


 放出された水流を身をかがめてあっさりと躱し、次の瞬間にはハクレンは横に跳んで水流そのものから距離をとる。それを見て慌ててロイドが水流の軌道を変えて追撃を試みるが、それすらもハクレンはあっさりと飛び越え、危なげなく次々と身をかわしてその直撃を免れる。


「マジ、かよ……」


「狙いは悪くなかったがね。連携を考えたというのも上等だ。だが単純に詰めが甘い」


 言うが早いか、唖然とする二人の隙を突き、ハクレンが水流を回避しながら二人目がけて突撃する。

 結局この後、勝一郎はハクレンが切り上げるまでに四回宙を舞い、二回ほど夢で綺麗な川を見た。



 ご意見、ご感想、ポイント評価等お願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ