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44:皇女の存在価値

 

 ティーナが帝国の皇女。

 

 ゲイルは確かにそう言った。

 

 凄まじい剣幕でゲイルがティーナを睨んでいる。矢を引き、今にも撃ちださんばかりの雰囲気だ。このままではマズイ。

 

「ちょ、ちょっと待ってください落ち着いてください!」


「お前は馬鹿か!? そいつを連れて行けば間違いなく帝国の兵士が大軍で押し寄せてくるんだぞ!? それにコイツは――」


 ゲイルの言うことはもっともだ。帝国の皇帝の娘がいなくなれば一大事どころの騒ぎではないだろう。しかし俺には何かが引っかかっていた。

 

「俺達狼人族を連れ去った張本人だ……!!」

 

 額から頬へ汗が流れる。

 

 俺の後ろにいたティーナが肩に手を置いてきた。

 

「兵士がやってくるという点は、問題ない」


 ティーナがゲイルの前まで歩み寄った。

 

「……!!」


 ゲイルは興奮状態になっているように見える。とてもいつもの冷静さからは考えられない状態だ。

 

 それも仕方ないか。獣人や亜人をこんな目に遭わせた張本人の娘が、今目の前にいるのだ。ゲイルが興奮するのも致し方ない。

 

 ――いや、それなら何故ドワーフは落ち着いている?

 

 俺の頭の中で引っかかっていたモノが揺らめく。

 

「私はとうに見捨てられた身。私一人死のうが帝国には何の影響も無い」


 ティーナは自嘲気味に言葉を吐いた。

 

 その言葉からは、既に全てを諦めているような、そんな雰囲気が感じられた。

 

 皇女である自分が死んでも何の影響も無い。ティーナはそう言ったが、俺には到底理解できない内容だ。皇女なら最悪他の国に嫁ぐなど、政略的な扱い方もあるはずだ。それすらも行われない理由があるのか?

 

 ……見捨てられたというのは、父である皇帝に、なのか? 判断材料が少なすぎる。ティーナの言葉を待った。

 

「狼人族の集落を保護し、助けたことがあった。しかし皇帝である父上はそれを許さず、狼人族の集落を全て潰し、刃向う者は全て殺した」


 ティーナの言葉で、前にミリアムが言っていた、ゲイルがこの国唯一の狼人族という言葉を思い出した。

 

「そこで私は生き残っている狼人族達を奴隷という形で保護して、なんとか命だけは助けることができた」 

 

 ゲイルが言っていた連れ去ったという理由にはそんな経緯があったのかと話しを聞いているが、ティーナの言葉が全て事実だとも限らない。

 

 だがこの場で、今嘘を吐く理由もメリットも俺には想像できなかった。

 

「ここのドワーフ達同様、どこかで労働を強いられている、はずだ……」


 ティーナの言葉に力はなかった。まるで自分のやったことが正しかったのか、間違っていたのか、そんな曖昧さを感じた。

 

「……元はと言えば、お前が……お前が俺達の目の前に現れなければなぁ!!」


 ゲイルは更に矢を引いた。もうあれ以上は引けないだろう。なんとか落ち着かせないと、このままだとティーナが危ない。

 

「ま、待ってくださいゲイルさん!」


 もう一度ティーナの前に出る。今度は矢が服に触れるかどうかスレスレの距離だ。

 

 心臓がバクバク高速鼓動し、体が震えそうになるのを必死に抑える。

 

「どけっ!!」 

 

「い、生きてさえいればドワーフ達みたいに助け出すことができるはずです!」


 俺は捲し立てるように、勢いだけで口から説得の言葉を吐き出した。

 

 狼人族が生きている確率は限りなく低い。見捨てられた皇女の行いを皇帝が許容するとは思えなかった。

 

 だがそれを今ここで言ってしまえば間違いなくゲイルは矢を放ち、ティーナは死ぬ。

 

 ティーナの死だけはどうしても避けなければならない。特に皇女であるということが発覚した今、その優先度は何に置いても高い。

 

「……っ!?」


 その瞬間後ろから、心臓が掴まれたような、怖気と寒気を感じた。

 

 その原因の方向へ振り返ると、リコが姿勢を低くし、骨のナイフを構えてゲイルを睨みつけていた。

 

「……ゲイル、その矢を今撃ったらリコは確実にゲイルの首を掻っ切るにゃ」


 リコの声はとても落ち着いていて、それでいて俺でも分かる、殺気のようなものを出していた。普段の元気なリコからは全く想像できない状態に息を飲んだ。

 

 ゲイルの方に向きなおすと、俺を睨み、歯を食いしばっていた。


「……」

 

 暫く沈黙が続いた。

 

「……チッ!!」


 ゲイルが弓を降ろし、なんとか切迫した状態から抜け出せたようだ。正直ラプターに襲われる以上に怖かった。できれば二度とこんな目には遭いたくないな……。

 

「ソーーセーー!!」


 リコが脇腹に突進してきた。

 

「ぐぇっ……」


 リコの頭部がクリーンヒットするが、なんとか耐える。


「無茶しないで欲しいにゃ……」


 強い力で抱きしめられていた。リコにえらく気に入られてしまっているようだが、今回の状況を見ると、これは少し危険を孕んでいる可能性も否定できない。

 

 俺のためなら仲間ですら殺しかねないリコの行為。理由は分からないが盲目的な面があるような気がした。気を付けよう。

 

「……どうして私を庇った」


 後ろで複雑そうな顔をしたティーナが俺を見つめていた。

 

「貴女を……いえ、皇女様をここで死なせる訳にはいきません。貴女には希望になってもらいます」


「……私が、希望?」


「最初に話しましたが、皇女様には、人間とそれ以外を繋ぎ纏める役割を担ってもらいます」


 だたの貴族だと思っていたが、皇女なら俺の計画はよりやりやすくなる。

 

 皇帝や帝国、それ以外の国という障害があるが、この世界でなら、俺のクラフト能力で話し合いのテーブルまで用意できるはず……いや、用意する。

 

 そのためにも様々な種族を集め、仲間を増やし、大きな街……国を作る必要がある。

 

 獣人や亜人達だけではなく、当然人間側にも接触して、コネやパイプを作る必要があるので大変な作業になるだろうが、このクラフト能力を駆使していけば、難しくは無いはずだ。

 

 とはいえ過信し過ぎるのも危ない。十分に注意し、気を配り、警戒して、慎重にならなければいけないが……。

 

「ふぅ、流石のワシも肝が冷えたぞ。お前さん、あんなことばかりしてたらいつか死ぬぞ」


 禿げたドワーフが困り顔で俺を見上げていた。

 

 ドワーフの言う通りだ。慎重の欠片も無くただギャンブルをしただけだった。

 

 賭け金は俺の命。リスポーンする可能性があるとはいえ、あまりにも無謀過ぎる賭けだった。もし賭けに負け、そのまま死んでしまったら……。

 

 俺は考えを消すように頭を振った。

 

「はは、流石に寿命が縮まりましたね。もうあんなことは俺もごめんです」


 愛想笑いでドワーフに返した。

 

 そこでドワーフの足に繋がれている足枷に視線が向いた。

 

「皇女様、ドワーフ達の足枷を外したいので、鍵を頂いても宜しいですか?」


 今更だが、皇女殿下の方が良かっただろうか? まぁ本人は特に気にしていないようだし、今はこのままでいいか。

 

「あ、あぁ」


 ティーナから鍵を受け取り、ドワーフ達の足枷を外していった。

 

 これも賭けだ。

 

 枷を外した瞬間、ドワーフが反旗を翻すかもしれない。そうすれば数では負けている俺達が圧倒的に不利だ。

 

 だがドワーフ達の態度や反応、皇女であるティーナの存在、それらを加味して、五分五分以上までは持っていけているはずだ。

 

 そして最後のドワーフの枷を外し終わった。


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