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完璧を強いられた令嬢と完璧公爵の甘やかな結婚  作者: いか人参


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2.エリーナとマリエッタ


地下にあるこの部屋は光が一切入らず、外は暖かな日差し溢れる春だというのに室内は冷ややかだ。


その上、石材で出来た床の上に直座りしているため身体の芯まで冷えてくるのだ。



(またお義母様を怒らせてしまったわ…)


立てた両膝に顔を埋め、エリーナは自分の不甲斐なさを悔いた。



彼女の義母であるメロウナに閉じ込められ、結構な時間が経っていた。


そのきっかけは今日の昼、メロウナと共に食事を取っていた時のことだ。


エリーナのフォークが皿に触れ、ごく僅かに音を出してしまった。そのことに激昂したメロウナが食事を取り上げ、仕置き部屋に放り込んだのだ。



普段は数時間で解放されるのだが、この日はもう半日近くが経過しようとしていた。


エリーナが部屋の隅にある桶に目をやるが、すぐにその考えを打ち消した。こんなところで恥を晒す勇気はない。


その時、突如として部屋のドアが開いた。



「お姉さまっ!」


「マリエッタ…?どうして貴女がここに….」


突然鍵を開けて部屋の中に入って来たのは、エリーナの妹のマリエッタだった。二人は4つ歳が離れている。


エリーナと同じエメラルドグリーンの瞳だが、髪はふわふわとした明るめの金髪で、瞳はパッチリとしており、丸みを帯びた輪郭で愛嬌のある顔立ちをしている。

一方のエリーナは、ストレートの栗毛に切れ長の瞳、面長の輪郭で、実年齢よりも大人びた印象を与えることが多い。


二人並ぶと目元は似ているのに、対照的な印象を与える。



「この部屋に来てはいけないわ。マリエッタまで罰を受けてしまう。さぁ早くここから立ち去りなさい。」


エリーナはマリエッタの両肩に手を置き、外へ押し出そうとした。



「大丈夫。あの人なら今夜会にいるから。セラが教えてくれて、だから私がお姉様のことを助けに来たの。」


「セラが酷い目に遭わないかしら…心配だわ。」


エリーナがこの邸で唯一の味方である乳母の身を案じるが、マリエッタの表情は明るかった。



「あの腹黒のセラだよ?上手くやるに決まってるって。それに、あの人だってお姉様に何かあれば困るはず。何も言われないよ。」


「そうだと良いのだけど…」


元々不安症のエリーナが妹の言葉に安堵することはなかったが、いつものことだ。慣れているマリエッタは姉の反応を無視して手を差し伸べる。



「セラが軽食を用意してくれてるって。私もお腹空いたし、今のうちに早く食べよう。腐らせたら勿体無いよ?」


「……ええ、そうね。」


エリーナが差し伸べられたマリエッタの手を取った。


自分一人なら許可が降りるまで大人しくこの場に留まるが、食事を用意してくれたセラの善意と空腹の妹を無視することは心苦しかったからだ。


そんな姉の行動原理をよく知るマリエッタは、敢えて彼女が動きやすいよう言葉を選んでいた。



二人でエリーナの部屋に行くと、ベッド脇の小さなテーブルの上に二人分の紅茶とサンドイッチが用意されていた。



「お姉様見てみて!中にハムが入ってる!」


目に入るや否や、すぐにサンドイッチを手に取ったマリエッタが喜びの声を上げる。そのままかぶり付いた。



「マリエッタったら、お行儀が悪いわよ。」


エリーナはその様子を微笑ましく見つつも、部屋に一つしかないスツールを移動してマリエッタを座らせ、彼女の膝にナプキンを敷く。


自分はベッドに隣接して置かれたオットマンの上に腰掛けた。背筋を伸ばして、美しい所作で上品にサンドイッチを頂く。


その姿は同性から見ても見惚れるほど優美で、サンドイッチに夢中だったマリエッタの視線を引き寄せた。



「お姉様はこんなにも美しい存在なのに、それで文句が絶えないあの人って本当に歪んでるよ。きっと目が腐ってるんだね。」


愛らしい童顔とは真逆で、マリエッタの言葉にはいつだって遠慮がなく辛辣だ。囀る小鳥の顔をして平然と毒を吐く。



「私がもっとちゃんと出来ていれば、お義母様だってもっと優しかったかもしれないわ。」


エリーナはマリエッタの言葉に同調しなかった。自分に非がないと言い切れない分、メロウナのせいだけとは思えなかったのだ。



「またそんなことを言って!お姉様も早く、私みたいに見限られればいいのに…」


マリエッタが俯く。


彼女は3年前、初めて参加したパーティーでメロウナに見放されるきっかけとなった事件を起こしていた。

マリエッタは、妻に先立たれた男性に片っ端から声をかけ、あろうことかパトロンになってくれないかと懇願して回ったのだ。


無論、ケルフェン伯爵家の恥晒しだとメロウナに大激怒され、絶縁寸前まで追い込まれた。だが、世間体を気にするメロウナがそれを実行することはなく、今は存在しないものとして邸に軟禁して最低限の衣食住だけ与えられている。



「マリエッタは優しいわね。」


エリーナが幸せそうに微笑む。


彼女は知っていた。

パトロンを欲していたのは、自分を解放するためだと。そのために無茶をした妹が愛おしくて仕方なかった。



「お姉様はお人好し過ぎるの。」


マリエッタも姉が自分を守るためにメロウナの言いなりになっていることに気付いていた。

だから、姉のために何も出来ない自分が情けなくて悔しい。


せめて足手纏いにならないように、

少しでもお姉様の笑顔を見れるように、


マリエッタは道化になると決めていた。


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