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勇者を裏切って魔王になった俺は、英雄になった。  作者: 月影 朔
第7章:魔王との謁見

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第51話:純粋さと悲しみ

 「……待て」


 レオの喉から絞り出された、ほとんど呼吸のような声は、暗闇に閉ざされた牢獄の中で、かろうじて少女の耳に届いたようだった。


 リリスは、まるで風に揺れる花のように、ゆっくりと振り返った。

彼女の動きには、無駄がなく、静かで、そしてどこかこの世のものとは思えないほどの優雅さが宿っていた。


 青い瞳が、暗闇に慣れ始めたレオの視線を捉える。


 無表情。


 しかし、その顔立ちには、凍てつくような冷たさはなく、ただ感情の起伏が薄いだけで、まるで深く澄んだ湖のようだった。


 銀色の髪は、牢獄のわずかな光を反射して、幻想的な輝きを放っている。

額に見え隠れする小さな角と、繊細に尖った耳は、彼女が人間ではないことを示唆していたが、それは決して醜いものではなく、むしろ神秘的な美しさを際立たせていた。


 肌は透き通るように白く、指先までもが、完璧な造形美を持っていた。


 レオは、自身の思考が麻痺していることに気づいていた。


 友を失い、捕らわれ、死を覚悟したはずの自分が、目の前の少女の姿に、これほどまでに心を奪われるとは。


 彼女の佇まいからは、兵士たちが放つような殺気も、魔王の持つような圧倒的な威圧感も感じられない。


 ただ、純粋で、無垢な、透明な存在が、そこに立っていた。


 その純粋な瞳の奥に、レオは、言葉では言い表せないほどの深い悲しみを感じ取った。


 それは、表面に現れる明確な感情ではない。しかし、彼の心が、その悲しみの存在を明確に捉えていた。


 まるで、誰にも知られることなく、人知れず流され続けた涙の跡を見るかのようだった。


 なぜ、この少女が、これほど深く、そして隠された悲しみを瞳に宿しているのか。


 この魔王城の奥深く、暗闇の牢獄に、なぜ彼女が食事を運んでくるのか。


 囚われの身であるにもかかわらず、全身に痛みが走り、飢えと渇きに苦しめられているにもかかわらず、レオは、彼女のその悲しみに、抗いがたいほど強く惹かれていくのを感じた。


 それは、まるで、自分自身の心に深く刻まれた痛みや後悔と共鳴するかのようだった。孤独な魂が、別の孤独な魂に引き寄せられるような、そんな感覚。


 リリスは、レオの問いかけに対して、何も言葉を発さなかった。


 ただ、その青い瞳は、レオの全身を静かに見つめていた。まるで、彼の内面の葛藤や、抱える傷を、すべて見透かしているかのように。


 その時だった。


 レオのボロボロになった上着のポケットから、微かな光が漏れ出した。


 まるで、少女の純粋な存在に誘われたかのように、妖精のような小動物、リルが、そっと顔を覗かせたのだ。


 リルは、慣れない暗闇と冷気に身を縮こませていたが、リリスの放つ清らかな気配に、好奇心を刺激されたようだった。淡い光を放ちながら、小さな羽根を震わせる。


 リリスの青い瞳が、僅かに見開かれた。


 それまで揺るがなかった彼女の無表情な顔に、初めて、明確な感情の兆しが浮かび上がった。


 驚き。

そして、深い興味。


 彼女の視線は、リルに釘付けになった。

その小さな体、淡い光、そして何よりも、この厳かで冷たい魔王城の地下牢で、そんなにも愛らしい生命が潜んでいることに、リリスは心から驚いているようだった。


 リリスは、ゆっくりと、しかし確かな足取りで、鉄格子へと近づいてきた。


 彼女の視線は、リルから一瞬たりとも離れない。


 小さな手が、おずおずと鉄格子の隙間から差し伸べられた。その指先が、リルの放つ淡い光に吸い寄せられるかのように、ゆっくりと近づいていく。


 リルは、警戒しながらも、リリスの清らかな気配に魅せられたのか、ぴょこりとポケットから飛び出し、リリスの指先に触れようとした。


 その瞬間、リリスの顔に、ごく微かな笑みが浮かんだように見えた。


 それは、感情を抑圧された少女が、一瞬だけ見せた、純粋な喜びの表情だった。


 レオは、その光景を、ただ茫然と見つめていた。彼女が、魔王の娘であることも、彼女の持つ特別な力も、彼にはまだ知る由もなかった。


 ただ、リリスがリルを見つけた時の、その仕草と、表情の変化が、レオの目に、あまりにも美しく映っただけだった。


 リリスは、数秒間、リルと無言で対峙していた。


 その間、牢獄の暗闇は、彼女とリルが放つ、二つの微かな光によって、わずかに照らされているようだった。


 やがて、リリスは、まるで時間が止まったかのようなその交流を、自ら断ち切るように、ゆっくりと手を引いた。


 彼女の表情は、再び元の無表情へと戻っていたが、その青い瞳の奥には、確かにリルと触れ合ったことによる、温かい余韻が残っているように見えた。


 リリスは、もう一度だけ、レオに視線を向けた。


 そして、何も語ることなく、静かに踵を返した。

 足音が遠ざかり、鉄扉の閉まる音が響き渡ると、牢獄は再び、完全な闇と沈黙に包まれた。


 しかし、レオの心には、先ほどまでの圧倒的な絶望感とは異なる、新たな感情が芽生え始めていた。


 目の前に現れた謎の少女。彼女の瞳に宿る深い悲しみ。そして、リルとの奇妙な交流。


 この小さな出会いが、この先、レオの運命に、そしてアースガルド大陸の物語に、計り知れないほど大きな転換点をもたらすことを、この時のレオはまだ、知る由もなかった。


 ただ、彼の心に差し込んだ「一条の光」は、確かに、新たな希望の兆しとなって、深く刻み込まれたのだった。

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