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完璧を強いられた令嬢と完璧公爵の甘やかな結婚  作者: いか人参


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11.マリエッタの画策



エリーナがフィニアスの邸に行った日から、マリエッタは彼女と会えずにいた。


いつもなら仕置き部屋の合鍵を融通してくれるセラも見当たらない。

離れの周囲には見慣れない顔の見張りが立てられており、洗い場やトイレに用がある時以外出させてもらえなかった。



「こんなこと一体いつまで続けるの…お姉様が無事だと良いんだけど…」


今日もドアの前に見張りがいることに気付き、朝からげんなりとするマリエッタ。堪え症のあるエリーナのことが心配でならない。



「って、この私がいつまでも凹んでると思うわけ?」


マリエッタは両手で頬を叩いて一人気合いを入れると、外にいた見張りに声を掛けて井戸近くにある洗い場に向かった。


洗い物をするフリをして地面に生えていた野花を引っこ抜き、見張りに見つからないよう急いでポケットに押し込んだ。そのまま何食わぬ顔で離れへと戻る。


  

離れと呼ばれるこの建物は、やや大きめの東家に壁を付けたような簡素な造りをしていた。


マリエッタ達の母親が存命の頃はきちんと手入れがされ、サロンとして使われていたが今はただの物置部屋だ。窓が隠れるほど、衣類や穀物の袋などが高く積まれている。


マリエッタはわずかに残った床面に布を敷き、躊躇なくそこに寝転んだ。

 


「あとは夜を待つだけ。待っててお姉様。」


軟禁されているのをいいことに、マリエッタは課されていた庭の掃除を放棄して眠りにつく。


夕刻目を覚ましたマリエッタは、ドアの前に置かれていた食事を口にした。硬いパンを具材のない冷めたスープに浸して咀嚼する。

エリーナとは異なり、マリエッタに輿入れの予定はないため死なない程度の食事しか与えられない。



「ごちそうさまでした!」


お腹が満たされたマリエッタは、元気に手を合わせた。この過酷な環境に慣れたせいか、彼女は胃に入ればどんな食べ物でも歓迎した。



「さーて、次はお化粧っと。」


朝手に入れた野花に付着した土を手に取り、それを頬や肘に塗りたぐる。あっという間に薄汚れた姿になった。


満足したマリエッタは水につけて置いた野花を手に取り、ゆっくりとドアを開ける。


(この時間帯は見張りが邸の中に戻ってるはず…)


夕刻から邸での仕事が忙しくなるため、見張りをしていた使用人達も室内に戻ることが多い。入れ替わりでまた人がやってくるが、僅かな時間周囲に人がいなくなるのだ。


半開きにしたドアから頭だけを出し、左右に視線を向ける。


すると、窓から離れの中の様子を窺っていた一人の男と目が合った。


「!!」

(なっ…なんで見張りがいるの!いつもこの時間はいなかったのに…!お姉様の見張りに使いたかったけど…近くに顔見知りの使用人はいないし、仕方ない。)



「あ、あのっ…このお花をどうしてもお姉様に届けたくて…一生懸命探して見つけたの。だからお姉様の所に…」


健気を装ってしおらしい声を出す。

うるうると瞳に涙を貯めて、震える手で野花を見せながら上目遣いで男を見た。


これはマリエッタが使用人につけいる時に使う技だ。愛らしい見た目をした彼女は、まだ14歳だというのに自分の武器をよく分かっている。


(ほらほら、こんなこと言われたら放っておけないでしょ?さぁ早く私の可愛さに陥落して、お姉様のところまで連れて行って!)


豪胆さを隠して、か弱い少女のふりをしながら一生懸命に瞳で訴え続ける。



(なんて健気で美しいんだ…)


小さな身体で真摯に姉を思うマリエッタの姿に、一瞬にして心を奪われてしまったのは、シュヴァルツだった。


エリーナの様子を知るための潜入だったというのに、目の前の少女から目が離せない。自らの任務も忘れ、惚けた顔で見惚れ続けている。



「あの…?」


マリエッタが長い睫毛を上向かせて控えめに尋ねる。

何も反応を示さない男に早くしろと掴み掛かりたいのが本心だったが、ここで目立つのはよくない。姉に会いたい一心で、荒ぶる精神を懸命に律する。


そんな彼女の心の内などつゆ知らず、シュヴァルツはゆっくりと目の前に跪いた。



「あ?」


思わぬ事態にマリエッタの口から低い声が漏れ出る。猫が取れかかっているが、激しい苛立ちのせいで気付かない。



「僕と結婚して欲しい。」


地面に膝をつき、真っ直ぐに手を差し伸べてプロポーズをしたシュヴァルツ。その瞳は怖いくらいに真剣で冗談には聞こえない。


だが、そのことが余計にマリエッタのことを苛立たせていた。



「無理。タイプじゃないもん。」


態度を一変させたマリエッタは、にべもなく断った。

その顔には愛想笑いすら浮かんでいない。何の感情もこもっていない究極の真顔であった。


シュヴァルツの一目惚れは、ものの数秒で儚く散ってしまったのだった。



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