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龍の約束  作者: 雪見桜
【番外編2】終わるもの、続くもの
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2.繋がり


龍人の出生率は人間と比べとても低いことで知られている。

2人兄弟でも子だくさんと呼ばれる程度に授かりにくいのだ。

いま4人兄妹が存在する龍国は、だからこそ奇跡の世代だなどと呼ばれている。

長い龍国史で初めてのことであり、おそらくは末代まで名が残るだろうとも。


そのような出生率故に、昔から龍国は万年王族不足に陥っていた。

現在の龍王には兄弟がなく両親は早世だったため、わりと本格的に深刻な問題にもなっていたらしい。

龍により成り立つ国は、龍無しでは成り立たない。

だからなおのこと4人も王子王女が存在する今は奇跡の世代。


そういった経緯もあり、龍の誕生は昔から熱烈に歓迎された。

メイリアーデと親子ほども歳の離れた長兄オルフェル。

長い婚姻生活の中でようやく授かった第一子だ。


「セイラお姉様、おめでとうございます!」

「まあ、メイリアーデ様。わざわざありがとうございます。ユーリ様も、今日は一緒にお茶会だったのに、申し訳ありません」

「何を言ってるんですか! お茶会はまた開けますよ、それより体の具合はどうですか? つわりは?」

「ふふ、大丈夫ですよ。ありがとうございます、私は果報者ですね」


報せを受け駆け付けたメイリアーデとユーリに、王太子妃セイラは柔く笑う。

そっと手をお腹に当て微笑む表情は幸せそのもの。

つられるようにメイリアーデとユーリの顔も緩んだ。


「男の子かな、女の子かな?」

「確率的には圧倒的に男の子だろうけど、どっちでも可愛いよね! セイラ姉様とオルフェル様の御子なら絶対可愛いよ」

「ユーリお姉様、わ、私年下との接し方分からない。抱っこの仕方とか教えてください」

「あー、そっか! メイリアーデ、お姉さんになるんだもんね。特訓だね」

「お姉さんじゃないですよ、叔母様になるんですよ。ふふ、楽しみだなあ」

「ふふ、2人ともありがとうございます。この子は甘え上手になりそうね」


女子3人の会話は止まらない。

当人以上に喜び興奮するメイリアーデとユーリに、セイラも楽し気に相槌を打っている。

その様子を微笑ましく眺めながら会話するのは男性陣だ。


「すまぬな、急に呼び立てて」

「良いじゃないですか、オル兄上。このような慶事、滅多にないのだから」

「お祝い申し上げます、兄上」

「オルフェル殿下、心よりお喜び申し上げます」

「はは、ありがとう」


女性陣のような賑やかさはなく端的な会話で祝い合う。

鷹揚に頷くオルフェルの表情は、それでもこらえきれない喜びを表していた。


「しかし子が宿ると本当に本能的に分かるものなのだな。初めての感覚で驚いたぞ」

「ああ、誕生のちょうど1年前に親龍が直感で認知するって話ですか? え、オル兄上あったんですか、直感。その辺りの話詳しく」

「……また変なスイッチ入ったな」

「アラムト殿下らしいお考えです」


龍の子は1年と半年をかけて生まれて来る。

自らの存在を子自身が主張するのは、不思議なことに命を授かってから半年後のこと。

綺麗に1年ちょうど前に親へと信号を送る。

龍の本能が命の誕生を察知するのだそうだ。


そうしてオルフェルが悟り急ぎ医師に確認を取ったのが早朝のこと。

正式にご懐妊となったのである。

子の報せが入るということは、龍における安定期に入ったという印でもある。

そのため親が子の存在を知るのとほぼ同時に吉報として国民達へと報せが入る。

その日は国がお祭り騒ぎになるというのが、恒例だった。

公務も一時中止となり家族・国民全員でお祝いする。

それが龍国の文化だ。


「何はともあれ、国民達にも顔を見せてやらねばな。セイラ、体調は大丈夫か」

「はい、殿下。私はいつでも大丈夫です」

「無理はするな。ゆっくりで良い、少し休んでからにしよう」


医師の診察が終わり寝台の上で休んでいるセイラにオルフェルが寄り添う。

そっと背に手を回しゆるく抱き寄せるとお腹に添えられたセイラの手を上から重ねた。


「何だか、夢のようです。私のもとに子が来てくれるなど」

「夢ではない。ありがとう、セイラ。共にこの子を守っていこう」

「はい。私こそ、ありがとうございます殿下」


滅多にこうした姿を見せることのない長兄夫婦。

2人とも理性が非常に強いおかげで、メイリアーデがこうした夫婦らしい触れ合いを見るのは初めてのことだった。

目に映る長兄達の姿は幸せそのもの。

涙ぐみながら子の存在を喜ぶセイラに、オルフェルもひたすら優しく笑んでいる。


ああ、家族って良いなとメイリアーデは思う。

思わずナサドを見上げれば、ナサドもまた同じことを思ってくれたのか目が合って笑み返された。

お互い頷いて、視線をオルフェル達に戻す。


「すまぬが今日は1日付き合ってもらうぞ弟妹達よ」


照れ臭そうに頬をかきながらオルフェルがこちらを向いた。

それに対する返事など満場一致で決まっている。


「勿論。喜んで」


そうして国中の祝福の声に囲まれ1日を過ごした。


「はあ、幸せのおすそ分けをもらった気分」

「このような報せは何度味わっても良いものですね」

「本当に。オル兄様もセイラお姉様も嬉しそうで、私まで嬉しくなってしまったわ」


予定外の1日を終わらせ部屋へと戻る。

幾度となく繰り返される祝福の言葉に、笑顔ばかりが映る時間。

初孫の報せに龍王夫婦も嬉しそうにオルフェル、セイラと会話をしていた。

久しぶりに王家一同が揃い濃い時間を過ごす。

喜びと楽しさの溢れた1日にメイリアーデもほっと息をついた。


「御子、かあ」

「……メイリアーデ様も欲しくなりましたか?」

「ふふ、少し。だってセイラお姉様もオル兄様も本当に幸せそうで、家族が増えるって幸せなことよね」

「そうですね。ですが、私はもう少しこのままでも良いかと思っています。2人きりで過ごせる時間は尊いものですから」

「っ、もう10年も一緒なのに?」

「まだ、ですよ。ご存じでしょう、私が随分と拗らせてしまっていることを」

「……私も人のこと言えないわ」


どうやら今日の空気感にメイリアーデもナサドものまれているようだ。

空気がいつも以上に甘ったるい。

お互い自覚しながらも、どうにも離れがたい。

手や頬をお互い触れ合わせながら、近くで笑い合った。


「……お風呂、一緒に入る?」

「…………お誘いと受け取りますが?」

「う……、だって」

「メイ、可愛い」

「っ、ナサドは、ずるい……!」


ふわりとメイリアーデの体が宙に浮く。

慌ててナサドの肩に腕を回せば、くすっと笑われる。


「……うう、ナサドばかり余裕で悔しいわ」

「そうでもないのですがね」

「いつになったら貴方を振り回せるのかしら」

「……お止め下さい、もう充分振り回されました。平穏が一番です」

「え、そんな言うほど?」


まだまだメイリアーデとナサドの熱は冷めることがないらしい。

万年新婚夫婦と、近頃では密かにそう呼ばれていた。

恥ずかしさを感じながらも、これでは何も言えない。

メイリアーデが苦笑してしまうのは仕方ないだろう。


ああ、幸せだ。

そう毎日のように感じられる日々が嬉しい。


『ええええ!? ま、松木先生が好き!?』

『ゆ、悠里! 声が大きい、大きいよ……!』

『ご、ごめ……、だって芽衣って妙にドライなところあったから、意外過ぎて』

『……どうしよう、私も悠里のこと叱れなくなっちゃった』

『いや、そこなの悩むポイントは』


ふと、唐突に声が脳内に流れ込む。

全く記憶にない、けれどそれが何かは分かる会話。

前世の自分とかつてのユーリの……自分達が親友だった頃の会話だ。


「……メイリアーデ様?」

「あ、うん。何でもないわ」


思わずギュッとナサドを強く抱きしめる。

懐かしくて、優しくて、温かな思い出のはずだ。

自分の身に覚えは、全くないけれど。

自分の過去なのだと頭で理解してはいても、実感できない記憶の欠片。

正真正銘、切り離された存在の生きた証。


まただと、メイリアーデは思う。

何故だか無性に寂しく感じる。

人恋しくてたまらない。


「……メイ」

「……ナサド?」

「大丈夫だ。心配いらない。俺が付いてる」


ナサドが一体何を察したのか、メイリアーデには分からない。

けれど力強く言葉で返されて、なぜだか涙が出そうになった。


「うん。ナサドが、いるものね」


その言葉が何に対してなのかメイリアーデ自身も分かっていない。

それでもナサドの存在を感じると少し落ち着いた。


10年経って再び流れ出した前世の記憶。

幸せの想いが膨れれば膨れる程にぽろぽろと零れてくる思い出達。

自分の身に何が起きているのか、メイリアーデ自身が気付くのはあと少しだけ先のことだ。










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