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龍の約束  作者: 雪見桜
本編
24/74

23.女子会



これまでメイリアーデの公務は主に兄達に付いて回り社会勉強をすることが主だった。

笑顔を向けて緊張を和らげるという役割もあったにはあったが、実際のところ大した期待はされていない。

龍国を知り龍貴族を知り、そうして今後に活かすための下地を作る。それが今メイリアーデに求められていることだ。


しかしそろそろ簡単な公務ならば1人でこなしても問題ないのではないかとの声が上がってきた。

10歳で公務を始め今は17歳。覚醒も果たし社交界にもデビューしている。

メイリアーデ自身積極的で貴族達からの評価も上々だとなれば、否定的な声も見当たらない。

そうしてほどなく決まったのは、王都にある初等学校への訪問だった。

そこは龍国で最も古い学校で、唯一人間と龍貴族が一同に会して勉強を行う名門だ。

年に一度、龍人族の誰かがその場を訪れ龍国に古くから伝わる童話を話して聞かせる伝統があった。

その語り手の役割を、今年はメイリアーデが背負うこととなる。


初めて与えてもらった自分1人での公務。

嬉しく思う気持ちと共に、ずしりと重い何かが肩にのしかかる。

気を引き締めて童話を睨み続けるメイリアーデ。

その様子を見て声をかけてきたのは、義姉である王子妃達だった。



「メイリアーデ、気合たっぷりなのは良いけどちょっと顔が鬼気迫りすぎだったよ。少し肩の力抜いてみな?」


「根を詰めすぎてお身体崩されませんよう、メイリアーデ様」


「うっ……、ありがとうございますお姉様たち。でも、私そんなに余裕なさそうに見えましたか?」



龍王宮の一角、龍人とその家族が使用するテラスでメイリアーデは義姉達に宥められる。

女子会をしようと提案してくれたのは第二王子妃のユーリで、それならばとお茶に合うお菓子を焼いてくれたのが王太子妃であるセイラだった。

一方、メイリアーデの顔はやや気まずげだ。

義姉達に心配されるほど切羽詰まった空気を出したつもりはなかったのだが、どうやら外から見れば相当緊迫したオーラを出していたらしい。

メイリアーデの言葉に苦笑しながら否定しない義姉達がその証拠に思える。それが恥ずかしいのだ。

思わずメイリアーデからうめき声が上がった。


「やっとお役に立てると思ったらついつい結果残さなきゃって張り切ってしまいました。でもそんなに怖い顔していたら本末転倒ですよね」


ぼそりと呟けば、義姉達はやはり揃って苦笑を深め首を振る。



「メイリアーデ様の熱意は素晴らしいと思いますよ。まだお若いのに本当によく頑張っていらっしゃいます」


「そうだよ、メイリアーデ。私達は貴女の心配こそすれ貴女が駄目だなんて思ってないんだからね。何でも一生懸命頑張れるところはメイリアーデの大きな長所だよ」



2人らしい励ましには愛情が感じられて、つられるようにメイリアーデも苦笑した。



「甘やかされてるなあ、私」


「そりゃあメイリアーデは可愛がられるために生まれてきてくれたようなものだもの。諦めて甘やかされなさい?」


「ふふ、私もユーリ様と同じ気持ちです。メイリアーデ様をまだまだ甘やかしたくて仕方がありませんもの」


「そ、それは私がダメな龍になってしまいますよ……っ、もう充分甘やかしてもらっているのに」


「ダーメー! 私とセイラ姉様にとって貴女はとことん愛でることができる絶対無二の癒しなの!」


「な、何ですかあそれ……」



女3人、それぞれ性格は全く違うが明るく賑やかに時間が過ぎていく。

セイラやユーリはこうして定期的にメイリアーデの様子を伺っては本音を吐き出させたり緊張を和らげてさせたりしてくれる。

優しく温かな義姉たちは、兄達とは別の視点で支えてくれるのだ。

メイリアーデにとって、だから家族はみんな特別。

皆が笑っていてくれるように、メイリアーデに出来ることならば頑張っていきたい。



「よーし、適度に頑張るぞ!」


気合いを入れ直したメイリアーデを義姉達は微笑ましく見つめる。

話題はそのまま公務の内容に移った。



「ところでメイリアーデ、子供たちに読み聞かせる童話って何の話? 候補いくつかあったよね」


「エナ姫になりました」


「まあ、エナ姫。女性龍であるメイリアーデ様が語り手となれば、皆喜ぶでしょうね」



セイラの言葉にメイリアーデは少し照れ臭そうに笑う。

エナ姫。それは龍国では最も有名な物語だった。

龍国初代女王の生涯が基となって語り継がれてきた物語だ。


舞台ははるか昔、まだ龍人と人間との絆が薄く争いの絶えなかった時代。

激しい抗争の中数少ない龍人の生き残りであるエナ姫には2人の忠臣がいた。彼等はエナ姫が身を隠した村に住んでいた兄弟で、兄は芸術に才を持ち弟は文武に優れていた。彼等は当時数少ない親龍しんりゅう派の人間だ。

龍を慕い共存を望む親龍派。当時人間社会において存在していた派閥のひとつだ。対して龍の脅威を取り去り人の世を守らんとするのが反龍はんりゅう派。神の加護のもと一切の争いに関わらない神派しんぱも存在していた。まだ人との関わりが薄かったその頃、龍人は人間からしてみると未知なる脅威であり、それゆえ人間達の大多数が反龍派だった。


そのような情勢の中、龍と人との共存を模索し互いが平穏に暮らせる方法を探したのがエナ姫だ。

そしてそんなエナ姫を支え、共に道を切り開いたのが忠臣たる兄弟。

兄はその豊かな感性をもとに絵や歌を通して、龍人への偏見を解消していった。

弟は卓越した武術によりエナ姫を守り、策を練っては反龍派の攻撃をかわして話し合いの場を生み出した。

エナ姫は兄弟に支えられながら、龍に人を害する意思はないのだと説き続ける。

表舞台に立ち、罵声を浴びようとも時に危険な目に遭おうとも、人々に手を差し伸べ続けたエナ姫。

彼女を支持する人間達はやがて少しずつ増えていき、人間と龍人との間に絆が生まれ広がっていった。


絆はいしずえとなり、国が出来上がっていく。

人間達にとってエナ姫を信頼する指標となったのは、エナ姫と従者兄弟との絆だった。

種族の壁を越え3人が手を取り合い生きていく様は多くの人間達の心を動かしたのだ。

苦しい時も楽しい時も嬉しい時もいつも共にあった3人。

エナ姫にとって兄は憧れで弟は同志だった。

やがてエナ姫は歳の近かった弟の方に恋心を抱くようになる。一方の弟もまた笑顔を絶やさず誠実に生きるエナ姫をずいぶん長く思慕していた。

2人の想いを一番に知る兄は、そんな2人を見守りながら応援し支え続けたのだという。

そうして想いは長い年月を経て結ばれ、互いを想い合う強い気持ちは弟を龍へと変えた。

黒い髪目を持つ黒龍。歴史上初めて確認された人間出身の龍の誕生だ。

そしてそんな奇跡はエナ姫を慕い集まった人間達にまで及ぶ。

エナ姫と深く関わり援助をした人々の寿命が総じて延びたのだ。これが龍貴族の誕生である。

奇跡を目の当たりにした人間達、奇跡を耳にした人間達、集う数は束となりやがてエナ姫と元従者である弟・フレイを中心とした国が出来上がった。

数千ほどの年月が流れてもなお存在し続ける奇跡の国、龍国の誕生だ。

そして2人と最も近くにあった兄は、2人が夫婦の契りを交わしたのを見届けると旅に出る。

2人に起きた奇跡を美しい歌と物語にして世界中に語って回ったのだ

こうして今日もエナ姫の人生は多くの人に語り継がれ、輝き続けている。


それが龍国で最も知られる物語、エナ姫の概要だ。

龍国の建国神話とも呼ばれるこの物語、どこまでが真実でどこからが作り話なのか知る者はいないだろう。

しかし実際、世界各地にこの兄の記録が残っている。ある国では兄が書いたとされる絵本が、ある地域では兄が作ったとされる歌が、またとある島では兄によって広められたエナ姫の得意料理が伝統食として今なお残っているのだ。

龍国を作り上げた3人は確かに存在した。

その事実は多くの人々の関心をひき、想像をかきたてた。

だからこそ色あせることなく絶大な人気を誇る童話となって今も語り継がれている。




「夢のある話だよねー、エナ姫。私大好き!」


「ええ。エナ姫とフレイ公は女性ならば一度は憧れるご夫婦です」


「そう、そうなんですよ……っ、私もエナ姫大好きで、だからこの素敵さを何とか子供達にも伝えたいのです」



最近いつも持ち歩いている分厚い本の中身を思い返しながらメイリアーデは苦笑する。

エナ姫は歴史ある物語であり、多くの人によって語り継がれてきた。

だからとてつもなく長くて中身が濃いのだ。

兄弟と出会う前の話、兄弟に出会った時の話、エナ姫が女王になるまでの成長過程、フレイと恋仲になるまでのじれじれとした様子、結ばれた後のこと、兄が芸術家として開花していくまでの物語。

それぞれじっくり丁寧に書かれているためどうしたって詳しく知ろうと思えば本は厚くなる。

最早どれが基の文で、どれが脚色された文なのかすら分かっていない。

長く濃厚な話はそれはそれで面白いのだが、今回聞かせる相手はまだ10代になるかならないかというくらいの子供達。出来る限り簡潔に、しかし中身はしっかりと伝えたい。

勿論、従者達が考えてくれた台本は存在するが、少し手を加え自分らしい語りをしたいともメイリアーデは思うのだ。

と、そこまで考えた時ふとメイリアーデはとある疑問にいきついた。



「ところで、この物語を広めたお兄様は何という名前なのかな? お義姉様、ご存じですか?」


「兄の名前? あー、言われてみれば確かにあまり聞かないね」


「エナ姫やフレイ公からも“お兄様”“兄上”と呼ばれていますものね」


「龍国の歴史書を開けばどの本にもエナ女王やフレイ公の名前は出て来るんです。けれどお兄様のことは見たことがなくて。まるでお兄様は物語だけの住人みたい」



龍国初代女王エナ。

人間から初めて龍になったフレイ。

この2人の名前は、龍国の民ならば……いや、この世界に住まう者ならばほとんどが知っている。

しかし、兄の名は思えば一度も聞いたことがない。その存在と成したことが知られているだけだ。

不思議な話だとメイリアーデは思う。

話の主軸がエナ姫とフレイ公の恋物語だからと、あまり気にかけたことはなかった。

しかしこれだけ重要な人物でありながら名前すら出てこないフレイ公の兄。



「どのような響きの名前だったのかな、フレイ公の兄君は」


「ふふ、メイリアーデ様は本当にエナ姫が大好きなのですね」


「案外いつの時代かの作家先生が“つじつま合わせのため”とか言って書き足した人物だったりしてね」


「うっ……ユーリお姉様、夢のないこと言っちゃだめ」


「あ、ごめんごめん。ついね」



メイリアーデの疑問は、ほんの小さなものだろう。

知ろうと知るまいと人生においてさほど影響のないようなそんな疑問だ。

しかし何故だかメイリアーデは妙な引っかかりを覚える。

何故なのか自分でも上手く説明は出来なかったが、もやもやと心に残るのだ。

だから「うーん」と思わずうめき声をあげるメイリアーデ。




「……何唸ってる、メイリアーデ」


「え、えっ!? ら、ラン兄様!?」



突然響いた低い声に、思わず過剰な反応をしてしまった。

バッと顔を見上げればそこにいるのは次兄のイェランだ。



「あれ、イェラン様? こんなところまでどうしたんですか珍しい」


「お前を迎えに来ただけだ。会議が早く終わった」


「……何か、ありました?」


「…………ない」


「なら良いですけど……」



妃であるユーリは突然現れたイェランに動じることなくのんびりと会話している。

何やら2人にしか分からないようなコンタクトを取っているように感じるのはメイリアーデの気のせいだろうか。

思わずセイラへと顔を向ければ、セイラもまた同じような表情でメイリアーデを見つめていた。

考えていることは同じらしい。

が、2人の口からそれ以上意味深な会話も雰囲気も発せられることはなかった。

次の瞬間にはいつも通りの2人に戻る。



「ごきげんよう、イェラン殿下。連日の公務、お疲れではないですか? どうかお体お労り下さいませ」


「……お心遣い感謝いたします、義姉上。女性同士の交流中に申し訳ございません」


「いいえ、お気になさらず。それよりも何かお急ぎではないのですか? 私達のことはお構いなく」


「いえ、問題ありません。様子を見に来ただけですので」


「そう、ですか。何か起きたわけでないのなら何よりです」



セイラはイェランと会話をする中で下手に触らぬ方が良いと判断したのだろう。

イェランの言葉に頷くと、そのまま笑顔で深追いせずに会話を終了させた。

イェランがそんなセイラに一礼すると、メイリアーデをじっと見つめて小さく息をつく。




「で、何を唸っていたんだお前」


どうやらどうしてもそれが気になるようで、イェランの視線はいささか厳しい。

なぜそんなことを気にするのかメイリアーデには全く見当もつかないが、別に隠すこともないので正直に打ち明けた。



「エナ姫に出て来るフレイ公のお兄様の名前です」


「……名前?」


「はい。今、次の公務のためにエナ姫を読んでいるのですが、ここに出て来るお兄様の名前をそういえば知らないなと思いまして。何だか無性に気になってしまって考え込んでいただけですよ」



告げれば、なぜだかイェランの顔色が強張った。

ナサド同様あまり表情が出てこないイェランにしては珍しいほどの変化。

たかだか童話の話題にそこまで反応する意味が分からずメイリアーデの眉には皺が寄る。




「……フレディー」


「え?」


「フレディーだ。兄の名は」



どうしてイェランがその名を即答できたのか、メイリアーデにはやはり分からない。

しかしフレディーという名前は、意外なところでメイリアーデに深く関わってくることとなる。

そのことに、メイリアーデは当然まだ気づいていなかった。















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