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完璧を強いられた令嬢と完璧公爵の甘やかな結婚  作者: いか人参


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4.フェルローズ公爵の噂


険しい顔をしたセラは多くを語らず、エリーナをメロウナの所へと案内した。


そこは一度も足を踏み入れたことのない、メロウナの私室だった。

普段は地下にある仕置き部屋か、ダイニングルームなどの共有スペースでしか顔を合わせないため、私的な空間へ呼ばれたことにエリーナが驚く。


革張りの一人掛けソファーに腰掛けていたメロウナは、やって来たエリーナを見て目尻の皺を深くした。その様子を見たエリーナが動揺する。


(こんなにも機嫌が良いなんて…何か恐ろしいことでも待っているのかしら。)


見たことのない上機嫌なメロウナの姿に、エリーナが悪い想像をする。単なる縁談の話には思えなかった。



「お前の結婚相手が決まりましたよ。フィニアス・フェルローズ公爵、代々続く由緒正しい家系です。お前には勿体無いほどの良縁でしょう。」


メロウナが青い瞳を細めて微笑む。

社交の場で見れば優雅な微笑みだが、彼女の素を知るエリーナは勘繰ってしまう。



「…ありがとうございます。お義母様。」


エリーナは機嫌の良いメロウナに戸惑いながらも、ひとまず感謝の意を伝える。自分の不用意な発言で彼女の機嫌を損ねたくはなかった。



「あぁお前は…本当に何も知らないのですね。」


メロウナが大仰に嘆くふりをする。その意図が分からず、エリーナの困惑は強まる一方だ。



「フェルローズ公爵が完璧公爵と呼ばれていることも知らないだなんて…ここまで来ると呆れますね。」


「完璧公爵ってまさか…」


ここまで言われてようやくエリーナが気付いた。セラが感じていた絶望を、メロウナが機嫌の良い理由を。


自分の置かれた状況を理解して戦慄が走る。



完璧公爵の噂はエリーナも聞いたことがあった。社交界で有名な話だ。


彼は若くして公爵位を引き継いだ実力者である反面、目的を達成するためには手段を選ばない冷徹な人間だと。

その上、一つでもミスをすれば問答無用て即刻クビにされるため、フェルローズ公爵家は使用人の墓場とも言われているのだ。


妻に対しても同様で、公爵の期待に見合わなければ、問答無用で離縁されるという。


しかもそれはただの離縁ではなく、フェルローズ公爵家の名を汚した者として凄惨な末路を辿ると言われている。

実際に何代か前の当主は離縁を繰り返し、気に入らなかった前妻達を次々と娼館送りにしたという話だ。


フェルローズ公爵家現当主がこの噂について言及することはないため、貴族の間では紛れもない事実だとされている。



(私があの公爵様の所へ嫁ぐなんて…)


エリーナの顔が不安と恐怖に歪む。


メロウナが決定した所に嫁げば、この完璧を強いられる生活から解放されると信じていたエリーナ。

数分前までの淡い期待は跡形もなくなり、彼女の瞳から光が消える。



「良いですか、跡取りは最低でも3人産みなさい。それを成すまでは、どんな仕打ちを受けても妻の座にしがみつくこと。失敗は許しませんよ。万が一、公爵様に早々に愛想を尽かされるようなことがあれば、姉妹揃って娼館や奴隷商に売り払って金にしますからね。」


「何ですって…義母様、マリエッタも巻き込むなんてあんまりですわ。」


メロウナの言葉を聞いたエリーナが目を見開き、恐怖に慄く。

目に涙を溜めて必死な思いで非難の視線を向けるが、メロウナは鬱陶しそうに眉を顰めるだけだ。



「あの子も年頃になれば、金持ちの好事家に嫁ぐのですよ。売られる先が違うというだけで大差ありません。」


「この家には私がいるではありませんか!私が公爵様の所に嫁げば支援は十分なはずですわ。」


自分のことならともかく、マリエッタまで巻き込もうとすることに珍しくエリーナが声を大きくした。


自分の中で積み上げてきたものが音を立てて崩れ落ちていくような感覚がする。精神まで崩壊させないよう、スカートの後ろできつく拳を握りしめた。



「は?十分…?金が多くて困るなんてことはありませんよ。それに、手元に金に換金できるただの石があるというのに、それをそのままにしておく阿呆がいますか?」


メロウナが鼻で笑う。

エリーナのマリエッタに対する想いも、彼女達の人生も、メロウナにとって都合の良い道具でしかなかった。



「そんな言い方はあんまりですわっ…」


エリーナは両手で顔を覆い、ついには泣き出してしまった。声を殺して肩を震わせている。


しかし、メロウナから返ってくるのは冷え切った視線だけだ。



「話は終わりです。セラ、この娘に女の身体の使い方を教えられる指南役を手配なさい。本気で手を出されたら困るから、若者は除外して。」


(一体なんの話をっ…)


「僭越ながらメロウナ様…お嬢様は内気な性格故、このままの方が殿方受けが宜しいかと…」


「勝手になさい。その代わり、この娘が初夜に失敗したらセラに責任を取ってもらいますからね。」


「もちろんでございます。」


セラは震える声で返すと、恭しく頭を下げた。

メロウナの仕打ちに深く傷ついたエリーナは、呆然と立ち尽くしていた。


エリーナはセラに促され、生気を感じられない足取りで部屋を後にしたのだった。



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