12:無敵のバケツ
水を汲んだ粘土バケツを加熱して沸騰させる――
リコに言われて気がつく。ゲームシステムでは水バケツを加熱するシステムというものはなかった。できるのは缶や鍋、そういった物だけだ。……まぁ俺自身やり込んではいたが深く触れていない部分もあったり、忘れている可能性があるので、他にも何かありそうだが。だが少なくとも水バケツを加熱するシステムはなかったはずだ。
この粘土バケツだが、まず壊れることがない。恐らくドラゴンに踏まれても壊れることはないだろう。粘土で固まり切っていないはずなのだが、変形もしない。そもそも耐久値が存在しないタイプのアイテムなのだ。だからシステム的に壊れることがない。
ミリアムが石斧や木の棍棒を使ったときの事を思い出す。どんなに荒く使っても耐久値は一ずつしか減っていなかった。現実世界だがアイテムはゲームのシステムに依存していることは間違いないはずだ。
だからこそ、俺は思いつかなかった。粘土バケツを火にかけるという行為を。
しかし一切のダメージを受けないこの粘土バケツ。火にかけて熱を帯びさせることは可能なのだろうか? 正に前代未聞過ぎて分からない。分からないならやってみなくちゃ分からない。どこかのアニメキャラの台詞だ。俺は良い言葉だと思い、気に入っている。
「できないかにゃ?」
「分かりません、試してみましょう」
ここでもう一つ試してみたいことができたので、並行してやっていこう。
まずクラフトウィンドウを開き、左のクラフト一覧から白文字になっているキャンプファイヤーを選び、クラフトを開始した。
このキャンプファイヤーは序盤の食料を調理するのに使う重要な調理道具だ。これがあれば肉を焼けるし缶に汲んだだけの水を飲み水にクラフトできる。キャンプファイヤーに存在するツール欄に鍋や金網をセットすれば、瓶で飲み水をクラフトできたり、網で焼いた肉を食べることができる。どちらも回復力がツール無しのよりも高いので、これらも早めに用意したい。
カコン。
音とともにクラフトが終わり、インベントリにキャンプファイヤーが現れた。
そしてこのキャンプファイヤーを木枠などと同じように地面に設置する。
「これは……木炭なのか?」
「焚火でもするのかにゃ?」
ミリアムとリコが興味深そうに近寄ってきた。
「ええ、まぁそんなところです」
「火はどうするにゃ?」
「火は――」
「よし、私に任せろ」
なんだかミリアムが凄いやる気を出している。
「できるんですか?」
「あぁ、火を起こすのは得意だぞ」
火起こしの道具を持っているようには見えないが、一体どうやって火を起こすのだろうか?
「少し待っていろ」
そう言ってミリアムは枯れた雑木林のほうへ向かった。
木の枝を折ったり、幹の皮を剥いだり、枯草を集めたりしている。あ、戻ってきた。
ミリアムは集めた枯草や木の枝をキャンプファイヤーに入れた。このまま使えるのか不明だが、俺が試したいことはこれだ。
クラフトのシステムを使わずにキャンプファイヤーを使えるのか。それが知りたい。
ゲームでのキャンプファイヤーは石をクラフトするだけで使える代物で、キャンプファイヤーのウィンドウを開き、クラフト同様に料理したいアイテムを選び選択する。そしてウィンドウ右側に存在する燃料スロットに木材などの燃料を入れて着火させれば使用できるのだ。
種火やそういったものを必要としないのが現実世界では大きく役に立つだろう。まぁ使えるのは俺だけなのだが。
キャンプファイヤーの見た目は石を組まれた土手があり、中に木炭のような物が見える。だがクラフト時に木炭は使用していない。試しに手に取ってみようとしたが、くっついていて取ることはできなかった。ただの見た目だけのオブジェクトなのか、それとも普通に火を付けて使うことができるのか。手に付いた煤のようなものを払う。
「リコ、ナイフを貸してくれ」
「はいにゃ」
リコからナイフを受け取ったミリアムは、大きめの木の棒の真ん中部分を削って溝を作り、そこに幹から剥いだ皮を入れ、そこへ木の棒を刺し、両手の平でその棒を挟んだ。
おいおいまさか……。
「よし、いくぞ!」
その声とともに凄まじい勢いで棒をきりもみさせていった。す、凄い……!
そのスピードは目にも止まらぬ速さで、もはや残像が見えているレベルだ。
そしてあっという間に煙が上がり、種火をキャンプファイヤーへと移した。
……キャンプファイヤーから煙が上がり、火が付き始める。
「どうだ、あっという間だったろう?」
ミリアムは誇らしげに俺を見ている。色々な意味で驚かされた。
まさかあんな力技で火を起こすとは思わなかった。体はやせ細っているし、筋肉があるようには見えない。一体どういう理屈であんな力を出しているのか謎すぎる。もし食生活が改善されたら、文字通り化物クラスの力の持ち主になりそうな予感がする……。
そしてもう一つ。クラフトしたキャンプファイヤーだが、そのまま普通の焚火としても使用できるようだ。パチパチと音を立てて火が揺らめいている。
まぁ普通に使うならクラフトする必要はなさそうだな。いや、石とかが入手しづらい場所でなら有効な手立てになるかもしれないか?
よし、ともあれ火は起こせた。あとは粘土バケツを火にかけるだけだ。
ツールベルトにセットしてある粘土バケツを装備し、火のついているキャンプファイヤーの上に置いた。直火だが粘土バケツの耐久値は存在しないので破損することはないはずだ。あとは水が沸騰するか見ていくだけだ。
「あとはこれで水が沸騰してくれるといいのですが……」
「そのバケツ、粘土みたいだが、本当に大丈夫なのか?」
ミリアムが対面にやってきて片膝を付いて火にかけてある粘土バケツを見ている。リコはその隣で、膝を揃え屈伸状態で粘土バケツを見ていた。
「ええ、耐久値が存在しないので壊れることのないアイテム、のはずですが、この世界でもそれが適用されているかは分かりません」
「叩いて確認すればいいんじゃないかにゃ?」
それだ。
俺は急いでクラフトウィンドウを開き、粘土バケツを新しくもう一個クラフトを開始した。
「決して壊れることのない粘土のバケツか……ソウセイの出す物は常識を凌駕しているな」
もしかしなくても、これがいわゆるチートなのかもしれない。
カコン。
粘土バケツのクラフトが終わった。インベントリからツールベルトにクラフトした粘土バケツを移し装備して、地面に置いた。
「ではミリアムさん、力いっぱいこの粘土バケツを攻撃してください」
「分かった」
ミリアムが右手に持った木の棍棒を大きく振りかぶる。
「ハァッッ!!」
その声ととも一瞬で振り下された木の棍棒が粘土バケツを直撃する。
ゴッという音がするだけで、木の棍棒も粘土バケツも傷一つついていない。
「これは……」
ミリアムは呆気にとられていた。渾身の力で叩いた粘土のバケツが形を変えるどころか、傷一つついていないのだ。
「ほんとに壊れてないにゃ……ほんとにこれ粘土で作ったのかにゃ???」
リコがおしりを上げて地を這うような姿で粘土バケツを直視している。猫っぽくて可愛いな……。
「ええ、リコさん達が集めてきてくれた粘土でクラフトしたバケツですよ」
「リコたちの集めた粘土がこうなるなんて、なんかすごい嬉しいにゃ!」
リコが凄い喜んでくれている。こうやって人に喜んで貰えると俺も嬉しい。
「私もこういう結果になって驚いています。ともあれ、これで大丈夫そうですね」
粘土バケツに限らず、耐久値の存在しないアイテムは壊れることがない。そう結論付けて良いだろう。
「そうだ、私はここで見張っているので、今の内に集落の皆さんを呼んできてはどうでしょうか?」
「そうだな、肉も新鮮な内に処理をしておきたい。しかし大丈夫か? ここはグレイヴウルフが水を飲みにやってくることもある」
「ソウセイ一人じゃ危ないにゃ!」
二人にここまで心配して貰えるとは光栄なことだ。だいぶ好感度も上がってきたに違いない。やはり仮屋といえど家を作ったのが大きかっただろうか。
なんて冗談を考えられるくらいの余裕が今はある。
「大丈夫です、私にも一応戦う手段はあるので、二人で行ってきてください。いざとなったら小屋を作って立て籠もりますから、なんとかなります」
そう愛想笑いで答えた。実際小屋を作って篭るのは悪くない。大きい小屋じゃなければすぐ作れるし、資材もまだ余っている。
ここでハッと気づいたことがある。モーファーと遭遇する前だ。小屋や安全地帯を用意してから、予め木で作った棘のバリケード、ウッドスパイクを地面に敷いてから引き寄せて戦う、という作戦もあったんじゃないか? いや、冷静な今だからこそ気づけたのか……。やはり冷静さを保つのは大事だな。
「……そうか、分かった。ではリコ、戻るぞ」
「うーん……リコはここに残るにゃ」
何故?
「ソウセイ一人じゃ心配だし、誰かにこの肉を持っていかれたら嫌にゃ」
「でもモンスターの群れが襲ってきたら危険ですよ」
流石に今の状況で他の誰かを守りきる自信は無い。
「でもソウセイはなんとかするって言ってたにゃ。それにどんなことするのか凄く気になるにゃ!」
それは一人の場合……いや、これは何を言っても引きそうにない。好奇心猫を殺す……そうならないようにしよう。
「……分かりました、何か起きればなんとかしてみます」
「大丈夫なのか?」
大丈夫だ、問題ない。
「何か起きてもこの身に変えてリコさんは守りますが……早めに戻ってきてくれると嬉しいですね」
自分が死ぬのは怖いが、目の前でリコが死ぬのはもっと怖い。今度は大丈夫、大丈夫なはずだ。
「……そうか、では任せたぞ。リコも無理はするな」
「わかってるにゃ」
ミリアムはリコの返事に頷き、走り出して集落へと戻っていった。ミリアムも俺にリコを任せてくれるまで信頼してくれている、のだろうか。
「さて、それでは防衛の準備をしましょうか」
「はいにゃ!」
リコはビシっと立って右手をあげた。やはり小動物みたいで可愛いな。
などと考えながら、俺は防衛の準備を始めた。
少しでも面白いと感じてもらえたら、是非とも評価やブックマーク、感想をお願いします。
逐一手直ししていますので、おかしな部分があれば遠慮なく感想で教えてください。




