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26:出発


「え、今なんて言ったにゃ……?」


 リコが目を見開き、信じられないと言わんばかりの表情で俺を見ていた。

 

「この先立て直していくなら、ドワーフの力は必須になると思います。だから私がドワーフをここへ連れてきます」


「無理にゃ!!」


 リコが即答する。


 まぁそういう反応になるだろうな。鉄鉱山で人間達に強制労働されているというドワーフを救出するという話だ。当然その場所の守りは堅く、危険性が非常に高い。リコから見れば自殺行為に見えるかもしれない。だが――

 

「大丈夫ですよ。私は死にませんから」


「どういう意味にゃ……?」


 確証は無い。だが仮に死んでも復活するはずだ。そのためのアイテム、寝袋があるのだから。

 

「……ソウセイ、自分が何を言ってるのか理解しているのか?」


 それまで静かに口をつぐんでいたミリアムが、真剣な表情で口を開いた。

 

「危険なことは理解しています。だからこそ私一人で行きますから、皆さんに迷惑はかけません」


 本音は俺一人で行った方がリスクが低く済むからだ。川でのように誰かを守りながら戦うのは相当なハンデになってしまう。それに失敗しても被害は俺一人で済むというのが一番の理由でもあった。

 

 もう一押しするために言葉を続ける。

 

「それに私にはクラフトの能力があるので、ミリアムさんやリコさんが思ってるより難しくないと思いますよ」


「そ、それならリコも一緒に行くにゃ!」


「気持ちだけで十分ありがたいです。他の人が一緒だと逆に危険なので、今回は私一人で行かせてください」


「で、でも……!」


 リコの言葉を遮るようにミリアムが前に出てきた。

 

「救出する算段はあるのか?」


「はい。任せてください」


 ミリアムの問いに即答した。沈黙が流れる。

 

「……分かった。無理だけはしないでくれ。リコもソウセイを信じるんだ」


「わかったにゃ……」


 ミリアムがリコを宥めてなんとか分かってもらえたようだ。

 

「それで、ここから西にあるんでしたよね」


 俺はマップウィンドウを開いてマップを展開させた。

 

「そうだ。しかしどうやって行くつもりだ? 歩いて行くには遠い距離だぞ」


「ここから鉄鉱山まで、どのくらいの時間がかかりそうですか?」


「歩いて二日はかかる距離だ。西にある川沿いに行けば辿り着けるが、遠い道のりになるだろう」


 川沿いを歩いて二日か。多分システムで動ける俺なら一日半で行けそうだが、道中何が起こるか分からないからな……。いや、クラフトでいけるか……?

 

 それに往復で四日かかるとなると、戻ってこられるのは六日目か七日目になりそうだ。

 

 襲撃は十日なので三日の猶予があるし、既に防衛の準備はできている。最初の襲撃はモンスターの数もそれほど多くなく、強いモンスターもでないので、やろうと思えば俺一人で、防衛拠点を使わずにクリアすることもできる。

 

 だが当然ゲームの話なので、現実のこの俺が同じようにできるかは分からない。

 

 鉄鉱山について行きました帰りましたと、トンボ返りできるとも限らない。

 

 それでも十日までには戻れるか――


 ここで俺はあることを思いだし、更に一つの秘策を思いついた。

 

 今の今まで算段なんてものは無かった俺に、まるで天啓が舞い降りたようだった。


「クッ、クックックックッ……」


 俺は自分の完璧すぎる計画に笑いを抑えることができなかった。

 

「そ、ソウセイの様子がおかしいにゃ……」


「お、おい、大丈夫か?」


 二人とも困惑した顔で俺を見ていた。それも仕方ない、突然笑い出したやつほど怪しいものはないからな。

 

「失礼、大丈夫です。完璧な計画を思いついて、完璧過ぎて思わず笑ってしまっただけですから」


「そ、そうか……」


 ミリアムが若干引いてるような気がするが、これも仕方あるまい。俺は今最高に笑顔なのだから。

 

「ソウセイが悪い顔してるにゃ……」


 こうして俺のパーフェクトプランのもと、行動を開始――する前に。

 

「そうだ、私が不在の間、仮屋は自由に使ってもらって結構ですので、寝泊りや何か作業をするときにでもどうぞ」


「いいのか?」


「元々そういう目的で作り始めた面もあるので、構いませんよ」


 俺としては、先に個々の家を用意してあげたかったのだが、結局こんな物しか用意できていないのが心苦しい。

 

「そうか、感謝する」


「それじゃあ私は必要になる資材を集めていきますね」


 それから俺は粘土バケツに入ってる冷めた水を手ですくって飲み、喉の渇きを潤してから伐採作業に取り掛かった。

 

 粘土バケツに入った水は、見た目は減っていないように見えるのだが、恐らくあと何回か飲んだら消えると思われる。

 

 ゲームのほうでは水の計算がおかしく、一回撒いた水からバケツ二杯分水をすくうことが可能だったのだ。それを利用して無限に水を得ることも可能なのだ。

 

 健康状態のほうは問題無かったが、完全に安全な水とは断言できないのでまだ怖い。しかし今はそうも言ってられない状況なので仕方ない。

 

 作業中、串焼肉の差し入れを幸薄そうな猫人族の女性から貰ったり、ゲイルが小さな鳥のような生き物、ドードーを狩ってきたりして話題になっていた。

 

 こうしてこの日は資材集めに集中することにして、伐採や草むしり、石集めをして一日を終えた。レベルも一上がったので、何にポイントを振るか迷うところだ。

 

 寝る前にはミリアムからボロ布を借りて風呂に入り、自分で作った風呂に入ったという感動に包まれ、十分リラックスすることができた。

 

 そして就寝時は椅子ではなく、自分の用意した寝袋に入って眠りにつくことができた。

 

 草を素材にクラフトされた寝袋なのでゴワゴワしているが、それでも眠るのには十分な寝具だった。

 

 ◆   ◆   ◆

 

 3日目 06:00。

 

 洗顔を済ませて出発の準備を整えた。

 

 出発前に集落のみんなが門の前に集まり、どうやら俺を見送ってくれるようだ。

 

「あの、これを……」 

 

 昨日も差し入れしてくれた幸の薄そうな猫人族の女性が、今日もまた串焼肉を渡してくれた。惜しむべきはボロ布に包まれているので、肉汁が少し染みているのだが、その気持ち共々非常にありがたかった。

 

「ありがとうございます。それじゃあ行ってきますね」


「ああ、気を付けてくれ」


 ミリアムがそう言ってくれたのだが、リコとゲイルの姿が見えない。ゲイルはまた見回りに言ってるのだろう。リコは……まぁ察しはつく。

 

「リコは朝から姿が見えなくてな……一時的とはいえ別れが辛いのだろう」


「仕方ありませんね。それじゃあリコさんにもよろしく言っておいてください」


 それだけ言って俺はドワーフ達がいる鉄鉱山へと向かい始めた。

 

「……よろしく言っておいてって、何をよろしく言えばいいのだ?」


 俺の残した言葉に、ミリアムは一人首を傾げていた。


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