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龍の約束  作者: 雪見桜
本編
44/74

43.兄達の絆



メイリアーデを誘拐し、罪をナサドになすりつけようと画策したスワルゼ家。

首謀者は当主のリンゼルで、その手足となり行動をしていたのが次男のルイ。

龍国史上最大の事件とまで言われ始めている今件は、表面上では沈静化してきたものの龍貴族を始めとする国民達に大きな衝撃を与えた。

何せ初めて表立って起こった龍人族への攻撃だ。

しかもその主導が龍国最有力の貴族家。龍人に対する信仰が大きく揺らぐ事態だと言っても過言ではない。

当然のごとく、王宮内はいまだにピリピリとした緊張感が漂っていた。

龍人への警護は以前に比べ明らかな厳戒態勢で、常に誰かしら怪しい動きをするものがいないか疑心暗鬼になりながら周囲を見張っているような状態だ。雰囲気が良いとは中々言い難い。

そしてメイリアーデが訪れた場所は、なおのことその色が濃く出ていた。

首謀者の拘置されている場所なのだから、それも自然なことだろう。



「恐れながら、私は反対です。姫、どうかお止め下さい。あまりに危険です」


「スイビ、心配してくれてありがとう。けれど、私は行かなければ」


「なりません」


現在病床のナサドに代わりメイリアーデに付いてくれているスイビは断固として反対した。

被害者であるメイリアーデがこれ以上加害者のスワルゼ家に情を与える必要はないと、そう彼は言う。

それでもメイリアーデの意志は固い。

スイビを宥め何度も頼み、そうして根負けしたように苦い顔でスイビが頷くまで3日ほど要した。

今もメイリアーデの後ろに控えるスイビは苦い顔のままだ。

今メイリアーデに付き従う護衛の数は以前の倍以上で、そのいずれもやはりスイビと同様に苦い顔をしているか困惑しているかだった。

自分の我儘で振り回して申し訳ないとメイリアーデは思う。

それでも今回ばかりは避けて通れないと、そうも思ったのだ。


メイリアーデがこの国の王女として生きていくために必要なことだから。

ナサドと番として共に生きたいと願うのならば、なおのことメイリアーデは理解しなければならない。

龍人の治めるこの国で苦しみ強硬策にまで出た彼らの本音を。

ここまでスワルゼ家を追い詰めてしまった原因や、この国の現実も。

知らぬふりはできない。たとえすぐに解決できないからといって、知らないままで良いという話でもない。

兄達にもできることを探して実行したいと誓った。

ナサドを守れる自分になると心に決めた。

自らの意志で決意した以上、メイリアーデは常に最善を求めて知る努力をしなければならない。

その気持ちがおそらくはスイビにも伝わったのだろう、彼は苦い顔をしているがもう反対はしない。

心配そうにメイリア―デを見つめるばかりだ。

そのことに感謝しながらメイリアーデは地下への階段を進んだ。


降りた先、地下牢の入り口は広い。

薄暗い空間、壁は等間隔で灯りがあるが陽の光は射さずに薄暗い。

淡く赤い光で包まれたそこには、小さな机と椅子が数個あるだけでなおのことだだっ広く感じられた。

入口から向かって左右にはそれぞれの牢へと繋がるであろう通路が見え、その通路の入口は鉄格子で塞がれている。鍵がなければ通路にすら入れない様子だ。

牢を警護する兵はメイリアーデが見ただけでもすでに数十名に上る。今見える範囲においては左右の通路入口に2名ずつと、何やら記録を記した台紙が置かれた机に2名、そして今メイリアーデがいる入口通路のはじめと終わりに2名ずつだ。

おそらくこの先リンゼルやルイが収監されているであろう牢の前にもいるのだろう。

王宮の王族居住区とは反対側にある、奥まったところに存在する地下牢。

その存在すらメイリアーデが知ったのはこの事件が起きてからだ。

それまで必要とされてこなかったこの牢、ナサドの時ですら使われなかったという。

事の重大さを改めてメイリアーデは認識した。



「姫様、なぜこちらへ」


机の前で何かを記述していた兵の1人が困惑気味にメイリアーデへ問う。

その後すぐにメイリアーデの後ろに控えるスイビに厳しい視線を向けたため、メイリアーデは制した。



「私が無理を通して付いてきてもらったの。私を心配してここまで付き合ってくれた彼らを責めるのはどうか容赦して。貴方達が私を心配してくれているのも分かるわ、ありがとう」


「い、いえ……私はそのような。申し訳ございません、差し出がましい真似を」


「謝らないで。ごめんなさいね、ただでさえ大変なところを混乱させてしまって」



目線を合わせ話せば途端に目の前の兵が慌てた様子でその場に膝を付こうとする。

再びメイリアーデは彼を制して、視線を左右の通路へと向けた。



「……ムトから聞いてはいたが、本当に来たかメイリアーデ」



その時メイリアーデの背後から声が届く。

振り返ればそこにいたのは長兄オルフェルの姿。

どうしてここに……、そう思うメイリアーデをよそにオルフェルは苦く笑ってこちらへと近づいてくる。

視線を兵達に向けたかと思えば、また膝をつこうとする兵達をやはり制した。



「毎度すまぬな」


「とんでもないことにございます。あの、本当によろしいのですか、ここは……」


「良い。そなた達には迷惑をかけるが、私達の我儘に付き合ってくれぬか」


「迷惑など、あり得ません! 我儘など思ったこともございません」


「ありがとう」


兵達はメイリアーデと比べてオルフェルに親し気に話している。

首を傾げるメイリアーデの近くでもう一人机の傍にいた兵がオルフェルに椅子を勧めた。

慣れた様子でオルフェルも礼を告げその場に座る。

どういうことなのか問おうとしたメイリアーデ。

しかしそれは次の瞬間耳に入った声にかき消されることとなる。

それは声というよりも叫びだ。



リガルドを滅せよ

龍の傲慢を許さない


絶叫のように届く声からはそんな言葉も聞こえる。

かなぎり声、絶叫、うめき声。

どの声にも当てはまりそうで当てはまらないそれに、メイリアーデの背が凍った。

2本に延びる通路の片側から届くそれが何か、メイリアーデは知っている。



「……リンゼルの声だ、メイリアーデ」


静かにオルフェルは告げた。

視線を声の方からオルフェルへと戻すメイリアーデ。

オルフェルはうつ向いたまま、その場で腕を組んで続ける。



「あの者の中で何かが壊れてしまったのやもしれん。そうまで追い詰めてしまった一因は、私だな」


「兄様っ」


「良いのだ、事実は事実として受け止めねばならん。我らがどのような決定をするにせよ、現実から目を背けて良いことはないからな」



苦く笑い、通路の先を見つめ、オルフェルはそれでもその場に留まる。

何も言えずその場に立ち尽くしてどれほどの時間が続いただろうか。

リンゼルの声が届いた反対側の通路から今度はもっと甲高い声が響く。


姫様と、メイリアーデの名を幾度も呼ぶ叫び声。

ナサドを恨む罵声。

そして父であるリンゼルの名を泣き叫ぶ声。


ルイだろう。

いまだ彼にかかった洗脳は解けていないようだと、すぐに察した。

情けないことに、声を聞いたメイリアーデは軟禁状態にあった事件中のことを思い出して固まってしまう。

グッと手を握っていなければ立つ感覚が分からないほど感触が鈍くなり、汗が無意識に吹き出す。

心に受けた傷はどうやらまだまだ癒えてはいないようだと自覚した。

それでも逃げないと心に決めたのだ。

グッと顔を無理やり上げてルイの声を見つめる。


しばらくすると、両方の通路から数名の兵士達がやって来た。

いずれも疲れ果てたような青い顔で力なく歩いている。

そうして目に入ったメイリアーデの姿に驚き膝を付こうとしたところを、オルフェルが制し全員の肩を叩いて労う。



「殿下」


「すまぬな、辛い役割を頼んで。ありがとう」


「そのような……私共こそいつも殿下にお支えいただき大変恐縮に思っております」


その会話から、オルフェルがほとんど毎日のようにこの場を訪れているのだと知った。

現実から目を背けるわけにはいかない。

そういってずっと彼はここでリンゼル達の声と向き合ってきたのだろう。



「オル、兄様」


思わずそう声をかけるメイリアーデ。

しかし何を言えば良いのか分からずそれ以上の声が出てこない。

オルフェルは何度目か分からない苦笑をして、首を振った。



「お互い戒め精進せねばならないな、メイリアーデ。龍人だからと言えど驕ってばかりはいられぬ」


「……はい」


「あの者たちとの会話はおそらく成立せぬであろう。今あの者たちが口にできる“本音”は、これがすべてだからな。この先に行くことは兄として許可できない、すまぬな妹よ」



そうしてオルフェルは去っていく兵達を見守りながら再び席へと戻る。

リンゼルの、かつての友と告げたその変わり果てた声を聞き続け、兵達を労うオルフェル。

その心中がどれほどのものかメイリアーデは分からない。

それでもこれがオルフェルなりの覚悟なのだろうと、そう分かった。

この兄のどこが玉座に相応しくないと言うのだろうか。

オルフェルは誰よりも強く優しく公正だ。

理解しきれていなかったことを、メイリアーデは再び悔やむ。

そしてそれはどうやらメイリアーデだけではなかったらしい。



「……こんな所で何している、メイリアーデ」


「え、ラン兄様?」


「そなたも、また来たのかイェラン」




イェランは険しい顔でメイリアーデを見つめていた。

突然現れた次兄の存在にメイリアーデが目を瞬かせて反応する。

その近くでオルフェルが何かイェランに視線で伝えたのだろう。

視線をオルフェルへと移した直後にぽつりと「ムトか」とつぶやくイェラン。

その後は小さく首を振って表情一つ変えずオルフェルの元へと歩んでいく。

近くにいた兵達はまたしても慣れた様子でイェランに椅子を勧めた。

声にこそ出さないが、イェランは手を軽く挙げて兵達に礼を示す。

兵達はイェランを畏れながらも丁寧に頭を下げ「いつもありがとうございます」と声をあげた。

どうやら、イェランもまたここへ何度も足を運んでいるらしい。



「私ならば大丈夫だと言うのに、そなたは心配性だな」


「兄上を心配してだけではございません。……俺自身、省みなければならないことが多々あると感じただけです。毎度申し上げておりますが」


「……そなたは本当に不器用だな。ありがとう、愛しい弟よ」


「……礼を、言われるようなことではございません」



オルフェルとイェランはぎこちないながらも、そうして会話を続ける。

イェランの存在にオルフェルは色々と言いながらも嬉しそうだ。

イェランは、そんなオルフェルを見つめながらやはりまた牢の先から聞こえてくる“声”に耳を傾けた。

オルフェル派にイェラン派。

長く続いているこの国を分ける2つの勢力。

しかし実際のところ、2人はこうして支え合おうともがいている。

イェランは固まったままのメイリアーデを見上げ声を上げた。



「俺は俺の為すべきことをする。お前はお前の為すべきことをやれ」


「ラン、兄様」


「兄上も俺も大丈夫だ、この国もこれ以上揺らがせはしない。お前も、他にやるべきことがあるだろう」



力強いイェランの声。

イェランもまた彼なりの覚悟を決めたのだと悟る。

……本当に、兄達には敵わない。

オルフェルもイェランもアラムトも。

皆それぞれ国を守ろうと必死に考え戦っている。

自分の覚悟は未だ甘く、残念ながら無力だと言わざるをえない。

それでも、もうそれを言い訳にはやはり出来ないのだ。



「私だってこの国の王族です。向き合うべきことから逃げるわけにはいきません」


「メイリアーデ」


「けれど兄様の言うことも分かるから。せめて今日だけはここにいさせてください。今日だけは、彼らのことだけを考え省みたい」



やはり自分の言うこと為すことは綺麗事だらけかもしれない。

そう思いながらも、今の自分は結局そういった道しか選べない。

誰かを切り捨て冷酷になるだけの決断は下せず、かといって拾い上げられるほどの実力もない。

せいぜいが現実と向き合い、意思を表に出すだけだ。

それでも一つずつ積み上げていくしかない。

そう言い聞かせメイリアーデはその場に留まり、この国を巣食うものに耳を傾ける。

その姿を、2人の兄達はただ黙って見守っていた。









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