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完璧を強いられた令嬢と完璧公爵の甘やかな結婚  作者: いか人参


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9/12

9.顔合わせの後で



「いい加減、お二人の馴れ初めを聞かせて下さいよ。あんな美人とどこでいつお知り合いになったんです?もうデレッデレじゃないですか。」


急ぎの仕事がひと段落し、執務室にある来客用のソファーセットで束の間のお茶休憩をするフィニアスとシュヴァルツ。

とっくに夕飯の時間は過ぎていたが、それはいつものことだ。


家令のロナウドは紅茶と軽食を用意すると、すぐに下がって行った。



「そんなに気になるか?」


「そりゃ気になりますよ。男色家の噂が立つくらい女っ気が無かったじゃないですか。後継問題で結婚は必須なのに、相手探しの夜会も滅多に行かなくて仕事ばかりですし…そりゃ王宮内で薄い本が出回るわけですって。」


「薄い本…?」


フィニアスの眉間の皺が深くなるが、呑気に紅茶を啜っているシュヴァルツは気付かない。



「一部の女性の間で流行ってる娯楽ですよ。何でも出来る完璧な公爵の心を許す唯一が彼の側近で、二人の関係はやがて恋に発展するとかそんな妄想話です。」


「悪趣味だな。大元を洗いだし、根こそぎ潰せ。出回っている本も一冊残らず回収して焼却処分しろ。それが出来れば得た金は見逃してやる。」


「なんでこれで気付かれるかな…ネタ提供って良い小遣い稼ぎだったんですけどね。」


シュヴァルツは大袈裟にため息をついて見せるものの、全く懲りてない様子だ。


怖い顔をしているフィニアスに怯むことなく、ケロッとした顔で、テンポよくサンドイッチと紅茶を交互に胃の中に流し込んでいる。



「それで本題ですが、今日のお相手とはどういうきっかけで結婚に至ったのです?……まさか、金で買ったなんて言いませんよね??」


「はぁ」


わざとらしく驚いて顔を青くするシュヴァルツに、フィニアスは苛立ちを込めたため息で返す。そして鬱陶しそうな顔で彼を見た。



「俺が一方的に見知っていたたけだ。」


それだけ言うと、腰を上げて執務に戻ろうとするフィニアス。だが、シュヴァルツはそれを阻止しようと彼の袖を強く掴んだ。



「いやいやいや待ってくださいよ。そんな面白そうな話を聞かずに仕事なんて出来るわけないじゃないですか。仕事一筋の朴念仁に人の心があった話聞きたいです。」


「俺のことを何だと思っている…」


「で、知ったのは夜会ですか?昼間のあのご様子だと…ご令嬢の可憐な笑顔に惹かれたとか?そしてこの急展開…あっ!唾をつけていたところに、向こうの親から打診があったとか!」


得意の洞察力を活かして、勝手に妄想話を繰り広げるシュヴァルツ。

それがだいたい当たっているせいで、フィニアスが無表情の顔に悔しさを馴染ませる。



「………仕事に戻るぞ。無駄話は終いだ。」 


「その反応、当たりってことですね!」


フィニアスの癖を知るシュヴァルツが小さく拳を握る。



「でもちょっと気になりますよねぇ〜あの様子。」


サンドイッチを手にしたまま自分の席に戻ったシュヴァルツがぼやく。


彼の頭に浮かんでいたのは、取り繕ったようなエリーナの姿だった。美しい所作なのに、僅かに怯えが見えたような気がしたのだ。



「そうだな。」


フィニアスも素直に同意した。

それは最初に抱いていた違和感だった。


初めて目にしたあの夜会の日、妹であろう眼差しの似た令嬢と話していた時は可憐で魅力的な表情だったのに、メロウナがその場に現れた途端彼女の表情が変わったのだ。

よくいる令嬢達と同じ、口角だけを僅かに上げた整えられた笑みになっていた。


そのことに強烈な寂しさを感じたことを、フィニアスは昨日のことのように思い出す。


(彼女のために何かしてやりたいと思うのは、傲慢だろうか…)


今回の縁談が持ち上がった時、彼女ならという気持ちと、彼女を救えたらという身勝手な同情心が混在していた。



「そうだ。とりあえず速攻で結婚して手元に置いておくのはどうです?離れていては守るものも守れませんって。」


顔を上げたシュヴァルツが人懐っこい丸い瞳をぱっと輝かせる。その下には悪戯心が垣間見えていた。



「一理あるな。では、最短で進めよう。」


「えっ」


いつもの軽口のつもりだったシュヴァルツが驚いてあんぐりと口を開ける。フィニアスが真面目に受け取るなど思いもよらなかったのだ。



「さ、最短って…」


「明日、この邸に連れていく。」


「は!!?そんなの無理に決まってるでしょう!また悪い噂が経ちますよ。」


「今更悪名の一つ二つ増えたところで何になる?」


「うわ、この人物凄く悪い顔してる…」


凛々しい顔つきでニヤリと笑うフィニアスは、舞台に出てくる悪役にしか見えなかった。



「そんな非常識なことをして、あの見るからに品行方正なお嬢様に嫌われちゃうんじゃないですか?ここはまず向こうの様子を窺ってですね、本当に危機的状況にあるかどうか…」


フィニアスがじっと自分のことを見ている。シュヴァルツは嫌な予感がして思わず途中で言葉を区切った。

グギギと音を立てながら首を回し、フィニアスに視線を向ける。



「頼んだ。」


「え゛え゛ぇっ」


予想を遥かに超えるまさかの返しに、シュヴァルツの目玉が飛び出しそうになる。爆弾発言をした本人は、何食わぬ顔で書類仕事を再開させていた。


こうしてシュヴァルツは、エリーナの邸に潜入調査を行う羽目となってしまったのだった。



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