04.意識の牢獄
あらすじ
男が意識を取り戻すと、真っ暗闇の中で己の意識以外の全てが知覚できなくなっていた。
そんな男の目の前に現れるメニューの文字。
多少混乱しつつもその中からステータスという文字を選んだ男は、
そこに書かれていた内容を読み進めることで自身の置かれている状況を理解していくのだった。
▽メニュー
○ステータス
○ダンジョンマップ
○ダンジョン拡張
○魔物図鑑
○宝図鑑
最初のメニューへと戻ってきた。
さて次は、ダンジョンマップを見てみようか。
ダンジョンマップという文字に意識を向けると、メニューが消えて代わりに白い線で描かれた小さな四角い枠が表示された。四角い枠の中心には白点がある。
ステータスの情報とダンジョンマップという名前からして、恐らくこれが私のダンジョンであり、私が今いる場所なのだろう。
そう考えればこれが表しているものも想像がつく。真ん中の白点が恐らく私こと、ダンジョンコアだ。
それ以外には通路も部屋も階層も、出入り口すらこのダンジョンマップには表示されていない。さすがに出入り口が無いというのはダンジョンとしておかしいので、恐らく表示されてないだけで何処かにはあるのだろうけど。
ともかくこの小さな一部屋こそが今の私であり、そして、私の城のようだった。
それにしても何と飾り気のない地図だろう。古い白黒の文字だけで表示されていたパソコン上のゲームで、確かこんな感じのマップがあったなと何だか懐かしくなってくる。
まああれにももう少し地形や、敵の情報が載っていたものだが。
今自分がいるであろう場所はある程度理解できた。尤もそれはただの与えられた情報であり、実際に目で見て肌で感じた訳ではないから、これも絶対とは言えないのだろうが。
……まあ、いいとしよう。情報だけの不確かさに色々と不安になってくるけれど。とりあえずは、これでダンジョンマップも確認できた。
それから私はまた、メニューへと戻り、ダンジョン拡張、魔物図鑑、宝図鑑を次々に見ていった。
ダンジョン拡張はDPを消費してダンジョンを拡張、改造していくもののようだ。通路の追加や部屋の追加、階層の追加などが並んでいる。ダンジョンの内装もある程度弄れるようだけど、DPがかなり必要になってくるみたいだ。もっとも1DPがどのくらいの価値なのか、どうすれば稼げるのかが分からないので、そこに表示された数値が高いのか安いのかは何とも言えない。
次に魔物図鑑である。
図鑑などと書いてあるのに、開いた先に表示されたのは名前が一つだけだった。絵や写真はもとより解説文のような物すらない。
これで図鑑とは片腹痛い。
で、その名前だが、ベビーラットと書かれている。どうやらDPを消費して召喚できるようだ。
召喚に必要なDPは10。
子鼠、いや赤ちゃん鼠か?
これは、魔物なのだろうか?
魔物というと、スライムとかゴブリンのようなものを想像していたのだが。
これを召喚したとして、何か意味があるのだろうか? 沢山いれば、意味はありそうだが。
まあ、いいか。どうせ今のDPでは、何が居ても召喚は出来ない。
さて、気を取り直して残すは宝図鑑。
意気揚々と開いてみたのだが、何も表示されなかった。
一瞬バグったのかと思ったが、さすがにそんな事はないだろう。つまり、宝図鑑には今のところ何も表示すべきものがないということだ。
これは、後々増えていく感じなのかな。
そうだといいな。
全てを見た結果は大体そんな感じだ。
すべてに共通しているのは、何をするにもまずDPが掛かるらしいということ。目下のところは、どうやったらDPが増えていくかを考えることからになりそうだ。
なにせ、動くことはおろか五感の全てが機能してないのだ。この暗闇の中で出来ることと言えば考えることと、ステータスを眺めることくらい。
けれどまあ、焦ったところで何ともならない。
幸いなことに時間は無限になったのだ。のんびりやっていこうと思う。
…。
……。
………。
そして、暫くの時が経った。
正確な時間は分からない。時計が無いどころか、そもそも比較対象が何一つ無いのでどうしようもない。
異世界という話だったから、そもそも時間や日にちの数え方からして違う可能性もある。最悪、夜も昼もないなんてことも……などと考えていたのは、まだ精神的に余裕があった頃だった。
今の自分に、そんな余裕はない。
初めの頃は、ステータスを眺めていたりもしたのだが、全く動かない画面にすぐ飽きてしまった。しかし、メニューを閉じればそこは真っ暗な闇があるだけ。いや、それすら無いのかもしれない。
消えた五感と動かぬ身体に、只々何もない世界。
不安が心へ巣食い始めるのに、それ程の時間は必要なかった。まあその時間が、本当に短かったのかは分からないのだけれど。
不安は恐怖を呼び、恐怖は焦りを生む。
何も見えない。何も聞こえない。何も匂わない。何も感じない。
変わり映えの無い暗黒の景色。動くことも叶わぬ現状。何も知り得ぬこの状況。
それでもそれらは、前生で感じていた寿命への気も狂わんばかりの恐怖よりはまだマシな方。少なくともまだ、この状況に絶望は無い。
けれども、ジクジクと心を苛むそれは、まるで靴の中に入った少し角の尖った石ころのように、意識の内にあり続けた。
苦しい。
ゆっくりと、覚えのある狂気が近づいてくるのを感じる。私は必死に前生でしてきた心の防衛を行った。即ち、逃げ続けること。それから意識を遠ざけること。幸いなことに妄想を働かせるための材料は与えられている。一時的な対処法ではあるけれど、やらないよりはまだマシだと前生で学んだ。
それでも恐怖はそこにあり続ける。
恐怖はまだいい。けれど、そこから生まれる苦痛が辛い。
焦燥が心を焦がし始めた。
苦しい。心が、とても苦しい。
けれどある時、
〈スキルの習熟度が一定値に達しました。スキル『精神的苦痛耐性LV1』を獲得しました〉
突然その文字が現れると共に、意識を苛み続けてきた苦痛が、少し和らぐのを感じた。




