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勇者を裏切って魔王になった俺は、英雄になった。  作者: 月影 朔
第17章:英雄の栄光と孤独

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第187話:最終決戦の幕開け

 ウウウウウウウウウウウウウウーーーーーーーーーーーーッ!!!!


 空気を切り裂くような鋭い警報が、王都エルトリアの隅々にまで響き渡った。

それは、この星に残された最後の生命たちに、終焉の訪れを告げる冷たいファンファーレだった。


 作戦室にいたレオとエリック、リリス、そして各部族の長たちは、その音に弾かれたように窓際へと駆け寄った。

彼らの目に映ったのは、もはや悪夢という言葉でさえ生ぬるい、絶望そのものを形にしたかのような光景だった。


「……来たか」


 レオの静かで重い呟きと同時に、王都の上空の空間が再び、あの禍々しい「黒い円」によって音もなく裂け始めた。

しかし、それはもはや以前のような単一の傷口ではなかった。


 一つ、また一つと、空の至る所に無数の黒い円が、まるで空という青い布地を蝕む黒い染みのように次々と現れ、瞬く間にその口を広げていく。


 そして、その円の向こう側の深淵から、異形の船が一隻、また一隻と姿を現した。

その数は数十ではきかない。

数百……いや、あるいは数千か。


 磨き上げられた黒曜石のような、光さえも吸い込む未知の金属でできた巨大な多面体の母船。

昆虫の甲殻を思わせる禍々しい曲線を描く中型の襲撃艇。

そして、それらの間を縫うように無数に飛び交う小型の戦闘機。


 それらが王都の上空を完全に覆い尽くし、あれほどまでに青く澄み渡っていたはずの空は、今や金属と絶望の色に塗りつぶされていた。

昼間であるにもかかわらず、王都はまるで日食が訪れたかのように不気味な薄闇に包まれた。


「……嘘だろ……」

騎士団長が、その場に膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪えながら、かすれた声で呟いた。


「……これが……奴らの、本隊……」


 作戦室にいる誰もが言葉を失っていた。

偵察部隊からの報告で戦力差が大きいことは覚悟していた。

しかし目の前のこの光景は、彼らの最も絶望的な想像さえも遥かに、そして無慈悲に上回っていたのだ。


「……怯むなっ!!!!」


 その絶望的な沈黙を最初に打ち破ったのは、レオの魂からの雄叫びだった。

彼の瞳にはもはや驚きも恐怖もなかった。

あるのはただ、この星の王として、愛する者たちとこの星の未来そのものを守り抜くという、燃え盛るような絶対的な覚悟だけだった。


「全軍、第一戦闘配置!」


 彼の声は覚醒した魔力によって増幅され、王都にいる全ての兵士たちの魂に直接響き渡った。


「作戦通り、陽動部隊は城壁へ!

突入部隊は俺と共に、この王宮で待機!」


 その声は、絶望の淵に突き落とされかけていた兵士たちの心を再び現実に引き戻した。

練兵場や城壁で待機していた人間と魔族の連合軍が、最初の混乱から立ち直り、訓練通りにその持ち場へと駆け出していく。


「エリック!」


「ああ!」


 レオとエリックは視線を交わした。

その瞳には、十年という歳月を越えて再び結ばれた親友としての絶対的な信頼が宿っていた。


「人間たちに指示を!」


 エリックもまた、自らの役割を果たすべく叫んだ。

「訓練を思い出せ! 盾を構えろ! 魔族の仲間を信じろ!

俺たちの戦いは、ここからだ!」


「リリス!」


「分かってるわよ!」


 リリスは恐怖に震えるリオの小さな体を強く抱きしめながら、後方支援部隊に鋭い指示を飛ばした。

「負傷者を運ぶ準備を急ぎなさい! 食料と水の配給路を確保するのよ!

一人でも多くの命を救うわよ!」


 指導者たちの覚悟が、絶望の闇の中に確かな秩序の光を灯していく。

王都の城壁には人間と魔族の兵士たちが肩を並べ、空を覆う絶望的な光景を固い決意の表情で見上げていた。


 彼らが数週間にわたって築き上げてきた絆が今、試されようとしていた。


◇ ◇ ◇


 その、彼らの覚悟をあざ笑うかのように。

異星人たちの本格的な侵攻が始まった。


 空を覆う無数の宇宙船から、光の柱が地上に向かって何百本も降り注ぐ。

それは第一波の攻撃のような破壊光線ではない。

兵士を地上へと降下させるための、「転送光」だった。


 ズン……! ズン……! ズン……!


 鈍く重い着弾音が、王都を取り囲む平原の至る所から響き渡る。

光の柱が着弾したその場所から、異形の兵士たちが次々とその姿を現した。


 それはもはや軍勢というよりも、大地を覆い尽くす津波だった。

これまでの戦いで見た、あの人間型の生体機械兵士。

その数はもはや数百ではきかない。

数千、いや、万を超えるかもしれない。


 そして、その中にはこれまで誰も見たことのない、新たな種類の絶望の形があった。


 蜘蛛のように八本の多関節脚を持ち、その巨体から青白いエネルギー砲を連射する巨大な多脚戦車。


 豹のようにしなやかで、その俊敏な動きでこちらの攻撃を全て回避しながら、鋼鉄の盾さえも切り裂く獣型の生体兵器。


 そして、空を無数に飛び交い、こちらの動きを全て分析し、指揮官らしき兵士に情報を送り続ける無数の浮遊ドローン型兵器。


 物量、多様性、そしてその一つ一つの圧倒的なまでの戦闘能力。

異星人たちはこの星の生命を根絶やしにするためだけに、その全ての悪意を結集させていた。


「……撃てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

城壁の上で、騎士団長がその剣を振り下ろし絶叫した。


 それが、この星の存亡を賭けた最終決戦の始まりを告げる号砲となった。


 人間たちが操作する巨大な投石機が、唸りを上げてその腕をしならせる。

その腕に乗せられていたのは、北部凍土の魔族たちが魔力の全てを込めて創り出した、直径数メートルにも及ぶ巨大な氷の塊。


 その表面には東部平原の魔族たちが、風を操る魔法のルーンをびっしりと刻み込んでいる。

人間と魔族の知恵と力が融合した、最初の「質量攻撃」の砲弾だった。


 ヒュオオオオオオッ!


 風魔法によって凄まじい回転と速度を与えられた氷の巨塊が空を切り裂き、地上に広がる異形の兵士たちの群れのど真ん中へと吸い込まれるように落下していく。


 ドッゴオオオオオオオオオオオンッ!!!!


 凄まじい轟音と衝撃。

着弾した氷塊は絶対零度の冷気を撒き散らしながら砕け散り、周囲にいた数十体の異星人兵士をその破片と衝撃波で一瞬にして粉砕した。


「「「「「うおおおおおおおおおおっっっ!!!!」」」」」


 城壁の上の連合軍の兵士たちから、歓喜の雄叫びが上がった。

やったぞ! 俺たちの力が、通用する!


 その、あまりにもか弱い希望の光。

しかしその光は次の瞬間、異星人たちの冷徹な対応によって無慈悲に踏み消された。


 空を飛び交っていた無数の浮遊ドローンが一斉に、押し寄せる兵士たちの前方に陣形を組んだ。

そして、その一体一体から半透明のエネルギーフィールドが展開され、それらが連結し、城壁の目の前に巨大で目に見えないエネルギーの壁を瞬時に形成したのだ。


 連合軍が放った第二、第三の質量攻撃の砲弾は、その見えない壁に触れた瞬間、何の抵抗もできずに消え去り、その威力を完全に無効化されてしまった。


『……分析完了。

土着生物による質量投射兵器の弾道計算、及び迎撃パターンを更新。

これより、全ての物理攻撃に対する自動防御システムを展開する』


 異星人たちの、冷たい声。

そして、その声と同時に。

地上を埋め尽くしていた異形の兵士たちが、一斉に王都の城壁へと向かって進軍を開始した。

大地が、そのおびただしい数の足音によって激しく震える。


 それはもはや、ただの軍勢の進軍ではなかった。

この星の生命の全てを飲み込み、喰らい尽くそうとする、絶望そのものの津波だった。


「……来るぞ……!」

城壁の上で、ゴウキがその巨大な戦斧を握りしめ、歯を食いしばった。


「陽動部隊、全軍、城門を開け!

出撃する!

俺たちの手で、奴らをここで食い止めるんだ!」


 彼の号令と共に王都の巨大な城門がゆっくりと、そして重々しく開かれていく。

その先に見えるのは、地平線の果てまで続く異形の兵士たちの海。

その光景に、歴戦の魔族の戦士たちでさえも一瞬その息を呑んだ。


 しかし、彼らは退かなかった。

背後には守るべき仲間がいる。

そして何よりも、自分たちを信じてくれる王がいる。


「行くぞ、野郎どもぉぉぉぉっ!!!!」


 ゴウキの雄叫びを合図に、人間と魔族で構成された陽動部隊が、その絶望の津波の中へと決死の覚悟で突撃していった。


 剣と斧が、レーザーとプラズマが。

魔法と科学が、生命と機械が。

この星の歴史の全てを懸けた、あまりにも壮絶で、そしてあまりにも絶望的な最終決戦の火蓋が、今、切られたのだ。


◇ ◇ ◇


 王宮の最上階。

リオはリリスの腕に強く抱きしめられながら、その特別な感応力で、眼下に広がる戦場の全ての「歌」を聞いていた。


 味方の兵士たちの勇気と恐怖が入り混じった歌。

そして、敵である異星人たちが放つ、冷たく不協和音に満ちた死の歌。


「母さん……!」

リオが、はっとしたように叫んだ。


「……空から……!

すごく大きな、嫌な音が……!

あの時よりも、もっともっと大きなのが来るよ……!」


 その、子供の純粋な「予言」。

その直後、王都の上空を覆う巨大な母船の一つが、その船底をゆっくりと開いた。


 そこから現れたのは、第一波の攻撃の時とは比較にならないほど巨大な主砲の砲門。

その砲門の奥で、王都全体を塵に変えてもなお余りあるほどの、絶望的なまでのエネルギーが青白い光となって渦を巻き始めた。


 レオはその光景を厳しい表情で見つめていた。

リオの予言がなければ、気づくことさえできなかっただろう。

このままでは、陽動部隊も、この王都そのものも、次のあの一撃で全てが終わる。


(……防戦一方では、追い詰められるだけだ……!)


 レオは決断した。


「エリック!」

彼の声が、地上で必死に指揮を執る親友の魂に直接響いた。


「俺とリリス、リオは、これより突入部隊を率いて出る!」


「陽動部隊の全指揮は、お前に任せる!」


「何としても時間を稼いでくれ!

俺たちが、奴らの心臓を叩くまでの時間を!」


 エリックは空を見上げた。

その瞳には親友への絶対的な信頼が宿っていた。


「……ああ、任せろ!」

彼は血を吐くように叫んだ。


「お前たちが帰るまで……

この城壁は、俺たちが絶対に死守する!」


 レオは黒竜を呼び寄せた。

リリスがリオを抱きしめたまま、その背に飛び乗る。

そして、各部族から選りすぐられた少数精鋭の突入部隊もまた、その後に続いた。


 彼らの目的はただ一つ。

リオという名のコンパスを頼りに、空と陸を埋め尽くす絶望の軍勢を突破し、敵の中枢……母船に眠る動力源『核』を、その一点のみを破壊すること。


 あまりにも無謀で、しかし唯一残された希望の作戦。


 レオは黒竜の首を力強く叩いた。


「行くぞ!」


 黒竜が天を衝くような咆哮を上げ、戦場へとその巨体を躍らせた。


 空と陸。

二つの戦場で、この星の最後の抵抗が始まった。


 しかし、その戦いがどれほどまでに絶望的なものとなるのかを、彼らはまだ、本当の意味では理解していなかった。

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