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4.信念を貫け

 *



「おお、今日も元気にやってるかー」


 第一隊隊長の部屋に豪快に現れたのは、近衛軍将軍、かく駿来しゅんらいだ。


 駿来の顔には笑みなどなくても皺が見られ、そろそろ五十に近い彼の年齢を容易に測ることができる。それでも体のほうにはいささかも衰えたところはない。筋骨隆々とは彼のためにある言葉のように思えるほどだ。露出された肌は日に焼け、うっすらと汗で光っている。


 郭駿来――まさに脂ののった全盛期の武官らしい男である。


 部屋の主、近衛軍第一隊隊長のえん仁威じんいは、書き物をしていた手をとめると見事なまでに俊敏に起立した。


 駿来は脇にどいた仁威の前を横切り、威勢よく椅子に腰を降ろした。そこは先ほどまで仁威が座っていた場所であるがいささかの遠慮もない。そして机の上に目をやると、仁威が取り組んでいた資料の一部をとんとんと叩いた。


「これなんだがな。この武官は任命式には出ないことになった」


 ちらりと目をやりその名を知るや、仁威の足は無意識に一歩前に動いた。だがそれは駿来の視線一つで制された。


「もう朝議で決まったことらしい。さっき枢密院からお達しがあってな、次の任命式までの間、こいつには中書省のほうで別のヤマをやらせるんだと」

「なぜ朝議でこいつのことが話題に……っ?」


 詳しく話せば余計に気を散らす部下に駿来が一喝した。


「くおら! おめえは一体こいつのなんなんだ! 親兄弟か何かか? ああ?」


 駿来の性格は彼の言葉づかいや体格を裏切らないものである。真っ正直で、部下とは体と心でぶつかって会話をするべきだと信じている。武官であるから、そういう彼の信条は男気のあるものとして尊敬されこそすれ、否定されたことはない。実際、彼はこのやり方一つ、それに武芸の腕一本で近衛軍将軍を拝すまでにいたっている。


 そんな彼にはこの部下――袁仁威の生き方や性根が興味深く映っている。


 武芸の腕は超一流、駿来が老いを隠し切れなくなれば、この部下に剣で負けるときがくるだろう。そしてその時はあと数年もないと感じている。仁威の体躯は駿来ほど隆々としたものではないが、数ある武官の中でも飛びぬけて鍛え上げられているのは確かで、多くの仲間からの羨望と尊敬を集めてもいる。


 もちろん、武芸の業も体躯も、この部下が努力して得てきたものだ。だからこそ――仁威の少年時代を知っているだけに、駿来はこの部下の変貌ぶりには今でも軽い驚きを感じるときがある。


(あのころは背ばかりが高いガキ同然の役立たずだったのによ……)


 そのガキがなぜ今はこのように思慮深く部下を導く男になり得たのか。その風貌と細やかに部下に接する術、二つはどうやって両立できるものなのか。なぜ暇さえあれば自らを鍛え続けるのか。喜びや楽しみといった正の感情はどこにおいてきてしまったというのか。


 何のために生きているのか。

 この部下にとって武芸とは、武官とは何なのか。


 ――その瞳の奥が常に深い湖のように暗いのはなぜなのか。


 だから、この部下が本当の意味で一人で立てるようになるまでその前に立ち続けていたい。そう駿来は思っている。


「おめえはこいつの上司だろうが。上司だったら何をしなくちゃいけないか、その頭で考えてみたらどうだっつうんだ!」


 凶暴なくせに迷い犬のようだから、駿来は仁威が愛おしい。


 やがて仁威の表情に起こった変化は、この部下が心を定めたことを如実に物語っていた。


(――それでいい。そうやって迷いなく己の信念を貫いてみせろ!)

ここまで各話の長さがばらばらであることにお気づきだと思います。

1巻でもそうだったように、今回も長さによらずキリのいいところまでを一話として載せる形をとらせていただきます。

読みにくい点あるかと思いますがよろしくお願いします。

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