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6-2 友達の友達



 たぶん自分が第二の刺客をやらされるんだろうな、と。

 思えばハラハラした気持ちになって、そわそわしながらクラハは三人を――食堂の、向こうのテーブルに座るユニスとジルと、デューイを見ていた。


「そんなに身構えなくても」

 すると、隣から声がする。


「普通にしてれば大丈夫だよ。普通にしてれば話せるんだから」


 彼女の言葉に、あはは、と合わせるようにクラハは笑って、


「そうなんですけど、なんだか物々し……あの、リリリアさん」

「なんだい」

「左手のその殻は、置き場を見つけられていませんか」

「よく気付いたね」


 こっちの豆ヒゲと一緒にしちゃいましょう、とクラハは古紙をリリリアの方に寄せる。これはどうもありがとう、とリリリアがテーブルの上に胡桃の殻を落としていく。ああでももしかしたら、とクラハは思った。もしかしたらこのヒゲも何か別のことに使うのかもしれない。分けて置いておいた方がいいかも。


 キッチンのロイレンに聞いてみよう。

 けれどあっちの三人の声を遮って邪魔してしまってもと思うから、彼女は律儀に席を立って。


「あ、」

 窓の外を見て、気が付いた。


「雨、降りそうですね」


 お、と言ってリリリアが振り向く。立ち上がって隣に並ぶ。

 ほんとだ、と彼女も言った。





「休みの日とか何してんの?」

 第一声ってそれか?と思いながらジルは、隣で余裕の頬杖を突くデューイをじとっと見つめた。


 逆を見ると案の定、「第一声それ?」という顔でユニスは戸惑っている。だからジルは「間に入る」と言った手前、彼の助けになるべくして、


「ユニスに休みの日は――ない」

「あるよ……」

「大丈夫か、そっちのチームワーク」


 あるんだけど、とユニスが口ごもり続けるので、めげずにジルは、


「というか、最初の話題選択がおかしいだろ。俺だって初対面の相手から『休みの日に何してる?』って訊かれたら困るぞ」

「普通に答えりゃいいだろ。お前と違って大抵の人間は『空見てる』以外の答えを持ってんだから」


 失礼な空以外も見てる、という反論も当然思い付いたが、その先に「海とか」と続けたらさぞかしその答えに相応しい壮大な虚しさが聞こえてきそうで、一旦ジルはその部分を流した。


「でも、実際難しいだろ。自分のことを相手にどのくらい話すかって最初は決めがたいところもあるし」


 うんうん、と隣でユニスが目を輝かせながら頷いている。

 任せておけ、とジルは力強く頷き返して、


「安心しろ。初対面で趣味言っていきなり大惨事になることはほぼねーし、趣味言った程度で大惨事になるような相手とは二度と会わなけりゃいい話だ」

「…………」

「ま、負けないで、ジル……!」

「ククク、道場破りに来ておいていつまでも保護者頼りが通じると思うなよ。しかもそんな頼りないやつで……!」


 頼りないやつは、しかし頼りないままではいられない。

 一般論としてはそうかもしれないがふたりはこれからしばらく仕事として一緒にやっていくことが決まっているんだから慎重になるのにも道理はあるだろ、という方向に持っていこうとした。


 けれど、


「じゃ、じゃあ……」

 ユニスが。

 不自然なくらい、逆側に視線を向けながら、



「い、一応。休みの日は、魔法の研究とかしてるけど……。いや、休みの日も、だけど……」



 そんな風に、言うものだから。


 ジルはデューイを横目で見た。

 任せとけ、と言うように彼は親指を立てて、


「お、マジ? てことはアレか。仕事が趣味とか、趣味が仕事とか、そういうタイプ?」

「まあ……。常に魔法のことは頭にあるから、それが生活全体の軸っていうか……ジルもそうじゃない?」

「ああ、いるなー。そういうタイプ。んじゃもしかして、プライベートのときに魔法の話とか持ち出されんのもそんなに苦じゃない感じ?」

「苦じゃない……というか」


 そっちの方が楽かも、という声はたぶんデューイまで届いてはいなかったけれど。

 んじゃさ、とデューイが机の上の包みを手元に引き寄せて、


「暇なときでいいから、手伝ってくんね?」

「……何を?」

「こいつの眼鏡作り。アドバイスとかさ」


 ばらら、と吐き出した中身は、作りかけのパーツたちだった。


 フレーム、レンズ、その他の「それを付けたら顔にフィットしなくないか?」という諸々のオプション。作りかけらしいそれらは、パッと見てどこに注目したらいいのかわからないくらいには量があって、散漫で。


 デューイはついさっき、ジルと話していたようなことをユニスに言う。

 呪い破りの眼鏡なんだけど、原理がわかんねーからこういうやつを全部組み合わせて総当たりで突破してる感じでさ、と。


 む、とユニスが身を乗り出した。


「……一応、僕の見立てだけど。たぶん呪い破りの眼鏡は正確には『呪い破り』ではないと思うよ」

「え。何、どゆこと?」

「僕もあまり詳しいわけではないんだけどね」


 そんな前置きをしながら、ユニスが語り出す。呪いは外からの変性を一切受け付けない。魔法のような理的なものではない。もっと曖昧で、だけどより硬質な……いわば非常に強い約束のようなもの。朝に待ち合わせをするという約束が朝の待ち合わせに間に合うことでしか達成されないように、その呪いが成立している限りは別の方法で誤魔化したり代替することはできない。


「ではなぜその『呪い破り』が外形上成立しているのかと言うと――ここから先は本当に完全に想像なんだけど――ジルにかけられたふたつの呪いは主従の関係を持っているか、そうでなくても『強い呪い』と『弱い呪い』として見ることができて……」

「ほうほう」

「だからつまり、その眼鏡は呪いそのものに干渉しているわけじゃなく、呪い同士の『繋がり』に干渉していると見ることができるんじゃないかな。位置情報をズラし込んでいるというか」

「……『朝の待ち合わせ』と『徒歩で来い』のふたつの約束を、別の日に達成させることにするみたいな?」

「そう! で、僕の見立てだと竜の呪いの方が弱いと思うんだ。代償設定がジルにもはっきり理解できていないみたいだし、おそらく狼の呪いの強化としてのみ働いているというか」

「分離すると約束が弱すぎて効果自体が消える……あ、ちげーか。言ってることズレたな」

「いや、そういう見方もできると思うよ」


 試しに、と思ってジルはそーっと席を立った。

 バレなかった。


「や。でも強化としてのみ働いてって考えだと、約束が弱すぎて消えるってわけじゃないだろ? なんつーか、『朝の待ち合わせ』に『きっかり間に合え』みたいな、元の約束ありきの条件があって、分離させた時点で機能を失うみたいな」

「うん。さっきの僕の言い方だとそうなるけど、別にデューイさんの言い方でも問題ないと思うよ。そのあたりのことは確かめようがないわけだし」

「ああ、そういう……大図書館って、こういう呪いの話とか扱ってたりしねーの?」

「うーん……。僕もジルと会ってから興味を持って調べてはみたんだけどね」


 試しに、と思ってジルはそーっとその場から離れた。

 バレなかった。


「あー、なるほどね。出発点が先史文明期の復興だからこういうのはってことか」

「うん。たぶん原始魔法――つまり先史時代の本当の初期の初期ってことね。そのころは呪いもサブカテゴリとして成立していたかもしれないけど、僕らの時代は良くも悪くも『途中から』だからね。根本的に研究対象としては――」

「『途中から』ね。魔道具師も言ってみりゃ『途中から』のプロだしな。わけのわかんねーもんをわかんねーなりにガッチャンガッチャンやって何とか動かすみてーな」

「その観点から考えると、デューイさんの呪い破りは現代の魔道具師が一番得意とするところにも思えるね」

「まーね。元々ここでは拾ってきたやつをちまちま作り直してって役をやってたんだけど、今はどうしても移動優先になっちまってるからなー」

「え、そうなんだ。でも、あんまり道中で先史文明期の遺物は見ないけど」

「そりゃそうだ。できるだけ安全なルートを通るようにしてんだから。そりゃ、安全な範囲はもう発掘され切って現代社会に馴染み切ってるよ」

「となると、調査の目途が立って未踏領域に入ったりすれば……」

「夢あるよなー」


 試しに、と思ってジルはそーっとリリリアたちのいる机の傍に立った。

 バレた。


「よかったね。頑張って捕まえてきた甲斐があって」

 ただしユニスではなく、リリリアの方に。


 ああ、とジルはひとつ頷いて返して、それから小声で、


「でも、少し意外だった。全然話せるみたいだし」

「それはそうじゃない? ユニスくん、大魔導師になってからは方々回って仕事してるでしょ」

「そうなのか」

「少なくとも私たちの救援に来てくれたときはひとりだったし。あと、魔剣戦の後片付けのときも、魔法組の指揮を執りながら教会と連携してくれたし」

「…………」


 言われてみれば確かにそうだ、と思うけれど。

 少し前にユニスから言われたことを思うと、そうでもないのではないか、という気もしてくる。


 台本。

 あらかじめ作っていたからそのときは対応できていたんじゃないかとか、でも本人がいないところで勝手に裏での努力を話題に出すのも違うよな、とか。


 思っていると、


「確かに最初の頃は、ちゃんと色々考えてから来てたみたいだけど、」

 リリリアは、何もかもお見通しのような口ぶりで、


「それだって、『事前に準備をしておけば話ができる』ってことでしょ。それにユニスくんって、私たちと話してるところを見るとわかるけど、別に考える時間が長くて全部の会話に準備が必要ってタイプでもないし。その準備も――」


 ただ、不安を和らげるためのものだったんじゃないかな、と。

 

 ふたりの会話が弾むのを見ながらリリリアが呟けば、ジルの脳裏にひとつ、浮かんできたものがある。


 友達を作るための本。

 東の国にいるときにユニスから送ってもらった、これでもかというくらいの書き込みがされた、あの指南書のこと。


 ずっと自分で準備してきていたんだ、と気付けば。


 ふ、と自然に笑みが零れた。


「余計な世話だったかな」

「きっかけは多いに越したことはないんじゃない? 労ってあげようか、きっかけくん。よしよし」

「……どうも」


 思わぬ役得、と感じつつ、気恥ずかしさにジルは目を閉じる。

 開ける。


 裏切られたような顔をしているユニスと、ばっちり目が合う。


「ジル! なんでそっちに――というか、いつの間に!?」

「まあまあ、ユニちゃん。あんなあっちへフラフラこっちへフラフラの野郎は放っておいて、オレともっと絆を深めようぜ」

「えっ、なに急に怖――」

「第二の刺客よ! 今が参戦の時!」

「えっ……」


 今ですか、と隣でちまちまハラハラ作業をしていたクラハが、リリリアの呼びかけにそっと席を立つ。心の準備が、という調子で胸に手を当てる。こっちはこっちで、とジルが余計な世話を焼きたくなったりしていると、リリリアが「ジルくんの突拍子もない行動エピソードを話しておけば間違いないから」と先んじてアドバイスをする。やめてくれ、と思う。「どれを……?」とクラハが言う。うっかり傷付きそうになる。「あ、違います!」とクラハがこちらの存在に気付いて手を振る。黙ってジルは頷いた。それで会話が弾むなら、いくらでも。


 第二の刺客が放たれる。


 情報量が爆発的に増えた、とユニスが叫ぶ声がしたけれど、叫ぶ元気があるなら全然大丈夫なんだろうな、とジルは安心した気持ちでそれを見守って、


「なんだか、ジルさんはお兄さんみたいですね」

 ふらりとキッチンの奥からエプロンを着けた男が現れて、そんなことを言う。


「……なんか、前にもこんなことがあった気がするな」

「失礼。ジルさんは顔に出やすいので、見ていると面白くて」


 面白がるなよと言おうかと思ったが、ロイレンがテーブルの上の食材をテキパキと整理し始めるのを見て、口を噤む。色々やってもらっていることだし、悪気もなさそうだし。


「実際、どうなんですか。私の見立てでは、年下のご弟妹がいそうな雰囲気がありますが。仲良しの」

「……いるにはいる、けど」

「あ、」

「ユニスくんが上にいっぱいいるらしいから、そっちの方が大きいかもしれないですね~」


 何かを察したらしいロイレンが、少し気まずげな顔をした。

 それをなかったことにするようにリリリアが被せてくれたから、ジルはほっとして、


「そうなのか。知らなかった」

「私も全く。何となくですが、年は離れていそうですね」

「らしいですよ。他はみんな年が近くて、ひとりだけ、」


 離れてるらしいです、と続くはずの言葉。

 それが、チカッと瞬いた空に飲み込まれた。


「お、」

「光った?」

 ジルが半身になって振り向く。リリリアも首を曲げて、椅子の背に手を掛ける。


 遅れて、どぉん、と大きく建物が揺れた。

 これは『震え』ではない。そのことがわかるのは当然、その自然現象の名前を知っているから。


「すごいな雷……あ、」

「降ってきたね」


 夏の雷が、にわか雨を連れてきた。


 空から地上に、激しく水が降り注ぐ。南の国の、特にこのあたりのにわか雨は激しい。諸国を旅したジルをしても目を見張るほどで、バケツをひっくり返したような、あるいは滝の下にいるような量の水が一息に落ちてくる。


 数十分もすれば、すっかり止んでしまうものだけれど。

 ロイレンたちから「『震え』の原因はこれとは別です」と聞いていなければ、すっかりそれと定めてしまうのではないかというくらいの地響きまで伴っていた。


 おー、とリリリアが立ち上がって隣に立つ。

 何となくジルは逆方向に視線を逃がしてしまって、


「……ロイレン、どうした」

「……ふふ。聞きたいですか」


 やけに悲しげな顔つきのロイレンと、目が合った。

 訊くまでもなく、答えは別の方から。


「ロイレンせんせー。めっちゃ雨……何してるんですか、ウィラエ先生。中入ればいいのに」

「む、いや――」

「ま、いいや。物干し場のベッドシーツすげーことになってますけど。大丈夫そうですか?」


 大丈夫なわけがないんですよ、とロイレンが頭を抱えた。やべやべ、とデューイが立ち上がる。私も手伝います、とクラハも続く。まずはそのふたりが動いて、行きがけに入り口に立っていたネイも一緒に。いつから扉の前に立っていたのか、ウィラエも一瞬目が合って、ばつが悪そうに少しだけ微笑んで立ち去って、その後をゆっくりとロイレンが行く。


 そんなに人数が要るとも思えないけれど。

 じゃあ汚れたシーツは私のところに持ってきてね、と座り直したリリリアとは違って他に何の役割もないのだから、一緒に慌てるくらいのことはしてもいいだろう。ジルも動き出して、


「行くか。ていうかユニスも、大丈夫か。個室のバルコニーの洗濯物取り込んだりとか」

 行きがけに、ユニスに声をかける。


 うん、とユニスは頷いた。

 座ったまま顔を上げて、


「は、話せた……!」

 目を、星のようにきらきら輝かせた。


 そうだよな、と思うからジルは、笑って応えてしまう。今はそっちの方が気になるよなと思いながら、目的を理解しているのかいないのか、後ろをとことこついてくるユニスを先導して歩き出す。歩き出してからそもそも自分は物干し場までの道のりの行き方がわかっていないということに気付いたけれど、些細なことだ。


「正直、デューイさんが僕の話しやすいように誘導してくれたのもあると思うけど、思ったよりかなり話せたよ……!」


 いや全然些細なことではない。

 どこだ、ここは。


「でも、やっぱり『友達の友達だから』っていう安心感も大きかったかも。君も……なんだか途中から急に僕のことを見捨てて遠くに行ってたけど」

「お、おう」

「『お、おう』じゃないよ、もう。でも、ありがとう。おかげでこれから……すぐに、明日から何の緊張もなくってわけじゃないけど」


 ジルは周囲を見た。全く何もわからない。壁があり、扉があり、床がある。そのくらいのことは認識できるが、研究所内の大体のところはそうだろう。外に出てユニスに教えを請おうにもめっちゃ雨。どうにか足音や足跡や匂いでわからないものかと耳や目や鼻を澄まそうと思えば思うほど、目の前のユニスの存在感が大きくなっていって、話に集中した方がいいという気持ちが強くなって、


 もういいか。

 後で「すみません、迷ってました」と謝ろうと開き直れば、


「何とかやっていけそう……あれ、ここどこ?」

 そのタイミングで、ちょうどよくユニスが気付いてくれた。


「……もしかして僕ら、迷ってる?」

「……すまん。そのとおりだ」

「いや、僕も話に夢中だったからいいんだけど……」


 えー、とユニスが左右を見渡す。屋内ではどっこいどっこいの彼も同じく何の手掛かりも得られなかったらしく、そして同じ思考経路を辿って視線を動かしたらしく、


「外、は雨だけど」


 窓の向こうに、目を遣って。

 けれど、違う結論に辿り着く。


「魔法で何とかしちゃおうか。ジル、一旦外出るけど大丈夫?」

「え。俺はいいけど、雨――」


 濡れないか、と思って言う。

 ははは、とユニスは胸を張る。


「そりゃあ、リリリアの方がこういうのは得意だろうけどね。下側から風を巻き起こして水を弾いたりすれば、僕だって雨の日に傘を持たずに歩くくらいはできるよ」

「水を弾いてたら他の皆と合流したときに周りに撒き散らさないか?」

「……う、ウィラエ先生がいるから」


 何とかなるよとにかく行こう、とユニスが言う。

 窓を開けて、びゅおおおお、とすごい音が鳴るものだから、「早く早く」とユニスがその吹き込みを魔法で防いでくれている間に、ジルは窓枠を掴んでひょいと素早く跳び上がる。ユニスも続いて降りてきて、窓を閉める。


 嵐の目にいるような奇妙な凪の中、濡れた草を踏んで歩き出す。


「道、わかるか? 曇ってるけど」

「うん。別に視覚だけに頼ってるわけじゃないからね。こっちだよ」

「頼りになるな」


 先導するユニスの背が、ぴたっと止まった。

 後ろから覗き込もうとしてみれば、結構近くの距離で彼が振り向いて目が合う。


 へへ、といかにも嬉しそうに笑っていた。


「まあね! いつでも! そう、いつでも頼ってくれていいよ! 言ってくれたら何でも叶えちゃう――って、足元濡れちゃうや。気を付けてね」

「ああ」


 どうしても風だけじゃ水溜りまでは対処しにくいな、でも乾かしすぎると周囲の環境に悪影響が出ちゃうかもしれないし。そんなことを楽しそうに、雨の中で試行錯誤しながらユニスは呟いて、


「でも、そう考えるとすごいよね。デューイさんとも話して思ったけど、単に一回性の現象としての魔法を扱うよりも、物を使って固定化する方が継続性が高い場合もある。傘とか、この建物だって全然魔法技術を使わずに作ることもできるけど、こんな風に複雑な魔法を使うよりもよっぽど――あ、」


 ぴたり、ともう一度ユニスが止まった。

 今度はさっきよりも、ずっと急な止まり方だった。素振りがなく、自分がそうしたことにすら気付いていないような止まり方。うっかり背中にぶつかりかけて、けれど当然反応は間に合うから、その背中に向けてジルは問い掛けることになる。


「ユニス?」


 どうかしたか、と訊ねる。

 紫色の髪の大魔導師は、夜のように暗くなった夏の雨空の下、星のように輝く瞳を開いて。


 一言、呟いた。



「そういうことか」



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