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第20話 勘違い

「芸能界に戻る……?」


 それも女優として。前に早奈が言っていたのは高校卒業と同時にだったよな。


「それは前から決めてたことなのか?」

「いいや? 昨日家に帰ってきてからいきなり言われてね。あの子、前の事務所にまた厄介になるつもりらしいよ」


 前の事務所なら仰々しいオーディションや審査もなくすんなり入ることが出来るだろう。実力は既に示した後。子役としての知名度もある。さらに容姿も抜群。断る要素なんて何一つない。


「……そうか」

「寂しい?」

「まあ、そりゃな」

「そう言えば演劇部もやめるつもりだって言ってたよ。あたしなんかよりもよっぽど楓真の求めるものに応えることが出来てる子がいる、って。早奈より上手なんて大した子ねぇ」


 綿のことか。アイツ、俺が綿に何を見たのか気付いていたんだな。一概にそれが良いこととは言えないが、それでも。


「オーディションでは、早奈を選んだんだけどな」

「名女優の私にその役の演技がどうか聞いていたのよ? 選ばれて然るべき実力は付けさせてるに決まってるじゃない」

「自分で言うなよ……」


 ただ否定も出来ないレベルで、成宮瞳子は名女優ではあるんだけどな。なんせ早奈の憧れだ。それこそそうあって然るべきである。


「まあ何はともあれ、私はあの子の母親だからさ。あの子がどんな選択をしようと尊重するつもりだよ。事情がどうあれね。……ただアンタは違うんでしょう?」

「よくわかるな」

「そりゃアンタの体重が一キロもなかった頃から知ってるわけだしね? 幼馴染みの母親ってのはそういうものでしょ?」


 俺は“幼馴染みの母親”ってのになったことはないので頷くことは出来ないけど、瞳子さんには嘘をついてもすぐバレるんだろうなという確信はやっぱりある。それはつまり瞳子さんの言葉を肯定しているんだろうな。


「……早奈の部屋に行ってくるよ」

「はいよ。行ってらっしゃい」


 俺を送り出す瞳子さんの顔が、一瞬だけ母さんのものと錯覚する。俺はそんなことを考える自分を少しだけ可笑しく思いながら、二階の早奈の部屋へと向かった。




 ゴクリと喉を鳴らす。もしかしたら拒絶されるかもしれない。だがそんなことではいつまで経っても、というか家に来たのも音でバレてるはずだと言い聞かせ、緊張しながらドアを開ける。


「早奈ー……?」


 そろーっとドアを開けて中を確認する。中にはやはり早奈が居て、その姿は下着姿。つまり着替え中だった。幼馴染みと言えどそんな姿を見られるのは恥ずかしいのか、みるみるうちに頬を紅潮させていく。


 ……意外と乳あるんだよな、コイツ。


「な、何で楓真はノックしないかなぁ!? 曲がりなりにもここ女の子の部屋だからね!?」

「お前……ブラとパンツの組み合わせめちゃくちゃじゃねえか。白と黒ってオセロかよ」

「今日は気を抜いてたの! 良いから早くドア閉めて!」

「お、おう」


 ガチャリとドアを閉める。シンとした部屋には俺と早奈が無言で見つめあっており……。


「……もう絶対演劇部に戻らないから」

「すまん、ちょっとした出来心でさ。面白いと思ったんだが……」

「早く出て行って!」


 ピシャン! と雷が落とされ、俺は文字通り逃げるように部屋から出た。


 ……流石にこれでダメでした、とかならあの監督でさえ助走つけて殴りかかってくるレベルだよなぁ。着替え終わった後は溜飲を下げてくれていることを願うばかりだ。




「……で? 何しに来たの? 覗きの楓真」

「色々聞きたいことはあるけど、とりあえず。風邪とかじゃないんだよな?」

「へ? いや、今日は普通にずる休みだけど……」

「そうか。それは良かったよ」


 何事もなくて良かった。てか普通にずる休みって凄い言葉だな。俺も前にやらかした手前何とも言えねえけど。


「……そういうところ、ズルいよね。楓真って」

「ん? いやズルいつっても相手は幼馴染みだしなぁ。ブラとかパンツの一つ二つ……」

「待って何の話してるの!? そんなこと言ってないから!」


 そりゃ俺だって同級生の下着姿を見てごめんの一つで許される状況はズルいと思うけどな? それを生かさないとしたら、それはもう逆に早奈に失礼ってもんだろ。つまり俺はこれからも悪びれもせず下着姿を見ることを誓います。


「……よし、話を戻そう」

「戻すも何もまだ始まってすらいないけどね」

「うるせえ黙ってろオセロ女」

「はいもう聞かなーい。ブラとパンツ見て挙句バカにしてくるバカとはもう話しませーん」

「……監督に演劇部をやめるって聞いたけど?」


 俺が無理やり話をねじ込むと、そっぽを向いていた早奈は他所に視線を向けながら答えた。


「やめるよ。代役には綿ちゃんもいるし」

「……それって俺がBチームに入ったからか?」


 まどろっこしい探り合いは無しだ。相手は早奈、こっちの方が俺達らしい。幼馴染みってのはそういうものだ。


「……あんまり正直に言うのは恥ずかしいんだけど、楓真に一緒に居て欲しかったの。演劇部に入らないならAチームの脚本として……それなのに」


 熱の帯びた早奈の言葉は、俺の内側へじんわりと広がる。早奈は両指の腹同士を重ね、俺へ向き直る。


 ……両指を重ねるそれ。ずっと一緒に居たからこそ、俺はその意味を知っている。

 演技本番前にすら滅多にすることのないその仕草は、早奈が緊張している時の癖。




「ねえ、あたしともう一回付き合ってよ。楓真だってあたしのこと嫌いじゃないんでしょ?」




 声の節々を少しだけ震わせながら、それでも、早奈は俺へ“告白”する。これで人生二度目だ。

 あの時も、確か指を重ねていたな。


「……俺が別れた理由は、まだ伝えてなかったよな」


 そう前置きしてなおもまだ、本当のことを言うか悩む。でも告白までされて、それでも言わないのは早奈に悪い。

 俺は一度息をつき、ゆっくりと口を開いた。


「……別れた理由。お前は子役をやってるせいで時間を取れなかったからと勘違いしてるけど、本当は事務所の判断なんだよ。ドル売りしてたお前の悪影響にしかならないって」


 これを言ってしまえば早奈は事務所へ悪印象を持ってしまうかもしれない。なのに言ったのは、多分俺も早奈に伝えたかったのだろう。


 間接的にとはいえ、早奈のことが好きと。


「うん。知ってたよ」

「は?」


 待て、知ってた? 何を言ってるんだコイツは?


「事務所の判断っていうのはあたしが事務所に頼んだことなの。事務所も別にあたしが付き合うならそれでも良い。じゃあアイドルみたいに売るのをやめれば良いだけだって理解もしてくれてたし。ホント良い事務所だよね」

「待て待て待て。お前それ、え? 何のために……?」


 つまり俺はずっとから回っていたってことか? 別に早奈と付き合っても誰も困らない?


「だって、子役をやってたら一緒にいられないじゃん?」


 一緒にいられない。確かに子役をやっていた頃の早奈は沢山のドラマや映画に引っ張りだこで、学校でさえ休むことが何度もあった。


 でも、たったそれだけで?


「勿論演技は好きだよ。でもそれは子役じゃなくても演劇部なら出来るしね。それに楓真も入ってくれたら一緒にいられる時間が増えるもん」

「……本当は?」

「え、ほ、本当? やだなぁ、今のが本心だよ?」

「俺は早奈のことなんて親より知ってるんだよ」


 図星を突かれた時に言い淀んで辺りをキョロキョロする癖。それも長い時間一緒に過ごしてきた俺だからこそわかる、早奈の()()()()()()


 ……まあ、今のは流石に露骨過ぎると思うけどな?


「………………きだと思ったから」

「え? すまん声が小さくて聞こえない」

「だ、だから! 楓真は“成宮早奈”が好きだと思ったから! ほら! 聞こえたでしょ!?」

「……え? うん」

「何その反応!? ひ、人が折角勇気を出して言ったっていうのに!」


 ……? これは俺がバカだからってじゃないよな……?


 成宮早奈が好き……? だから付き合うんじゃねえの? てかそれで別れるように手配するって何だ……?


「じゃあさ、楓真ってあたしのどこが一番好き?」

「どこって言ったら……いやこんなん答えるの恥ずかしくね? 俺に何求めてんのバカなの?」

「い、良いから! ほら言って!」

「えぇ……? どこかって限定されたら、それはほら、演技してる時の……」

「ほら!!!」

「え、何が?」


 突然声を上げる早奈。今どこにほらって言ったんだ?


「演技してるあたしってことは子役の“成宮早奈”が好きなんでしょ!?」

「いや、一途に頑張れるところが好きなんだけど」

「……え?」

「いや二回も言わせんなよこんな恥ずかしいこと。てか何だその勘違い」


 俺が演技してる時の早奈を褒めまくってたからか? いやでもそんなことで……?


「じ、じゃあ楓真はあたしがあのまま子役を続けてても付き合ってくれてたの!?」

「まだそれでやめさせられるって大義名分が必要な理由がわかってねえんだけどな」

「……あたしが演劇部やりたいからって言って自分から子役やめたら楓真、多分子役としての“成宮早奈”が好きだったとしても惰性で付き合ってくれてたでしょ?」

「まあ別に子役じゃなくても好きだけどさ」

「う、嬉しいけど今は良いの! 惰性で付き合うなんてあたしは嫌だから……。だから事務所の人に無理言って、そういうことにしてもらったの」


 蓋を開けてみれば、何とまあすれ違った話なこと……。結局別れた意味はなかったのか? まだ理解が追いついてないけど。


「あ、あと楓真がBチームに入ったせいであたしが演劇部やめたっていうのも本当だから」

「おう。もう今更何が出てきても驚かねえよ」

「あたし演劇部に入りたくて入ったんじゃなくて、楓真と部活してみたかっただけだったっぽくてさ。別にお母さんが演劇部だったからとか関係なかったかも」

「もう何でも良いわ……」


 勘違いしてることがお互い多すぎる。

 ただまあまとめると。


「お前は俺のことが好きで好きで仕方がなかったってことで把握OK?」

「そっ! それは……そうだけど! 何か腹立つ! 大体楓真もあたしのこと好きなんでしょ!?」

「まあそれはそうだけどなぁ……」

「何か余裕が腹立つ」

「痛っ」


 口を尖らせた早奈にギュッと脇腹を(つね)られる。手加減してくれているため口で言う程痛くはないが。


 ……お互いもう好きって認めたわけか。


「なあ」

「何?」

「俺らはもう両想いってわけだよな?」

「ま、まあそうなるのかな? 二人ともさっき流れで認めちゃったわけだし」

「……んじゃまあ」


 そこで言葉を切り、早奈をチラ見する。早奈はやっぱり両指の腹同士を合わせ、視線をあちらこちらへ泳がせていた。


Aチーム(お前ら)Bチーム(俺んとこ)に勝てたら付き合うか」

「ええ!? 今のはこのまま付き合う流れじゃないの?」

「だからお前が勝てば付き合うって。あと芸能界入りは卒業するまで待ってくれよ。Aチームに義理が立たないだろ?」

「……わかった。その代わり、あたしと付き合いたいからって手を抜いたら承知しないからね」

「元よりお前を本気にさせる条件だよ。ただ俺も真剣にやるからな?」

「受けて立つよ!」


 早奈の顔は意気揚々とやる気に満ちている。つられて俺まで頬が緩んだ。


 早奈が演技の天才なのはもう誰もが認める事実。だがBチームにだって、紅葉と友愛、それに俺もいる。

 簡単に負けてやる気は毛頭ない。ただそれでも、早奈には俺が負けたと思わされる演技をして欲しいものだ。

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