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勇者を裏切って魔王になった俺は、英雄になった。  作者: 月影 朔
第12章:魔王との対峙

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第94話:憎悪の炎

 魔王の玉座の間は、セレーネの命の光が完全に消え失せたことで、再び、重い静寂に包まれていた。

しかし、それは、かつての威圧的な静寂とは異なり、ただただ、残酷なまでの虚無が広がる死の静寂だった。


 エリックの悲痛な叫び声の残響が、未だ壁にこだましているかのようだった。


 セレーネの白いローブを赤黒く染めていく鮮血。

それは、レオの脳裏に、かつて共に笑い、泣き、時には憎み合った日々の記憶を、容赦なく、そして鮮明に突きつけていた。


 勇者育成学校で出会ったあの日、まだ誰もが幼く、世界の真実も、己の運命も知らなかった頃。

訓練でへとへとになった帰り道、セレーネが淹れてくれた温かい薬草茶の香り。

初めて魔物と戦い、恐怖で震えるレオに、そっと手を差し伸べてくれたセレーネの優しい手の温もり。

野営の夜、満天の星空の下で、いつか世界を救う英雄になる夢を語り合ったこと。

アルスが冗談を言って、セレーネが頬を赤らめて笑ったこと。

そして、旅路で永遠の別れを迎えたアルスの喪失を埋めるように、回復魔法を会得した彼女。その癒やしの光は、傷ついた仲間を常に包み込んでくれていた。


 その全てが、まるで走馬灯のように、レオの心臓を締め付けた。

セレーネの死は、あまりにも唐突で、あまりにも理不尽だった。


 なぜだ。

なぜ、こうなった?


 この問いは、レオの魂を根源から揺さぶる、途方もない絶望と罪悪感の叫びだった。

彼は、自分の選択が引き起こした、あまりにも重い代償に、ただ打ちのめされることしかできなかった。


 セレーネの、信じ続けた瞳が、永遠に閉ざされたのだ。

彼の魂は、深い闇の淵へと突き落とされていく。


 レオの肩を掴むエリックの手は、セレーネの死という、あまりにも重い現実を前に、憎悪と絶望で激しく震え続けていた。


 彼の全身からは血の気が完全に失せ、顔は蒼白を超えて、まるで死人のように見えた。

信じられない光景が、エリックの脳裏に何度も反芻される。

自分の剣が、親友の行動によって軌道を逸らされ、最も大切な仲間を貫いたという、あまりにも残酷な現実。


 その凍てつくような静寂を、エリックの喉の奥から絞り出された、獣のような、悍ましい唸り声が引き裂いた。

それは、人間の発する音とは思えない、深い悲しみと、理性を完全に失った怒りが混じり合った、原初的な絶叫だった。


 「セレーネッ!!」


 彼の絶叫が、魔王城の凍てつく壁に激しく反響し、部屋全体を震わせた。

その声は、かつて彼の放ったどんな雄叫びよりも、深く、そして魂を削り取るような響きを持っていた。


 エリックの顔は、苦痛と怒りで激しく歪められていく。

彼の目から、大粒の涙が流れ落ちるが、それは悲しみの涙ではなく、怒りによって強制的に押し出された、熱い滴だった。


 エリックの瞳は、燃え盛る業火のように赤く染まり、その光は、かつての友情や信頼の残滓を、全て焼き尽くさんとしていた。


 彼の怒りの矛先は、もはや魔王ではなく、そのすぐ目の前にいる親友、レオへと向けられた。

セレーネの白いローブを赤黒く染めていく鮮血が、エリックの視界を狂わせた。

その血の赤が、彼の心臓を脈打つたびに、憎しみの炎をさらに大きく燃え上がらせた。


 「お前が!

お前がセレーネを殺したんだ、レオ!」


 エリックの声は、もはや感情の波に押し流され、言葉の一つ一つが、呪詛のように重く響いた。

彼の口から放たれる言葉は、かつての絆を完全に断ち切る、絶対的な断罪だった。


 「この……

裏切り者!!」


 最後の言葉は、憎悪と唾棄を込めて吐き捨てられ、広間に冷たく響き渡った。


 エリックの心は、悲しみと憎しみという、最も破壊的な二つの感情によって、完全に支配されていた。

セレーネの死という、あまりにも耐え難い現実と、その死を招いたのが、誰よりも信頼し、共に生きてきたはずの親友であるという、この絶望的な裏切り。


 その全てが、エリックの理性という名の砦を完全に打ち崩し、彼の精神は、奈落の底へと引きずり込まれていく。


 彼の脳裏には、セレーネの最期の言葉が、痛ましいほど鮮明に蘇る。


「私は……信じてた……、

あなたたちを……

そして、この世界を……」。


 その言葉が、エリックの胸を締め付け、呼吸すら困難にさせる。

彼女は、自分たちを、そして世界を、最後まで信じていた。

その純粋な光が、今、目の前で、そしてレオのせいで、永遠に消え失せたのだ。


 エリックの心は、復讐の念に駆られていた。

彼の中で、セレーネの命を奪ったレオは、もはや親友ではない。

彼は、絶対的な悪であり、断罪されるべき対象だった。


 彼がこれまで戦い続けてきた魔王と同じか、それ以上の憎悪が、レオへと向けられる。

彼の瞳の奥で、狂気が芽生え始めていた。


 全身の血管が浮き上がり、彼の肉体は、内部から沸騰するマグマのように熱くなっていた。

指先が、再び、剣の柄を握りしめようと、無意識のうちに動き出す。


 この場で、全てを終わらせなければならない。

セレーネの無念を晴らし、レオに、この裏切りの代償を払わせなければならない。

彼の脳内では、過去の記憶と、目の前の現実が、混沌として入り乱れていた。

勇者として培ってきた全てが、今、この憎悪の炎によって歪められ、変質していく。


 エリックは、深い呼吸を一つ吐いた。

それは、怒りを鎮めるためではなく、むしろ、その怒りを全身に巡らせ、より大きな力に変えるための、準備運動のようだった。

彼の体からは、凍てつく魔王の間を震わせるほどの、恐ろしいほどの闘気が立ち上る。


 その怒りの矛先は、魔王とそして、レオへと向けられていた。

彼の心は、もはや悲しみだけでは語り尽くせない、深い闇に囚われている。

セレーネの死が、エリックの全てを、永遠に変えてしまったのだ。

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