終、約束一片
湖岸に沿った桜並木で、薄紅の花が最後の舞を見せていた。はらはらと落ちていく花弁は、打ち寄せる波の上に落ち、筏を作って岸から離れようともがいている。
波打ち際に棒立ちになり、花筏の出航を見送っていた少年は、近づいてくる足音に顔を上げた。十代半ばのわりに華奢な身体。纏うのは、黒い詰襟。頼りなくも見える顔立ちの彼が目を向けた先にいるのは、浅葱色の着流しに打刀を携えた若く精悍な男だ。つり目がちな顔に不敵さを醸して、少年に近づいていく。
「散ってしまったな」
ええ、と颯季は短く応えた。親しげな男に対して、よそよそしさがまだ少しばかり残っている。
颯季はもう一度、視線を湖に落とした。小さな波音。薄曇りの空の光を反射した灰色の水面。落ち着いた景色は、浮かれた花盛りの時季が過ぎ去ったのを象徴しているかのようだった。
「まだ、逢って七日か。存外短いものだ」
颯季に並び立った燈架は、腕を組み、空を見上げた。その視線が追うのは、やはり薄紅の桜の花だ。
「こうしてみるとやはり、名残惜しいものだな……」
感慨深い呟きに、しかし、颯季は同意しなかった。
「薄紅の桜は嫌いです。桜は白のほうが良い」
そう言いながら、顔をあげ、宙に向かって手を伸ばす。背後の木からひらひらと落ちてきた花弁を追って、掌を握り締めた。
その手を胸の前に持ってくる。
「でも、この色だからこそ、僕は約束を忘れません」
そうして開いた掌に、綺麗に形を残した桜の花弁が一つだけ。
「僕は惟織様を忘れません。これは――これだけは、絶対に守ることができる」
もう一度、桜の花弁を逃さぬよう、拳を握りしめる。花弁を潰さないよう気を遣いながらも、固く握りしめられた拳が、彼の決意を物語っていた。
「他のもいずれ果たせば良いさ」
そう言って、少し不安になり、肩を叩いてさらに念を押した。
「……果たせよ。俺も惟織に頼まれているんだ」
己を殺すな。人として生きろ。大事な〈庭〉を差し置いて、何故そう言ったのかは知らないが、そこに颯季の過去と惟織と行動していた理由がある気がして、燈架は少し不安になった。だからこそ、惟織を失った今、捨て鉢にその約束を放棄してしまうことがあるような気がして。
だとしたら、それは燈架が食い止めるべきではないか。だから惟織は燈架に頼み事をしたのではないか。そう思えてならない。
「ところで気になっていたんだが、何故そこまでして、惟織を慕う? どうしてお前たちは出逢ったんだ」
確信を得たいが故に、予てより気になっていたことを、好機とばかりに口にする。
しかし、颯季はにべもなく燈架の質問を切り捨てた。
「話したくありません」
はっきりとそう告げた颯季は、懐かしむような、苦しむような、痛々しげな微笑で燈架を見上げた。
「それは、僕と惟織様の秘密です」
唯一残された綺麗な想い出だから、踏み込まれたくないのだ、と颯季はそう告げた。




