34.終わりの訪れ
あらすじ
とある王城の一角にて、重大な会議が行われていた。
宮廷魔導士長によりもたらされた報告は、森の瘴気が消えたという知らせ。
悲願の領土奪還に湧き立つ貴族たちであったが、知らせはそれだけでは無かった。
続いて騎士団長からもたらされたのは、件の森付近で見知らぬ魔物たちが目撃されたという知らせ。
不穏な状況に静まる会議室の中で一人、先遣隊として手を上げる若者がいた。
端正な顔立ちをした黒髪の青年、勇者ライガス・グラストフィア。
その日、病魔の森へ新たな脅威が旅立った。
私が通り魔に殺されて、神さまと出会い、異世界でダンジョンとなってから十五年ほどの月日が流れた。体感的にはもっと短い気もするが、どちらにせよ長い時間だ。
人間であった前生とは違い、ダンジョンコアに転生したことで五感は消え、眠ることも動くことも出来ぬ身となってしまったが、それにも多少は慣れてきたように思う。
今の私は配下であるゴブリンロードのゴブ太が治める村の隣で、拡大と発展を続けるゴブリンたちの村の様子をのんびりと眺め続ける生活を送っている。
寿命という確定された終わりに怯え、ひたすらその恐怖から逃げ続けていた前生。
私をこの世界へと導いた神さまから授かった『不老』というスキルと、病魔の森と呼ばれる私を囲む広大な森を平定したゴブ太のお蔭で、私は前生では終ぞ得られなかった心の平穏をしっかりと噛みしめていた。
ゴブ太の治める村は急速に発展していき、その認知度は既に森の外まで及んでいる。とはいえ、ゴブ太の村が森の外に認知されたのは、偶然によるところも大きい。
その始まりは森の中で行き倒れていたゴブ太が拾ってきた見慣れぬ魔物だ。リザードマンと呼ばれる人型をした爬虫類のような見た目の種族だというその魔物は、行商途中の旅魔物だった。
彼はふらっと訪れた病魔の森で道に迷い、水を探して歩き回った結果、最後に残った手持ちの水が尽きても結局水は見つけられぬまま、衰弱して生き倒れてしまったという。
元々森に住んでいる魔物たちであれば、この森で生活するためにそれぞれ独自に水を得る方法を持っているが、外から来た魔物には難しいらしい。特にリザードマンは水棲に近い魔物らしく、普通より多くの水を欲していたようだ。
彼との出会いがきっかけとなり、ゴブ太の村は森の外の魔物たちとも交流を持つこととなった。一気に広がった世界は、新たな情報、新たな品物、新たな種族と様々なものを村に運んでくる。そうして村は、より発展していったのだ。
時折、外の魔物が村で暴れることもあったが、ゴブ太に率いられた村の新たなる戦士団たちが、そんな魔物をしっかりと鎮圧していく。
さらにステータスのカルマに関する新たな発見があってからは、そういった騒動もかなり少なくなっていった。
その発見とは、カルマが高い魔物は危険な思想を持っていることが多いということだ。逆にカルマが低い魔物は大抵気性が大人しく話が通じる魔物たちだった。
それが分かってからは村を訪れる魔物には一度ダンジョン内に入ってもらい、カルマを見ることにしている。そうすることによって、危険に予め対処出来るようになったのだ。
まあそもそも魔物たちは単純だから、暴力性を隠して村に近づくような魔物は殆どいないんだけど。
全ては順調に進んでいた。少しずつ着実に、村には文化が根付いていく。争いは減り、村の発展と共にゴブリンたちの喜びと楽しさだけが増えていった。
そんな日々がずっと続くのだろう思えるほどに、全ては盤石にように見えて。
けれど、終わりは唐突にやってくる。
その日、突如魔力で描かれた幾何学模様が村の上空に現れ、そこから流れ落ちた魔力に村が覆われていく。そして、村の地面にも同じような魔力で描かれた幾何学模様が描かれ、そこから攻撃性の高い魔力が現象として爆ぜた。魔力自体はそこそこの強さだが、そこから生み出された現象は村にいたゴブリンたちの命を一気に奪い去っていく。
それと同時に村の入り口辺りへ三つの反応が現れた。何で今まで気が付かなかったのだろうか。その力は決して無視出来るものでは無い。
三体の侵入者たちは、運良く生き残ったゴブリンたちを無慈悲に狩り始めた。
逃げるゴブリンたちだが、壁に阻まれたかのように村から出ることが出来ずにいる。どうやら、村を覆った魔力はゴブリンたちが外に出るのを阻む結界のようなものらしい。
そこから奴らの意図が見えてくる。奴らは村に住むゴブリンたちを完全に殲滅する気だ。
即座に対応する新生戦士団たち。彼らは以前村を襲った襲撃ゴブリンたちにより全滅した戦士団の意志を継ぎ、我こそはと立候補した村のゴブリンたちを、ゴブ太が一から鍛え上げた者たちだ。その実力は村を守ろうという熱意に比例して着々と上がっている。
しかし、侵入者たちはそんな新生戦士団たちを寄せ付けずに一蹴していく。一体一体の強さもあるのだろうが、その強さの根底はどうやら三体の連携にあるようだ。どのような状況下でも崩れる事の無いその動きは、まるで一個の生物のようである。
村の生き残りを、新生戦士団を駆逐していく侵入者たち。
だが、そんな三体の侵入者による快進撃は程なく止まる。
止めたのはダンジョンから駆けつけたゴブ太だ。その後方ではゴブ子も戦場へと向かっている。どうやら村を覆う結界は、外に出ることは出来なくとも中へ入ることは可能なようだ。
ゴブ太は敵を足止めしつつも新生戦士団のゴブリンたちに指示を出し、隊列を組み直させた。さらに、傷付いたゴブリンたちはゴブ子の『神聖魔法』や、ポーションによって癒されていく。
ゴブ太に指揮され、能力と連携を底上げされた新生戦士団たちは、ようやく侵入者たちを押し留めることに成功した。
しかしそれでも未だ状況は五分。
そこで、ゴブ太は切り札を切ることにしたようだ。
新生戦士団はまだ以前の戦士団に比べれば未熟なれど、代わりに新たな選択肢が増えている。以前であれば後衛は弓を操るゴブリンたちくらいだったが、今はあと二つ職種が増えた。一つはゴブ子を筆頭としたポーションにより治療を行うゴブリンたち。そしてもう一つがゴブ太の新たなる切り札、魔法を扱うゴブリンたちだ。
新たに仲間となった魔法を使えるゴブリン、ゴブリンシャーマンのゴウグゥによる手ほどきを受けた才能あるゴブリンが進化したゴブリンシャーマンたち。彼らはゴブ太の合図を受けて、一斉に魔法を放った。一つ一つはまだ小さな現象しか起こせないが、それらも寄り集まれば強力な一撃へと変貌する。
さらにゴブ太率いる新生戦士団が、魔法の後を追うように侵入者たちを襲う。乱れ飛ぶ魔法が一体に当たり、別の一体をゴブ太が叩き潰す。二体の侵入者の気配が消えた。
あと、一体。そう思った時だった。
残った一体の魔力が怪しく揺らぎ、突如、上空からその一体に向けて膨大な力の奔流が注ぎ込まれる。
私はこの現象を知っていた。
力の奔流を受けた一体は、その内に漲る魔力を一気に増大させる。そこから発せられるのは、圧倒的強者の気配。ゴブリンロードというBランクの魔物に至ったゴブ太をすら圧倒するような、尋常ならざる力。
他所からの膨大な力を受けて、その力を強化する。
それは正しく、ゴブ太が襲撃してきたゴブリンロードの親分を倒したあの時の現象。
神による祝福。
ただ、今起きている現象はあの時のものとは規模が違う。あの時は足りない戦力を補強する程度、だが今は侵入者の力を数十倍には引き上げている。もはや別格と言ってもいい程に、そこには差があった。
強化された侵入者は一瞬の内に、戦士団の数を減らしていく。その速度は凄まじいもので、私の認識からも度々消えるほどだ。
そして、決定的な瞬間が訪れる。
ゴブ太との繋がりが、途絶えたのだ。
言葉にならぬほどの苦しみが私を襲う。
続いてゴブ子との繋がりも消える。
己の一部が引きちぎられたかのような苦しみと、それが二度と戻らぬという喪失感。
私の一部となった配下が今、死を迎えたのだ。
それは『精神的苦痛耐性』を貫いて、私に強い絶望を与えた。
〈スキルの習熟度が一定値に達しました。スキル『精神的苦痛耐性』のレベルが8から9へ上がりました〉
暫く上がっていなかった『精神的苦痛耐性』のスキルレベルが上昇する。それでもまだ、痛みが、苦しみが、恐怖が終わらない。
この恐怖はきっと、絆が切れた影響だけでは無いだろう。
怖い。
どうしようもない不安が心に巣食っている。私はあの侵入者が恐ろしい。本能に訴えかける様なこの恐怖は何処か覚えがある。そう、これは抗うことの出来ない死の恐怖だ。
侵入者は戦士団を壊滅させると、村に残ったゴブリンたちを一匹一匹消していく。残った非戦闘員のゴブリンたちは必死に四方へ逃げようとするが、村を覆っている結界は今もなお健在のようで、彼らは一匹たりとも村を抜け出すことは出来ない。逃げるゴブリンたちを虐殺するその動きは効率を重視させた作業のように事務的で、部屋に残った埃を丁寧に掃除していく機械のように無機質だった。そしてゴブリンたちの気配が村から完全に消えると、今度はその足をダンジョンへと向けて歩き出す。
侵入者がダンジョンへと足を踏み入れた瞬間、そのステータスを確認し、私は何故か感じていた懐かしさと恐怖の理由を知った。
名前:ライガス・グラストフィア
種族:人間 職業:見習い勇者
年齢:23
カルマ:-37
LV:52/99
スキル:『病気耐性』『病払いのオーラ』『光魔法LV5』『礼儀作法LV5』『筆記LV3』『社交LV5』『信仰LV10』『剣術LV10』『閃剣術LV7』『盾術LV10』『軽盾術LV5』『体術LV10』『身体操作LV7』『闘気術LV3』『魔力感知LV5』『魔力操作LV5』『生活魔法LV1』『舞踏LV5』『演奏LV6』『聖剣術LV3』『聖装甲LV3』『神聖魔法LV3』『統治LV5』『威嚇LV3』『指揮LV4』『気配察知LV3』『麻痺の魔眼』
称号:【勇神ユウトの祝福】【聖女神リクシルの祝福】【勇者の後継者】【勇王国カツラギの民】【グラストフィア侯爵家次期当主】【聖女神リクシルの信者】【勇神ユウトの信者】【Aランク冒険者】【Aランク冒険者パーティー:勇王国の守護者所属】【ダンジョン踏破者】【コア破壊者】【勇王国の希望】
種族、人間。
それは私がこの世界で初めて出会う、人間だった。
この世界における人間と魔物の関係。
私がそれを初めて知ったのは、村にやってくるようになった旅の魔物たちが話す会話からだった。
生存のための領域の奪い合い。それが彼らの話す情報の数々から知ったこの世界の基本だ。
私がダンジョンという領域を支配しているように。
ゴブ太が病魔の森という領域を支配していたように。
人間と魔物は遥か昔から己の領域を死守すべく、あちこちで戦いを繰り広げている。
その中でも一番大きな集団が、人間の国と魔王の国。
魔王はその絶大な力をもって領域を支配する。そして人間の国を侵略し、支配領域を広げていく。魔王が現れる度に、人間の国が幾つも滅ぶという。
しかし、人間側もただ滅びを待つだけではない。人間側には度々、勇者と呼ばれる存在が生まれる。勇者は人間を超越した力を持ち、その力で数多の魔王を討ち滅ぼす。
大よそ、そんな感じらしい。つまりは魔王が人間の国を滅ぼし、勇者が魔王の国を滅ぼすというサイクルが存在する。
それもあって人間と魔物は基本的に、出会えば殺し合う間柄なのだそうだ。
ちなみにダンジョンについては、前の二つとはまた別の領域である。
魔物たちから見てダンジョンとは、修行の場であり、稼ぎの場であり、また仕官の場らしい。前二つはダンジョンに対する私の認識と一致する。まあこれはゲームや物語に出てくる人間視点の話で、魔物も同じ認識だとは思わなかったが。
最後の一つに関しては、ゴブ太のような感じだろうか。つまり、外からやってきて様々な理由からダンジョンに仕えるようになることだ。
ただ、襲撃ゴブリンの親玉の言っていたことを考えると、ダンジョンと魔物との関係はそれだけでもない気がするのだけど。
それはともかく、話は人間と魔物の関係についてである。
この世界に人間が存在すると知った時にまず私が考えたのは、それらと関わりを持つべきかそれとも避けるべきかだ。
私は今、ダンジョンコアという人間とは違う種族となっている。しかし、前生の世界で人間であったときの記憶は、未だに私という存在の多くを形作っていた。転生して別の存在になったとしても、この記憶がある限り私はきっとまだ人間なのだろう。
ただこの世界の人間と私の前生の世界の人間が、同じような人間であるかはまだわからない。前生にも様々な人間がいたし、ここは異世界だ。思想や生き方が全く違う可能性もあり得る。
ただ魔物たちから伝え聞く数少ない人間の様子は、私の前生の頃の人間像と大よそは大差ない。剣や槍で武装して馬車で長距離を移動しているという話からして、こちらの方が文明が幾分か古いようだけど、それはおそらくこの世界のサイクルが関係しているのだろう。知識を受け継いでいく国が長く続かなければ、いつまでたっても文明は発達しないだろうから。
それでもあまり知識に興味の無いゴブリンたちよりは情報を蓄えているはずだ。
この世界の情報が欲しい。
もっと言えば人間から見た世界の様子を知りたい。
魔物側からの知識はそれなりに揃ってきたが私は思考は元来人間のそれだ。人間としての視点のほうが参考になる可能性が高い。
ただ人間と関われば、同時に厄介事もやってきそうな気がする。
私はこの世界のことを知りたい。ファンタジー好きな私としては、ステータスに書かれたスキルとか、魔法とか、称号に関しての知識をもっと集めたい。
この世界でそれらがどのように扱われているのか、それらによってこの世界が元の世界とどう変わっているのかを知りたい。
そして、出来るならこの世界をもっと楽しみたい。
五感の無いこの身では、知識の収集だけがそれらの欲求を満たす道である。
ただ同時に、私は今の状況に満足もしている。
そもそも私は、ただ生き続けるというそれだけを求めていたのだ。今の状況はまさに前生で望んだ理想とも言える。
外敵は消え、寿命という縛りも消えた。死が限りなく遠い場所にある。今の私には認識できないほど遠くに。
好奇心は猫をも殺すという言葉があるように、それは自ら死に近づく行為だろう。ならば、安住の地をわざわざ捨ててまで、好奇心を満たす必要は無いのではないか。
ちなみに。
ゴブ太は人間について良くも悪くも思っていないそうだ。そもそも出会ったこともない相手をどうとも思えないとか。つまりは本能的に人間と魔物が敵対しているというわけではないらしい。少なくともゴブリンたちに関しては。
これならばゴブ太がもしゴブリンロードのその先に至っても、わざわざこちらから人間と敵対するという可能性は少ないだろう。ゴブ太の目的もまた、私と同じ平穏なのだから。
森に住む古株の魔物から伝え聞いた話でも、この森で過去、人間を目撃したという例は皆無だった。
ならば、こちらから支配領域を拡大する意思を見せない限り、彼らに目を付けられることもないだろう。
森の外では魔物と人間が争っているのだろうが、私たちはそんな争いには関わらない。
そう考えていたのだけれど、現実はそんなに甘くはないようだ。
こちらから動かずとも、あちらから攻めてきたのだから。




