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完璧を強いられた令嬢と完璧公爵の甘やかな結婚  作者: いか人参


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10/12

10.エリーナの矜持



仕置き部屋に入れられてから数日、エリーナはこれまでと同様に厳しい淑女教育を強要されていた。


日の出と共に起きて今日分のノルマの刺繍を終えると、部屋に運ばれてきた朝食を取る。食事の内容は決まって、赤身肉と硬いパンとフルーツのワンプレートと生温い水だ。


(味がしないわ…)


数口食べて手が止まったが、残飯を出せばメロウナの折檻が待っている。エリーナは機械的に手と口を動かして何とか胃に流し込んだ。


令嬢としての魅力を落とさぬよう、味を無視した最低限の栄養が与えられているのだ。



その後は自分でドレスに着替えて華奢なヒールの高い靴に履き替え、家庭教師の待つ部屋へと移動する。

そこで教養やマナーの授業を受け、午後はダンスの特訓と立ち振る舞いの練習をさせられる。休憩は昼食を取るための30分間だけで、それ以外の時間は全て、厳しい淑女教育に当てられていた。



日が沈むまでひたすらに励むと、最後は豪華なフルコースが振る舞われるディナーの時間になる。


名目は一日頑張ったご褒美ということだが、実際はメロウナと共にテーブルを囲み、厳しい視線に堪えながら特訓の成果を見せなければいけない。



「肘が下がっていますよ。見苦しい。」  


グラスを持ち上げたエリーナに、向かい側に座るメロウナから早速指摘が飛んできた。


ダイニングテーブルにはエリーナ達二人しかおらず、部屋の隅には無表情の給仕係数名が一列に並んでいる。

エリーナは、この部屋にいる全員から非難されているような気持ちになっていた。



「申し訳ありません。」


ーー パリーーーーーーンッ


「!!」


エリーナが謝罪の言葉を口にした瞬間、静まり返った部屋にワイングラスの割れる高い音が響いた。



「何ですか、今のは。すぐに謝るなど、木偶のすることです。如何なる時も優雅に品よく振る舞えと言っているでしょう。」

「……」


黙って俯くエリーナ。

謝罪以外になんて言えば良いのか分からなかった。



「片付けてちょうだい。」


メロウナが顎で示すと、給仕係を務めていた使用人が頭を下げた後、床の掃除を始めた。ガラスの破片が片付けられていく様子を見ながら、嫌そうな顔をしたメロウナがため息を吐く。



「お前のせいで使用人の仕事が増えましたよ。本当に余計なことしかしませんね。」


苛立ったメロウナは足元に落ちていたガラスの破片を軽く蹴り、エリーナの足元に飛ばした。



「……っ」


テーブルの下を通ったそれは、運悪くエリーナの足の甲に当たる。ストッキングを破って出来た赤い線がじんわりと滲む。



「こんな愚図でも、あのじゃじゃ馬よりは役に立つと思っていたのですが…」


必死に痛みを堪えるエリーナに、メロウナが凍てつく視線を向ける。



「この調子だと、妹の方が先に金に変わるかもしれませんよ。ねぇ、エリーナ?」

「……………っ」


今にも人を殺しそうな目で、優雅に微笑みかけてくるメロウナ。その狂気じみた笑みを直視したエリーナに戦慄が走る。


(私が…私がマリエッタを守らないと。)


テーブルの下で、震える手をもう片方の手で押さえ込んだ。

自分のことはとうの昔に諦めたエリーナだったが、妹はのことは諦めたくなかった。



生き地獄のような夕飯を終えた後、エリーナは仕置き部屋に戻っていた。



ノックの音が聞こえてドアを開けると、入り口に手桶に入った水と雑巾が置いてあった。既に人の姿はない。


エリーナはそれを室内に運ぶと、雑巾を水につけてしぼった。それを使って身体を清めるのだ。寒さに震えるほどではないが、濡らした身体は冷える。

手早く部屋着に着替えて、部屋の隅で膝を抱えて毛布にくるまった。


部屋の明かりはローソク一本のみのため、真っ暗に近い。そのせいか、夜になるとどうしようもないほどの孤独が押し寄せてくるのだ。



(あの方からお金を引き出せれば、この苦しみから解放されるのかしら…)


メロウナに出された条件を思い出すエリーナ。それを実行した時のことを想像すると、罪悪感で胸が張り裂けそうになる。


(それでもマリエッタの幸せのためなら私はきっと…)


窓のない壁を見上げる。

自室からは小さな窓から月と星が見えていた。その美しさに向かって祈りを捧げるのが彼女の心の支えであった。


(妹の不幸は全て私が背負います。だから彼女の豊かな人生を奪わないでください。たくさんの人に囲まれて笑顔で過ごす日々をどうかマリエッタに。)


組んだ手に額を押し付け、ありったけの想いを込める。


マリエッタの姉であることがエリーナの矜持であり、彼女の生きる意味そのものだ。エリーナはマリエッタの幸せだけを想って、自分の抱える大きな不安から目を逸らした。


孤独と不安から逃がれるように目を閉じ、壁にもたれかかったまま眠りについたのだった。


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