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龍の約束  作者: 雪見桜
本編
36/74

35.妹としての決意


メイリアーデから体の自由を奪った龍毒草。

解毒には思ったよりも時間がかかるようで、しばらくの間メイリアーデは寝台の上で過ごすこととなった。

それでもすぐに解毒に入れただけ良かったのかもしれない。

何せ龍毒草はその存在自体が国家機密なのだ。ごくわずかに存在を知っている者も今回の事件で多く捕らわれ、解毒薬を用意するのも簡単ではないだろう。下手をすれば今もまだ解毒法が分からずに毒が抜けきるのを耐えるしかなかった可能性だってある。

メイリアーデに即座に解毒薬が届けられたのは、一重にスワルゼ家で秘密裏に動いていたナナキやルドのおかげだろう。


これはメイリアーデ自身もつい昨日聞いたばかりなのだが、スワルゼ家の中でもリンゼル達の怪しい動きを察知し対抗しようと動いていた人もいたのだ。

その筆頭は何とリンゼルの妻であるナナキ。ルドもまた何か感じることがあったのだろう、ナナキの声かけに応じ裏で万が一に備えていたのだという。

さすがにそこまではしないだろうと信じながら、それでもどうにも抑えられない不安を誤魔化すように解毒薬の製法を調べ作っていた。

そのおかげでいまメイリアーデは順調に回復へと向かっているのだ。

いまだ長時間の移動は無理としても、視界は8割方回復し眩暈もほとんどなくなっている。

聞けばリンゼルに捕らえられていたナサドを助け出し匿ったのもまた2人だった。



「……ナサドは、どうしてあんなに衰弱していたのですか?」


「毒と拷問、らしい」


「っ、毒と、拷問……」


「君が連れ去られる少し前、ラン兄上にナサドから報告があったらしいんだ。メイやその周囲に毒を盛る者がいるってね。……気付くということは、おそらく何度か毒見をしていたんだろうと思う」


「……っ、拷問、は」


「……うん、洗脳されていたルイがね。ルドがルイの異変に気付き助け出す時には意識を失っていたらしい」


「ナサド……っ」



アラムトから話を聞いて、メイリアーデの拳を握る手の力が強くなる。

今でもナサドが血だらけで荒く息をする光景が脳に焼き付いて離れない。

苦痛に歪んだ顔で必死に食いしばっていたナサド。

連れ去られる直前、崩れるように目の前で膝をついたナサドのことをメイリアーデは覚えている。

もう、あのような場面など二度と見たくない。

そう思うほどに辛い記憶だ。

しかしおそらくはそれ以上なのだろう、彼が今回受けた痛みは。


……ルイを憎んでしまいそうだ。

明らかに様子がおかしく、リンゼルから薬か香かで洗脳されていたことをメイリアーデは知っている。

本当のルイはいくら嫌いな相手であろうとそのような非人道的な行いなどしないだろうとも思う。

それでも今の自分はルイと冷静に向き合える気がしない。

視界に入れば怒りのあまり何をするのか分からなくなるかもしれないと、そう思うほどにメイリアーデは感情を制御できなかった。

これがいつだかオルフェルから教わった龍の本能というものなのかメイリアーデには判断がつかない。

それでも体の奥底から沸き上がるどす黒い感情は、メイリアーデにとっても厄介に感じるほど強くしつこく心に絡みつく。

無理やり感情を押し込めようと息を吐き出すものの、その音は随分と荒いのが分かった。

つまるところ抑え切れていないのだ。



「幸いルドがその場で処方した薬が上手く効いたみたいでね、意識の回復も早かったようだけどやはり動けるようになるまでは時間がかかるらしい」


「……」


「当然だけど、今件でナサドが罰されることはないよ。一時、王宮の方にもナサドが首謀者だと噂が流れたけれど、容疑は完全に晴れている。父上も公の場ではっきりと否定した」


「……そう、ですか。良かった」


それは今日聞いた中で唯一とも言える朗報に思えた。

ナサドがメイリアーデを助けようと動いたことは、ちゃんと公の場でも認められたと聞く。

色々と思うところはあるが、とりあえずそのことが分かっただけでも安堵する。

良かったと、そう思えるものがないと気分が沈んでどうにかなりそうだったのだ。

アラムトに見せた笑みはぎこちなく、自分が思った以上に心身傷を負ったのだと気付く。

ナサドはもっと酷い目に遭ったというのに。そう思うと、気丈にできない自分に腹が立った。


グッと手を握りしめるメイリアーデ。

既に強く握られていたその手は、おそらく開けば爪の後で赤くなっているだろう。

それでも力を緩めることはできない。

色々な感情が渦を巻いて、メイリアーデの理性も押し流されそうだ。

けれど、負けたくない。

怒りに身を任せてこれ以上我を失えば、ナサドに顔向けできない気がしたのだ。



「……強いね、君は」


アラムトはメイリアーデの様子をじっと見つめてそんなことを言う。


「強かったらこんなに歯食いしばりませんよ……」


即答で返したメイリアーデにアラムトは苦笑した。

弱音を吐くようにどこか情けなく頼りないメイリアーデの声。

精神的に苦しいと思う気持ちに嘘はつけず、取り繕うのも上手くいかない。

それでもアラムトの苦い笑みに返すよう、メイリアーデは笑った。

歪ではあったが、久しぶりの笑顔だ。


間違えても自分は強くなどない。

こうして兄達に支えられ励まされ、そしてナサドに守られ、ザキに諭され、そうやって何とか踏ん張っている。その踏ん張りすらもどこかおぼつかない。

それでも、いつまでも弱った気持ちを引きずるわけにはいかないのだ。

自分が守りたいと思ったものは、きっと普通では守れない。

だから無理やりでもメイリアーデは笑ってみせて、自分の頬を叩いた。

典型的なやり方かもしれないがそうやって何とか気合を入れる。


コンコンと、扉のノックが聞こえたのはそんな時だ。

「はい」と返事をした後メイリアーデの目に映ったのはオルフェルとイェランの姿。

メイリアーデの幾分回復した姿を確認し、2人ともほっとした様に顔を緩めた。



「お見舞い、来てくれたんですか兄様達」


「ああ。すまぬな、来るのが遅くなって」


「そんな! 来てくれただけで嬉しいです」


「……体調は」


「大丈夫です、ラン兄様」


気遣うような兄達と一言二言会話を交わせばすぐに沈黙が訪れる。

思えば兄妹4人が揃うのは本当に久しぶりのこと。

それでもいつものように賑やかに話すには、少々色々とありすぎた。

全員が何を話せば良いのか迷っているといった具合だ。



「……すまぬ」


その中で真っ先に沈黙を破ったのはオルフェルだった。

何の謝罪かと分からず視線を移したメイリアーデの目には、頭を深く下げるオルフェルの姿がうつる。



「そんな、オル兄様止めて下さい。兄様は何も悪くないですよ?」


「しかし私のせいでそなたに大きな傷を作ってしまった。ナサドにも。謝っても謝り切れぬ」


「オル兄様」


「……誤解はしないでくれ、もう私は自棄になどなっておらんよ。ただ私が至らなかったことは確かなのだ、逃げて良いものではないだろう?」


寂しく笑い、再び「すまぬ」と頭を下げたオルフェル。

イェランはやはり苦い顔でその姿を見つめ、アラムトも声をあげない。

その様子に、メイリアーデは一度大きく深呼吸をする。



「分かりました。オル兄様がそう仰って下さるなら、そのお気持ち受け取ります。オル兄様、たくさん考えてくれてありがとうございます」


「……優しいな、そなたは」


「優しかったらもっと気の利いた言葉をあの時言えましたよ……」



不貞腐れる様にメイリアーデが呟くとオルフェルが少し吹き出すように苦笑した。

オルフェルの怒声を初めて聞いたあの時のことを揶揄したメイリアーデに、上手い返事が見つからなかったのだろう。少し間をおいて「すまぬ」と再び謝罪をしたその声は普段の気軽さが混じり、メイリアーデはやっと安堵する。

オルフェルの精神状況も密かに心配していたのだ。

なにせ今回の事件に兄達の継承争いが関わっているのは間違いなく、おまけに最も親しくしていたスワルゼ家が首謀者。オルフェルの心にも相当のダメージがあったはずだと分かるから。

それでもやはりオルフェルは長兄であり王太子であり、志の高い人物なのだろう。もうあの時のようなメイリアーデを不安にさせる空気は一切纏っていない。

そこにいるのはメイリアーデが見慣れた、頼りになる兄そのものなのだ。

だからこそメイリアーデはオルフェルを見上げはっきりと言葉にした。

本来ならばもっと早くに伝えなければいけなかったことを。



「オル兄様、私頑張ります。オル兄様に少しでも頼ってもらえるよう」


「メイリアーデ?」


「あの時も言ったけれど、私はいつだって人を愛し国を愛し王太子であろうと前を向けるオル兄様が大好きです。王様に相応しい人だと、心から思っている。だから、そんな兄様が苦しい時にちゃんと支えになれる私になりたいって思うんです」


「……メイリアーデ」


「私、オル兄様もラン兄様もムト兄様も大好きです。皆みんな、やり方は違っても必死に国を守ろうとしているところをずっと見てきました。だから、私も私にできることを探したい」


きっぱりとメイリアーデは宣言する。

年下だから、無知だから、未熟だから。

そんな言葉で落ち込むことも悔しくなることもあった。

しかしそれを言い訳にして二の足を踏んでいてはいけない。

見て見ぬふりは人を苦しめるのだと、今回で嫌と言うほど理解したのだ。



「ラン兄様も。1人でため込まないで下さいね、ただでさえ表情読みにくいんですから」


「……悪かったな、仏頂面で」


「そこまで言っていません」


わざと明るく声を発する自分は、不自然だろうか。

すぐに沈みそうになる弱い自分を押し隠して取り繕う自分は、滑稽かもしれない。

そう思いながらもメイリアーデは顔を上げて笑みを見せる。

それはまだまだ歪で、兄達に苦い表情をさせてしまう出来だ。

それでも進んでいかなければ。

ただその一心だった。



「ほらね、兄上達。だから言ったでしょう? メイは強い子だって」


「……ああ、そうだな。時が経つのは早いものだ。まだまだ守ってやらねばと思っていたが、子の成長は早いな」


「あはは、オル兄上。それ親が言う言葉ですよ?」


「そ、そうか? しかしメイリアーデと私は確かにそれほど歳が離れているしなあ」


「……兄上、そのようなことはありません。親というには若い、はずです」


「そ、そうだな。うむ、我々は歳は離れてはいるがれっきとした兄妹なのだから親はおかしいな」


「ラン兄上、いつにも増して強くオル兄上諭しましたね……さては歳気にしていたりします?」


「うるさい、黙れムト」


「うわ、図星……本当繊細なんだから」



やがてそうやって兄達がいつもの空気を取り戻していく。

オルフェルが中心で笑い、イェランが静かにつっこみを入れ、アラムトがからかって話が広がる空間。

しこりは確かに存在する。

しかしそれを乗り切れるだけの絆も、ちゃんとここにはあるのだ。

王太子である長兄と才の龍である次兄、そして要領の良い三兄に女龍のメイリアーデ。

ただでさえ出生率が低く兄弟すら滅多に生まれない龍人族の中で4人兄妹というのは本当に奇跡的だ。

長い龍国の歴史の中でも異例なこと尽くしで、おそらくはこの先も色々と頭を抱えるような問題は出てくるのだろう。

それでもきっと大丈夫だとメイリアーデはそう思えた。

そしてだからこそ、決意できたのかもしれない。



“人間時代の自分を取るのか龍人として生きる今の自分を取るのか。お前が出した答えによって結末は大きく変わる”


メイリアーデの頭によぎるのは、ザキに言われたその言葉。

彼は発狂しそうだと言いながらも女神の側を離れてまでメイリアーデを助けにきてくれた。

全てはメイリアーデの意志を確認するために。


神の介入があってメイリアーデは前世の記憶を繋いでいる。

自分の選択でどのような影響があるのか分からない。

しかし、実際に神の防人が動いたのだ。一国の王女である以上、その事実は見過ごせない。

もう隠すことは無理だと、そう思った。




「兄様達。ひとつ、聞いてほしいことがあるんです」


そう声を上げれば3人揃って首を傾げる。

視線を真っすぐ受けて、メイリアーデは小さく目を閉ざした。


「私、ずっと隠してきたことがあるの。どうして私がナサドをこれほど気にしてきたのか、何を思って今まで生きてきたのか、よかったら聞いて欲しい」


「っ、おい、メイリアーデ。お前、その姿」


「……うん、ラン兄様はこれが誰なのか知っていますよね? そして私がこの姿を隠してきた理由も、きっとすぐ察してくれる」


「……津村、なのか」


「そう。私は津村芽衣の生まれ変わり。この姿は……、津村芽衣は、前世ナサドに恋をした人間よ」



黒い髪に黒い瞳。

背は今よりも低くて、声は低い。

その姿が何の意味を持つのか、この中で唯一知る次兄は驚愕に目を見開く。

一方で事情を知らず怪訝な表情を浮かべるオルフェルとアラムトに視線を合わせた。



「覚えていることは、本当に少ないの。けれど、どうか知って欲しい」


そうしてメイリアーデは、自分の中にある記憶を兄達に聞かせ始める。

……津村芽衣の姿を見たナサドは一体どう思っただろうか。

あの時はただただ必死で会話すらまともに成立しなかった。

ずっとずっとこの姿を彼に見せることが怖かったのだ。

今も本音で言うならば、ナサドの反応が怖い。


それでももう、今までのように見て見ぬふりはできない。

いい加減向き合わなければならない時がやってきているのだ。

それは状況がメイリアーデに決意させただけなのかもしれない。

それでもメイリアーデの中から、前世の自分を見せるか隠すかという迷いはここで綺麗に無くなった。


この時にはもう分かっていたのかもしれない。

自分がこの先どう生きたいと願っているのか。

はっきりと覚悟が決まったのだというその事実を。









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