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勇者を裏切って魔王になった俺は、英雄になった。  作者: 月影 朔
第12章:魔王との対峙

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第93話:悲劇の連鎖

 魔王を庇ったレオに弾かれたエリックの剣が、まるでスローモーションのように、美しい放物線を描いて宙を舞い、そして、可憐な魔術師の胸に、深く、残酷なまでに突き刺さっていた。


 「……ぁ」


 セレーネの唇から、言葉にならない、か細い声が漏れた。その細い身体は、まるで糸が切れたかのようにグラリと揺れ、彼女の美しいアメジストの瞳から、急速に光が失われていく。


 その小さな手から、白樺の杖がカラン、と乾いた音を立てて床に滑り落ちた。

光の粒子は、まるで生命が消えゆくかのように、はかなく消えていく。


 「セレーネッ!?」


 エリックの悲痛な叫びが、氷の壁に虚しく反響する。

その声は、絶叫というよりも、魂の叫びだった。彼の視界は、信じられない光景で埋め尽くされていた。


 自分の剣が、親友の行動によって軌道を逸らされ、最も大切な仲間を貫いたという、あまりにも残酷な現実。


 彼は、全身から血の気が引くのを感じた。

心臓が凍りつき、呼吸の仕方も忘れてしまいそうになる。


 レオもまた、その光景に打ちのめされていた。

魔王を庇うために振り払った自分の剣が、まさか、エリックの剣を弾き、それがセレーネに……。


 あまりにも予測できない、そしてあまりにも非情な結末。


 彼の瞳は、恐怖と、信じがたい後悔の色に染まる。


 弾かれたようにセレーネの元へ駆け寄ろうとしたレオの肩を、エリックが掴んだ。

その指は、憎悪と、そして絶望に震えていた。


 エリックの顔は、苦痛と怒りで歪みきっている。

その瞳には、もはやかつての親友への深い愛情は、どこにも見当たらない。

あるのは、狂おしいほどの憎悪と、全てを失った男の、虚無だけだった。


 「…お前が」

エリックの唇から、呪詛のように言葉が紡がれる。


 その声は、広間の冷たい空気に凍りつき、レオの耳朶を容赦なく打ち据えた。


 「お前、お前のせいだぞ…

レオ…ッ!」


 絞り出されたその言葉は、レオの胸に深く突き刺さった。

それは、彼が最も恐れていた、仲間からの断罪だった。

だが、反論できない。


 セレーネの身体から、鮮血が止めどなく流れ落ち、白いローブを赤黒く染め上げていく。

その血の赤が、レオの視界を、そして心を、侵食していくようだった。


 セレーネは、ゆっくりと、そして痛みに喘ぐように、顔を上げた。

彼女の美しいアメジストの瞳は、もうほとんど光を失っていたが、それでも、その僅かな光の残滓で、レオとエリックを交互に見つめる。


 その視線は、決して憎悪や恨みを含んでいなかった。

ただ、深い悲しみと、そして、変わらぬ「信じる心」だけがそこにあった。


 「レオ……エリック……」

彼女の唇から、か細い声が漏れる。


 それは、まるで今にも消え入りそうな、風前の灯火のような声だった。

だが、その言葉には、彼女の全存在が込められているかのようだった。

レオもエリックも、その声を聞き漏らすまいと、息を呑んで耳を傾けた。


 「私は……信じてた……、

あなたたちを……そして、この世界を……」


 その言葉は、まるで透明な刃となって、レオの心を容赦なく切り裂いた。


 セレーネは、最後の最後まで、レオが魔王を庇ったという、その理解しがたい行動をも含めて、彼らを信じていたのだ。

彼女は、勇者としての彼らの正義を、そして、この世界に訪れるべき平和を、心から信じていた。

その純粋な信仰心が、レオの胸を抉り、激しい罪悪感が彼を襲った。


 エリックもまた、その言葉に打ちのめされていた。

彼はセレーネの言葉の重みに、ただ打ち震えることしかできなかった。

彼の最愛の仲間が、自分たちの衝突の犠牲になったのだ。


 その言葉を言い終えると、セレーネの瞳から、最後の光が完全に消え失せた。

彼女の身体は、限界を迎えたかのように、膝から崩れ落ちる。

その場に、ふわりと、白く清らかなローブが広がり、血溜まりの中にゆっくりと沈んでいく。


 そのまま、彼女は、ゆっくりと、静かに息を引き取った。


 魔王の玉座の間は、再び、重い静寂に包まれた。

しかし、それは、かつての威圧的な静寂とは異なり、ただただ、残酷なまでの虚無が広がる死の静寂だった。


 エリックの悲痛な叫び声の残響が、未だ壁にこだましているかのようだった。


 セレーネの白いローブを赤黒く染めていく鮮血。


 それは、レオの脳裏に、かつて共に笑い、泣き、時には憎み合った日々の記憶を、容赦なく、そして鮮明に突きつけていた。


 勇者育成学校で出会ったあの日。

まだ、誰もが幼く、世界の真実も、己の運命も知らなかった頃。


 戦闘でへとへとになった時、セレーネが淹れてくれた温かい薬草茶の香り。


 初めて魔物と戦い、震えるレオに、そっと手を差し伸べてくれたセレーネの優しい手の温もり。


 野営の夜、満天の星空の下で、いつか世界を救う英雄になる夢を語り合ったこと。


 アルスが冗談を言って、セレーネが頬を赤らめて笑ったこと。


 そして、旅の途中で傷ついた仲間を、どんな時も治癒してくれた、彼女の癒やしの魔法の光。

その全てが、まるで走馬灯のように、レオの心臓を締め付けた。


 セレーネの死は、あまりにも唐突で、あまりにも理不尽だった。


 なぜだ。


 なぜ、こうなった?


 この問いは、レオの魂を根源から揺さぶる、途方もない絶望と罪悪感の叫びだった。

彼は、自分の選択が引き起こした、あまりにも重い代償に、ただ打ちのめされることしかできなかった。


 セレーネの、信じ続けた瞳が、永遠に閉ざされたのだ。彼の魂は、深い闇の淵へと突き落とされていく。

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