32.決着
あらすじ
強力な敵の親分に対して、ゴブ太はダンジョン内へ戦場を移して戦う
回復の泉で傷を癒し、決死の覚悟で挑むゴブ太だがそれでもなお敵のほうが上手であった。
殺されかけるゴブ太を庇い、死んでいく仲間たち。
その光景に心を強く動かされた男はゴブ太へ全てを懸けた応援を送る。
祝福という名の応援は、ゴブ太の力を底上げし、ついに敵との戦力差が埋まった。
そして戦いは最終局面へと向かう。
私から流れる力で強化されたゴブ太は、その全霊を以てゴブリンロード、ギグガァドグへ攻撃を仕掛けている。スキルでは負けていても基礎的な力は上回っており、互いの戦力はようやく互角となったはずだった。
しかし時間が経てば経つ程に、ゴブ太が未だ攻め切れていないことがわかっていく。互いに削り合う現状で、ここぞという瞬間をギグガァドグは必ずものにしている。その一つ一つは小さな差でしか無いが、時間が経つごとに積み上がっていくそれが、私には最終的な勝敗へと影響している気がした。
これはレベルの差でも、スキルの差でも、ましてや種族の差でもない。
恐らくこれは、経験の差。
ギグガァドグがこれまで積み上げてきた戦闘経験が、微かなチャンスを逃さないのだ。
ゴブ太だってこれまでずっと戦い続けてきた。
けれど、足りていない。
それはもしかすると、強敵を打ち破ってきた数の差なのかもしれない。
私の方針は基本的に無理をしないというものだ。私はゴブ太にそれを強く言ったわけでは無いが、ゴブ太もその考えの下に動いていたように思う。まあゴブ太の性格にも合っていたのだろう。
対してギグガァドグはどうだ?
私はギグガァドグが始め、仲間を使い捨てにして、弱った相手を倒そうとしているのだと思っていた。自分は最後に満を持して現れ、弱った相手を狩り殺す。そうしてあそこまで強くなったのだと。あの不可解な戦略を、私は状況からそう仮定していた。
だが、ギグガァドグは言っていたではないか。強力な配下二匹を倒したゴブ太に「素晴らしい!」と、戦意を高揚させて。
使い捨てにされた襲撃ゴブリンたちの命を糧に、ゴブ太は急激な成長を遂げた。
ギグガァドグの二匹の配下を打ち倒すことで、さらなる力を身につけた。
もし、最初からこれらが狙いなのだとしたら、ギグガァドグの望みは強者の打倒。
そんなギグガァドグならば、これまで幾度も強者に挑み、それを打ち破ってきたのではないだろうか。
だとすればこの戦いは、五分五分などではない。まだゴブ太の方が圧倒的に不利だ。戦闘が長引けば、ゴブ太は負けてしまう。かつてギグガァドグと戦った強者たちのように。
戦いが激しくなればなるほどに、どこか喜んでいるような感情を放つギグガァドグの魔力が、その全てを物語っていた。
ゴブ子からの回復支援はまだ続いているが、今の状態では焼け石に水だろう。ゴブ太とギグガァドグの戦いはさらに激しさを増しており、既にゴブ子の『神聖魔法』では追いつかない次元に達している。それでも、巻き込まれるリスクを承知の上で、ゴブ子は回復支援を続けていた。
己のすべてを懸けて、私と同じように。
いや、直接命を懸けているのだ。私以上にゴブ太の勝利を願い、信じているのだろう。
両者の攻撃は幾度も相手を打ち付け、切り裂き、その気配は傷の量と比例するかのように増していく一方だった。
その一振り一振りが、さらなる動きの鋭さへと繋がっていく。永遠に続くかと思えるような長い戦い。しかし終わりは確実に近づいている。
両者の動きは少しずつ精彩を欠き、それが戦いの終着が間近であることを示していた。
牽制し合う今の状態では、どちらにも回復の泉を使う隙は訪れないだろう。
相手にトドメを刺さぬ限りは。
二匹は向かい合い、それぞれの得物を構えると、そこに渾身の力を込めた。
戦いの知識などまるでない素人の私でも分かる。二匹は次の一撃で、この戦いの決着をつけようとしているのだと。
どちらも満身創痍だろう。だが、感じる気配や魔力から優位に立っているのがどちらなのか、否が応でも分かってしまう。
経験の差。
やはり最後にそれが出てしまったのだ。ゴブ太がこの最後の一撃に全力を懸けるしかないのに対して、ギグガァドグにはまだ若干の余裕がある。
追い詰められたゴブ太は、起死回生を目指してこの状況を作り出した。あとほんの少し遅れていれば、全力の一撃を打つ体力すら残ってはいなかっただろう。そう言う意味で言えば、ゴブ太は最後の最後で、遂にここぞというチャンスをつかみ取った。
だが、遅い。遅すぎる。ゴブ太とギグガァドグの差は、もうかなり開いてしまった。
それまでに幾度もギグガァドグがつかみ取ったチャンスの積み重ねが、決定的な差となって現れてしまっている。
まだギグガァドグがゴブ太を侮っていれば、ゴブ太の様子に勝ちを確信していれば、それが隙となったかもしれない。
けれど今のギグガァドグが放つ気配には、そのような隙は欠片も存在していなかった。自分が優位な状態であろうとも、ギグガァドグはその一撃に全霊を懸けている。
ギグガァドグは経験から気付いているのだろう。ここがこの戦いの分水嶺だと。
ギグガァドグもこれまで強者と戦い、このような場面で格上を打ち破ってきたのかもしれない。
二人の姿は正に限界まで引かれた弓の如く、その弦は、同時に離された。
相手に向けて一足飛びで突き進む両者。その瞬間だった。
馴染みのある魔力がギグガァドグの頭部を包み込み、今の今まで潜んでいた黒牙からのメッセージが私へ届く。
私は考えるより先に、それをゴブ太へ中継して伝えた。
――そのまま、突き進め!
伝えた後に一拍置いて気が付いた。あの魔力は黒牙の『影魔法』だと。
ダンジョン内での戦闘が始まってから今まで、私は完全に黒牙の存在を忘れていた。絆で繋がっている私が忘れてしまう程に、黒牙はその気配を薄め、深く闇に潜んでいたのだ。誰にも気づかれること無く、誰からも認識されぬようにして。
ずっとこの時を待っていたのだろう。
ギグガァドグは視界を闇に呑まれた瞬間、刹那の時だけ動きが止まった。スキル『暗視』を持つギグガァドグにとって、黒牙が作り出した深い闇など大した障害にはならなかったのだろう。それは集中していても、違和感にしか感じないほどに微かな時間だ。
けれど、この戦いにおいてそれは明確な隙。
ゴブ太は見慣れた『影魔法』と私の『伝心』によって伝えられたイメージによって、むしろさらなる力を込めてギグガァドグへ己の得物を振り下ろした。
それぞれの武器が、両者の身体に深く食い込む。どちらも避けることなど考えてはいなかった。いや、もしかしたらギグガァドグは避け切れなかったのかもしれない。
肩口から腕を切り飛ばされたゴブ太。それに対して、ギグガァドグはふらりと地に倒れ込んだ。片腕に武器を持ち、未だ立ち続けるゴブ太からは瀕死であれど、確かな生の気配を感じ、倒れ込んだギグガァドグからはもうそれを感じない。
終わった、のか。
私には確信が持てない。それほどにギグガァドグは強い。
だがずっと、そうしてもいられない。未だ立ち続けているとはいえ、ゴブ太の怪我は完全に致命傷だ。切り飛ばされた傷口から今もどくどくと血が流れ続けている。
――ゴブ子! ゴブ太を回復の泉へ!
即座にゴブ子へそれを伝えると、私と同じく放心していたゴブ子は、一瞬ダンジョンの奥へ繋がる通路へ近づいた後、急いでゴブ太に駆けつけた。
ゴブ子がゴブ太の身体に触れると、ゴブ太の身体はそのまま地面へ倒れ込みかけ、ゴブ子は慌ててゴブ太の身体をその身で支える。どうやらゴブ太は、一人で動くことすら出来ぬような状態だったようだ。もしかしたら意識すら無いのかもしれない。
ゴブ子はゴブ太の身体を半ば引きずりつつ、回復の泉へと向かった。途中からダンジョンの奥に避難していた集落ゴブリンたちも合わさって、ゴブ太は無事生きている内に回復の泉の中へと落とされる。意識はまだ戻らぬようだが、身体の回復は始まった。
暫くするとゴブ子や集落ゴブリンたちが、回復の泉の中からゴブ太を引き上げた。
まだ意識を取り戻さないゴブ太だが、どうやら眠っているだけらしい。傷もしっかりと癒えているようだし、これで一安心といった所だろうか。
私は次に、黒牙へ周辺の偵察を頼んだ。
暫くして帰ってきた黒牙からの報告は、周辺に敵の気配無し。
それをゴブ子から集落ゴブリンたちに伝えさせて、私はそこでようやく気持ちを落ち着けた。
危険は終わったのだ、と。




