24.ナサドの不調
「え、ナサドが体調不良……?」
「は……、先ほどこちらまでいらっしゃったのですが、あまりに顔色が悪かったため私の判断でお休みいただきました」
「そう、ありがとう。ナサド、ちゃんと休んでくれるかしら」
「部下に介添えを指示しましたので大丈夫かと。本日は私が姫様の身の回りを仰せつかります。ご不便をおかけいたしますが何卒よろしくお願い申し上げます」
「ええ、よろしくね」
「はっ」
その報せは、ナサドが専属従者となって初めてのことだった。
彼が体調を崩すなどメイリアーデは聞いたことがない。
身体は比較的丈夫だと本人が言っていた通り、ナサドは風邪一つ引かない人物だ。
そのナサドが体調不良。
驚きと共にメイリアーデは心配でそわそわと落ち着かなかった。
代わりにメイリアーデの側に付いてくれた男は、普段ナサドのすぐ下でメイリアーデの従者達を取りまとめている比較的馴染深い存在だ。
淡々と、しかし難しい立場にいるナサドのことを把握しつつ上手く部下たちとの間を持ってくれる優秀な男だと記憶している。
彼は明らかに挙動不審でナサドに意識を向けているだろうメイリアーデを認識していても知らないふりを押し通してくれた。メイリアーデの心情を察し、影に徹することに決めたのだろう。
内心感謝しながらメイリアーデは目の前の本へと視線を落とす。
エナ姫。
5日後に迫った初の単独公務で、メイリアーデはこの物語を子供達に読み聞かせることになっていた。
話の内容などもう完璧に頭に入っているし、段取りも確認済みだ。
しかし手持ち無沙汰でペラペラと本をめくっては小さく息を吐く。
びっしりと書かれた文字は一文字も頭の中には入って来そうになかった。
「ねえ、スイビ。ナサドはちゃんとお医者様に診てもらっているかしら」
「ご本人が医師は必要ないと仰せですので」
「え、診てもらっていないの? ナサドらしいけど、心配だわ。お見舞いに行こうかな」
「姫様、なりません」
結局メイリアーデの口から発せられるのはナサドに関することばかりだ。
知らないふりも何でもないふりもメイリアーデには難しい。
彼がどのような状況にいるのか分からずただ体調が悪いと聞けば落ち着かないのだ。
ナサドの立場を思えばなおの事。
ナサドは現在龍貴族ではない。
この王宮に龍の世話のために部屋を与えられるのは龍貴族のみだ。龍に仕える事自体龍貴族にしか許されないのだから当たり前だが、部屋を与えられる条件もまた厳格に取り決めがあった。
つまり当然のことながらナサドは王宮に部屋を持たないということになる。
いつも城下から時間をかけ王宮へと通っているというのはメイリアーデも知るところだ。
はた目から見ても体調不良と分かる顔色なのに、王宮内にはナサドが体を休められる場所がない。
無事にナサドは家まで帰れたのだろうか。
しっかり休んでくれているだろうか。
心配しだすとキリがないのだ。
「姫様、大丈夫です。ナサド様は王宮内の部下の部屋でお休みいただいております故」
メイリアーデに念押しするようナサドの部下・スイビは言う。
こくりと頷くメイリアーデは、駄目だと言うスイビの言葉を理解しながらもうまく呑み込めずいた。
どうしてだろうか。
どうしても、とてつもなく心配なのだ。
ナサドの身に何かが起こっていると思うと、心配で不安で胸がざわつく。
頭で何度言い聞かせても落ち着かず、ただただその顔を一目でも見て自分で確認したいと思ってしまう。
メイリアーデも初めて感じる衝動だ。
どうしてこんなにナサドに会いたいと思うのか。
ブクブクと沸き上がる自分の感情に、メイリアーデ自身戸惑いを覚えていた。
メイリアーデには公務が控えている。
いま体調を崩すのは、方々に迷惑をかけるとよく分かっているはずだ。
それでも理性よりも今は本能がすさまじく強く働いていた。
駄目だと頭で思っていても体が勝手に動く。
まるで前世の自分と今生の自分が喧嘩している時のように、勝敗はあっさりとついてしまう。
「……スイビ。息抜きにお花でも見たいわ。中庭に行っても良いかしら」
「畏まりました。お供いたします」
「ありがとう。ついでに楽な恰好に着替えたいから、少し外してくれる?」
「は。ただいま侍女を」
「良いわ、そのくらい自分でできるから」
「さようにございますか。承知致しました、準備が整いましたらお声がけ下さい」
「ええ、ありがとう」
メイリアーデが行動を起こすのは早かった。
部屋で一人きりになると、すぐにクローゼットを開け簡易なドレスを身に纏う。
その上に丈の長いローブを羽織って、メイリアーデは鏡を見つめた。
ジッと、一心に鏡を見つめ頭の中で強く念じる。
「……人間の姿に、なるのよ」
そうすれば、ぐんぐんと頭の先から強い何かに引っ張られ自分の視界に一瞬だけ靄がかかる。
次の瞬間鏡に映ったのは、前世の自分の顔。
黒髪黒目、正真正銘人間姿の自分だ。
しっかりとその姿を確認したメイリアーデは、こくりとひとつ頷いて目を閉ざし元の姿に戻る。
龍の覚醒。2つの人型を持つという女性龍の能力。
表では変化できないと公言しているメイリアーデだが、密かに寝る前に1人練習していた。
いつか必要となった時迷わず使えるようにと。
津村芽衣として生きた前世の自分と、メイリアーデとして生きる今生の自分。
うまくその外見を切り替えられるようになったのはつい最近の事。
よし、と心で言葉を落としたメイリアーデは頬を強く叩いて部屋を後にした。
草木の生い茂る中庭へ入り、そっと草陰に入りこんだのはほんの少しスイビが余所に視線を外した瞬間のことだ。
「メイリアーデ姫様? どちらに」
困惑した声に罪悪感は募る。
申し訳ない、困らせたいわけではないのだと、自分勝手な言い訳を繰り返しながらメイリアーデは小走りに駆けローブを脱いだ。次の瞬間、意識を一点に集中し津村芽衣の顔を引き出させる。
「……貴女はどちらのご令嬢か」
直後に近くの近衛から声がかかって肩が大きく揺れた。
心臓が飛び出そうになる感覚を必死に抑え込み、メイリアーデは引きつった笑みを見せる。
「も、申し訳ございません。知り合いを訪ね来たのですが道に迷ってしまいまして。給仕の方々のお部屋はこちらですか?」
「一体どう迷えばこちらまでいらっしゃるのですか……、使用人部屋は別方向です。こちらは龍王族の方々もお使いになられる中庭。早々に立ち去られると良い」
「そうなのですか、知らなかったとは言え申し訳ございません。どちらの方向に行けば良いかお教えいただけますか」
「あちらの道を真っすぐにお進みください。係りの者が案内しましょう」
「ご丁寧にありがとうございます、それでは」
すぐにバレるかと思ったが、案外気付かれないものらしい。
自分の演技が上手いとはどう考えても思えなかったので、おそらくこの近衛が比較的人を疑わない性格なのだろう。正直助かったと思いながら、メイリアーデは足早にその場を立ち去る。
生まれてこの方このように人を騙すことなどしてこなかったため、心臓はかつてないほど早鐘を打ち手足の感覚も冷え切って分からない。
ああ、こんなことをしてきっと大騒ぎになるだろう。
スイビも責められてしまうかもしれない。こんなことせずに大人しくしているべきだ。
そう頭では何度も理性が告げるというのに、メイリアーデの足は止まらない。
今すぐ戻れと脳内がガンガンうるさい。
自分もそれが正しいと分かっている。
しかし、どうしたってメイリアーデは何においてもナサドの顔が見たかった。
先のことを考えるよりも、ナサドの顔を見て、声を聞いて、ここにいるのだと安心したかったのだ。
王宮の廊下を駆ける年頃の令嬢。
案内を申し出てくれた騎士が慌てた様子でその後を追ってくる。
その姿はさぞかし人目を引くだろう。
ばれるのも時間の問題なのはメイリアーデ自身よく分かっている。
それでも、体は止まらない。
「あの、カルムの部屋はどちらですか!」
メイリアーデを案内してくれる騎士に、少々食い気味にメイリアーデは尋ねた。
カルムという名前はメイリアーデの従者の1人で、数いるメイリアーデ付きの従者の中でも特にナサドを慕っていた見習いだ。彼ならばきっとナサドを心配して動いているのではないか、そう思ったのだ。
しかし唐突に見習いの名前を出されたところで、騎士がその人物を知っているとは限らない。
困惑した様子でメイリアーデをじっと見つめ、「あの」と問いかけてきた。
「失礼ながら、その者にどのようなご用件で。貴女くらいのご令嬢がたった1人王宮にいらっしゃることもそうあることではありませんし、ましてや男の部屋を訪ねることも異例です」
最もすぎる騎士の言葉に、メイリアーデが詰まる。
正直考えなしにここまで突っ走ってきた自覚はある。
自分自身何がここまで自分を駆り立てるのか分かっていない。
しかしそんな後先考えない行動は当然すぐにボロが出るものだ。
返事のひとつも返せないメイリアーデに、騎士の視線は困惑から嫌疑に変わっていく。
どうしよう、どうしよう。
そう頭の中でぐるぐると思考が絡まっていくメイリアーデ。
「……どうぞ、こちらへ。ゆっくりとお話をお聞きしましょう」
騎士の声は冷たく変わり、有無を言わさぬ表情でメイリアーデに迫る。
グッと強く肩を掴まれると、咄嗟にメイリアーデは目を閉じて変化を解いた。
「ひ、姫様!?」
途端に目の前の騎士が上ずった声を上げて、慌てて跪く。
振り回して申し訳ないと心で謝罪しながら、メイリアーデは騎士に向き合った。
「お願い、誰でも良いから私付きの人の部屋に案内して」
「し、しかし……姫様、お付きの方はどちらへ」
跪いて頭を深々下げた騎士は、そのまま困惑気味にメイリアーデへと問う。
先ほどからこの騎士の言う言葉は何一つおかしなところなどなく、メイリアーデの方がおかしなことをしている。
それでもメイリアーデは「お願い」と事情も話さずもう一度騎士に言葉を落とした。
おそらく何が何だかも分かっていないだろう騎士は、それでもどうにかメイリアーデの言葉を聞き届けようとしたのだろう。その場に立ち上がりうろうろと左右を見渡す。
そうして少し視線をさまよわせ、途中何かが目に入ったのか分かりやすく固まった。
「……メイリアーデ姫、こちらにいらっしゃいましたか」
騎士に対して「どうしたの?」と問う間もない。
騎士を固まらせた原因は、メイリアーデの姿を認めると一直線にこちらへと歩を進めて来る。
その人物にメイリアーデも見覚えがあった。
「ルド」
そう、長兄オルフェルの専属従者。
いくらここが使用人の住居区とは言え、さすがにこの場所を使うには身分が高すぎる人物だ。
どうしてここにルドが。
全くもって自分を棚上げした言葉が出て来そうになってメイリアーデはその言葉を押しとどめる。
沈黙が生まれたのは、ほんの一瞬だった。
ルドは眉を寄せてメイリアーデの目の前で跪く。
「姫様、供も付けずこのようなところに来てはなりません」
「……ごめん、なさい」
「どのようにここまでいらっしゃったのかお聞きしたいところではございますが、それよりも先にお部屋にお送りいたします」
ルドの硬い声を聞くのは初めてのことだ。
いつだか彼の弟のルイがナサドに向けて発したのと似たような声色。
思わず身がすくんで、言葉が発せない。
しかし、はっと我に返りメイリアーデは声を上げた。
「待って! その前に、ナサドの様子を」
「……ナサド?」
咄嗟に出てきた言葉は、一切の隠しもない本心だ。
しまったと思った時にはもう遅い。
案の定目の前で硬い表情をするルドに、メイリアーデは再び固まる。
ナサドは、龍貴族達から良く思われていない。
メイリアーデの印象では、特にルドのいるスワルゼ家やナサドの生家であるリガルド家からはあからさまに態度で示されていた。
ナサドの為にでメイリアーデがこんな行動を起こしたと知れば、どれほどナサドに非がなかったとしても責めはナサドへといく。
やっと冷静になって理解した状況に、背筋が急速に凍っていくのが分かった。
なんてことをしてしまったんだ、自分は。やっと完全に我に返り、メイリアーデは顔を青ざめさせる。
しかし、次の瞬間聞こえてきたのは意外な言葉だ。
「……承知致しました、ご案内致しましょう」
スッと立ち上がり「どうぞこちらへ」と頭を下げるルド。
てっきり叱られると思っていたメイリアーデは間抜けな顔のままルドを見てしまう。
ルドはそんなメイリアーデを見つめてからふと視線を外し、それまでメイリアーデを案内してくれていた騎士へと言葉を告げた。
「中庭にオルフェル殿下とメイリアーデ姫様付きの従者がいる。姫様のお話をお聞きした後私が責任をもって部屋まで送り届ける旨伝えてくれ。良いな」
「は、はいっ」
「行け」
「はっ」
そうして人を払い、ルドはじっとメイリアーデを見つめる。
視線を外せずただ見返すしかできないメイリアーデに、ルドは小さく息をついた。
「姫様。貴女様はこの国の宝、その御身に少しでも危険が迫ってはなりません。どうかご自身の尊さをご自覚ください。常に傍には人を付け、安全なところにいらっしゃっていただかなければ我々も万全を期してお守りできませぬ故」
「……ええ、ごめんなさい。私が悪かったわ」
「しかし、そうして人間である我々従者を案じて下さるお心もまた尊きものです。あの者に代わり、私からも御礼申し上げます」
「え」
「ナサドの元へとご案内致しましょう。様子を一目見たら私と共にお戻り下さるとお約束いただけますね」
「も、勿論よ。けれど、良いの?」
「…………姫様がここまでお心を砕いているのです。無下にすれば罰が当たりましょう」
苦虫を潰したような顔をしながら、ルドは前を歩く。
正直なところ、メイリアーデは驚いていた。
ルドとナサドはあまり仲が良くないのだと思っていたからだ。
オルフェルとイェランに確執があったと知った後改めて過去を思い返してみると、彼らの専属従者であったルドとナサドもまたどこか緊迫した空気を纏っていたように感じる。
2人が会話をしている所すらメイリアーデは見たことがない。
だから、ナサドのことでメイリアーデの気持ちを尊重してくれるルドが意外だったのだ。
そうしてほどなくして辿り着いたのは、小さな使用人部屋。
2人用の部屋で二段ベッドと机を置けば後は少ししかスペースがないような、そんな部屋だ。
迎え入れてくれたのは、メイリアーデが先ほどちらりと名前を口走ってしまったカルムと、もう1人相部屋のリュート。
驚いた顔で固まった2人は、しかしやがてメイリアーデの用事に思い当たると少し嬉しそうに口元を緩めた後慌てて部屋を空けてくれる。
2段ベッドの下の段で、ナサドは荒く息をしていた。
顔色は青白く、心なしか手が震えている。
「メイリアーデ、様……どうして、こちらへ。ここへ来てはなりません」
「ごめんなさい、どうしても気になってしまって。横になっていて」
相変わらず、ナサドの口から出てくるのはメイリアーデを気遣う言葉ばかりでメイリアーデは苦い気持ちになった。
寒くて震えているであろうその手を少しでも温めようと手を伸ばす。
しかし咄嗟に手を引き「なりません」と言うナサドにそれ以上近づくことはできなかった。
「メイリアーデ様、お付きの者はどうされました。王族居住区より外へお連れしないよう言っておいたはず…………まさか」
「……うん、ごめんなさい。反省してます」
「お部屋までお送り」
「だ、大丈夫だから横になっていて! ルドが付いていてくれるから私は問題ないわ」
苦しそうに息をしているというのに、ナサドは次から次へとメイリアーデの身を案じ動こうとする。
ああ、やっぱり来てはいけなかった。何度も反省を繰り返すメイリアーデは、せめてそれ以上ナサドに無理をさせたくなくて慌ててその肩を押して横にならせる。
やはり本調子ではないナサドはその力に勝てない様子でぐらりと体を傾けベッドに身を沈めた。
そうしてナサドはメイリアーデの会話の中身を数秒かけてのみこんだようで、ようやく視線をルドへと向ける。
「ルド、様」
「…………やめろ。お前に様付けされると虫唾が走る。敬語もいらん」
「……どうして、メイリアーデ様を」
「お前の身を案じこうまでなさった姫様のお心を尊重しただけだ。専属従者ならば、主のお心を煩わせるな」
「……」
会話はどこかぎこちなく、距離がある。
しかし、メイリアーデの想像以上に2人の仲は親密そうだ。
驚いて2人を見るメイリアーデ。ルドは普段からは想像もつかない程険しい顔をしたまま、ナサドの側まで歩き枕元に何かを落とす。中身までは見えなかったが、あれはおそらく薬だろう。包みの大きさや形はメイリアーデも幾度か目にしたことがある。
医療の名門スワルゼ家。その次期当主ともなれば、薬の1つふたつ持っていても不思議ないかもしれない。しかしどうにもメイリアーデには、ルドがナサドのためにそれを用意したように思えてならなかった。
「勘違いするな、私はお前を許していない。お前はオルフェル様とイェラン殿下のお気持ちを踏みにじり苦しめた。一生許すことはない」
「……分かっている」
「……姫様の優しさにまで傷をつけるなよ、ナサド。もし次お前が同じことをするならば、私は容赦しない」
言葉は険しく、容赦ない。
病人に今話す内容でもないのかもしれない。
しかし、メイリアーデは一切口を挟まなかった。
今おそらくルドとナサドにとってこれは必要な会話なのだろうと、そう感じたからだ。
そしてナサドはルドの言葉に目を見開き、枕元に落とされた包みを手にしグッと握りしめる。
「感謝する、ルド」
「言う相手が違う」
「……メイリアーデ様。ご心配をおかけし申し訳ございません。そして、ありがとうございます」
具合悪そうに青白い顔で、しかしナサドは柔く笑う。
ルドとナサドの会話の内容などまるで分からないが、それでも何故だかグッと胸に迫るものがあってメイリアーデは首を横に振り「どういたしまして」とだけ言葉を返した。
そっと近づき、手を伸ばすメイリアーデ。
一瞬ナサドは身を引こうとしたが、構わずメイリアーデはナサドの額に手を触れる。
触れた先はじわりと温かく、熱があるのだとそう分かった。
ナサドを苦しめているだろう原因だ。
しかし、メイリアーデはその温かさに何故だかホッと安心してしまう。
「……どうか早く良くなりますように」
「メイリ、アーデ……様」
心の底から願って少しの間祈った後、メイリアーデは笑った。
「しっかり休んでね、ナサド。また元気な姿で会えることを楽しみにしているから。絶対よ?」
「……はい。メイリアーデ様、ありがとうございます」
しっかりとしたナサドの言葉に頷きメイリアーデは背を向ける。
これ以上長居してもナサドの症状を悪化させるだけだろう。
無理やり押しかけておいて随分勝手な理屈だが、実際これ以上負担をかけたくないのも事実だったので素直にそのままメイリアーデは部屋を後にした。
「姫様の御前で大変失礼な物言いを致しました。申し訳ございません」
帰りの道中、ルドはメイリアーデにそう告げる。
見た目の華やかさとは別に、ナサドとどこか似たその真面目さにメイリアーデは苦笑しながら首を振った。
「いいえ、気にしていないわ。それよりも、私の我儘を聞いてくれてありがとう。ナサドの顔が見れて安心した」
「……姫様、は」
「なに?」
「…………いえ。申し訳ございません、何でもありません」
結局そのまま会話は続かない。
首を傾げながら後に続くメイリアーデは、ふと周囲で道を空けてくれた龍貴族達の様子がおかしなことに気付く。
ちらちらとこちらの様子を伺いながら視線をさまよわせ、何かに困惑したような様子なのだ。
……自分の行動がここまで影響を与えてしまうのか。
そう内心で思いながら、三度反省する。
それから1日もしない間に、このメイリアーデの奇行ともいえる出来事は王宮内を駆け巡ることとなる。
同時に、メイリアーデの番候補として罪人であるはずのナサドの名が浮上するのはそこからさらに2日後のことだった。




