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自由を手にした、その後で

*展開が展開だけに&少し余裕ができたので本日より三日連続更新です。ちゃんとストレス解放はします。



『ミキオよ、どこへ向かっているのだ?』


 陽の光に照らされて、青々と子葉を燃やす森の中を、ミキオは一人足早に進んでいた。

――迷宮都市ってところへ向かおうと思ってね。

『ほう。して何故?』

――勿論、みんなを蘇らせる為さ!


 転移転生術という、死者の魂を呼び寄せ、道具として扱う醜悪な世界。

しかし良く考えてみれば、それは魂を自在に扱っているいる場所だということを表している。


 迷宮都市に存在するという強大な魔術一家シャトー家。

転移転生術を開発したのがその一家というならば、死者の魂を呼び起こし、復活させる術がある筈。

加えてシャトー家は、この世界を二分する巨大な勢力。


――きっとある筈だ、手がかりが。みんなを、智を復活させる手立てがきっと!


 ミキオはそう信じて疑わなかった。

そしてここから彼の100年が始まったのだった。



……

……

……



 シャトー家へ近づく最も早くて良い手段。

それはシャトー家が総代表を務める戦闘職の共同組合”ギルド”へ正式に登録し、名を上げることだった。

 迷宮都市へたどり着くなり、すぐさま登録を済ませたミキオ。

そして彼は毎日、飽きることなく迷宮へ潜り続けた。


 DRアイテムの力は凄まじく、彼は次々とギルドの依頼をこなして、ランクを上げて行く。

しかしある日、ミキオは自分の身体に異変を感じ始めた。


 それまで思うがままに動いていた体に僅かな遅れが生じ始める。

つい昨日まで簡単にこなせていたクエストが、少々難儀に感じられるようになった。


『ふむ、どうやらミキオの身体が私の力に耐えきれなくなっているようだな。このままでは君はいずれ私の力を扱いきれず自滅するであろう』


 苦笑いしかできないダンタリオンの宣告。

ミキオは既にオランジュクラスまで上り詰めてはいたが、加わったのは極めて最近のこと。

もっと抜き出なければ、シャトー家の御眼鏡にかなうことは無い。


――どうしたらいいんだ? 俺はどうしたら……このままじゃみんなの復活は……!

『しかし安心するが良い』


 するとダンタリオンは目いっぱい魔力を込めたミキオの幻影を作り出す。

今の自分と見比べると、やや若いように見えた。


――これは?

『ミキオと私が契約した時点の君の姿を再現した。これへ転送テレポートの魔法で、君の意識から一切合切を移すのだ。そうすれば問題は無い』

――へぇ、こんなことができるんだ。

『ああ。君は衰えを知らず、戦い続けることができるのだよ』


 まるで脱皮のように感じた。少し気味が悪いとも思った。

だが、迷っている時間さえも勿体ないとも思った。

 ミキオは自分の記憶、経験、想い、一切合財を魔力へ変換し、転送の力で幻影に流し込む。


「おっ、こりゃすごい!」


 幻影とは思いえない程、身体がしっくりと馴染んだ。

目の前には抜け殻のように横たわる、疲れ切った自分の姿。

ミキオはそんな自分自身の肉体へ背を向けて、軽々と迷宮の中へ飛び込んでいった。


 ミキオは無限に近い時間を手に入れた。

少しでも体に衰えを感じれば幻影を生み出し、そこへ意識を全て転送する。

それを繰り返し、彼は若い肉体を保ったまま、ただひたすら戦い続ける。


 トレードマークの白髪と、閃光のような素早さ。

彼が現れればどんな難敵でも一撃粉砕。

そんなミキオはやがて”白閃光ホワイトグリント”という二つ名で呼ばれるようになった。

そして数十年後、彼はシャトー家の本拠地であるカベルネ城へ招聘される。


「貴方が、白閃光ホワイトグリントのミキオ=マツカタ君? 可愛いわねぇ」


 妖艶な美貌を備えた魔女のような女。

1972代シャトー家当主ダルマイヤック=シャトーの御眼鏡に遂にかなった瞬間だった。

 千載一遇のこのチャンスを逃すまい。

そう思ったミキオは依頼された序列60位迷宮ヴァプラ攻略を見事成功させ、DRアイテムをシャトー家へ献上した。

しかしそれだけで、彼は認められなかった。

成果を上げただけは足りなかった。

だからこそミキオは、自分の気持ちを堪えて、ダルマイヤックの誘いに乗ることにした。



「ミキオ君、上手になったわね。嬉しいわ。ふふっ……」


 シャトー家の現当主:ダルマイヤックは満足げにベッドの上でミキオの髪を撫でる。


「ありがとうございます。これも全てダルマイヤック様が、丁寧に手ほどきをしてくださったからです」


 ミキオは本当の気持ちを堪えて、ダルマイヤックの不気味なほど美しい肌に、身を委ねる。

 好色で有名なダルマイヤック=シャトー。

その点でも、ミキオは彼女の御眼鏡に叶ったようだった。

功績を上げるだけでは、認められない。

それはバスティーヤの頃、痛いほど思い知った。

もう二度と同じ轍は踏むまいと心を誓った。そして目的のためなら手段は択ばないと決めた。

例え、それが本当に愛する人を裏切る行為であったとしても。


――ごめんね、智。でも、全部は君やみんなのためなんだ。許して……



 そうした様々な努力が実を結び、ついに彼はダルマイヤック=シャトーより、オランジュクラスを超える、最高位:ブラッククラスの称号を手にした。

 史上初のブラッククラスとなったミキオはシャトー家へ迎え入れられる。

そして念願がかなった彼は、密かに”転移転生術”の研究を始めるのだった。


 ブラッククラスとして活動とダルマイヤックの求めに応じる日々。

 その合間を縫ってでの、研究。

 ミキオは懸命に研究をつづけた。また最愛の人と、大切な仲間たちを再会する日を願って……



……

……

……



「ダメだ……くそっ!」


 ミキオは自分の魔術研究室で憤慨し、机の上にある実験器機を全て薙ぎ払った。

途方もない時間をかけて収集した資料、ダルマイヤックに奉仕することで手に入れた膨大な魔法の知識。

しかしそれは全て無意味だった。


 転移転生術。

それは現世と死後の世界の間に存在する、この世界ならではの力であった。

昇天する魂はおしなべてこの世界を通過する。

そうした魂を捉え、そこに刻まれた情報を元に、身体を再生する術。

ただそれだけだったのだ。

この世界で昇天した魂は即時に死後の世界へ向かってしまう。

そうなってしまってはもはや手の施しようがない。

この世界で死んだ存在を蘇らせるなどもっての外。


――俺の100年は一体なんだったんだ……一体……!



 ミキオは深い絶望に落ちる。

そして彼はブラッククラスの称号を捨て、シャトー家から姿を消す。

今から125年前の話である。



●●●



『ミキオよ、いつまで寝ているつもりだ?』


 もう何度も聞いたダンタリオンの問い。

それを無視して、ミキオは大岩の上で寝返りを打った。

この時のミキオは”抜け殻”同然だった。


――身体が重いなぁ……


 食べては寝てを繰り返す日々。ただ怠惰で、無気力な日々。

そんな生活は当然、彼の身体は酷い有様だった。

 白髪はぼさぼさに伸び切り、かつて引き締まっていた体は脂肪ばかりが着いてみすぼらしいことこの上なし。


しかしそれはミキオにとって些末な問題でしかない。

 幻影で若い肉体を作り出し、怠惰の象徴たる古い身体を捨てて、若返る。

その繰り返しだった。

それでも彼は、”約束”があったから生き続けていた。



――「幹夫……貴方は生きて、私の、私たちの分まで……ッ!」――



 もう百年以上前に聞いた、最愛の人の言葉。

とっくに風化しても良い筈なのに、その言葉は未だミキオの中で、まるで昨日のことのように生き続けていた。

 幻影を生み出さなけれれば、ミキオは自然と朽ち果て、その生涯を終える。

だがそうすることは智との約束を反故にすることと、彼は思っていた。

だからこそ彼はどんなに退屈でも、気力が湧かなくても生き続ける。


 それが200年目を生きる、ミキオ=マツカタの姿だった。


……

……

……


「なにするよ、いきなり!?」

「違う。お前は智じゃない! 智じゃないんだ! 失せろ! さっさと!」

「わ、訳わかんない! 幾ら買ったからってなんでも好きにしていい訳じゃないんだからね! 最っ低ッ!」


 売春婦は長い黒髪を振り乱しながら、宿の扉を壊れんばかりの勢いで閉めて立ち去る。

ミキオは特に気にした素振りを見せず、ベッドへ背中を預ける。

性欲を満たした筈なのに、満足感は無く、空しさが彼を襲った。


「智じゃない、か……あはは……当たり前じゃん、そんなの……バカかよ、俺……」


 自分自身へそう言い聞かせる。

もう何度、そうしてきたか、数えるのも面倒だった。

 毎度同じことの繰り返し。

しかし、やはり街で長い黒髪の女性をみつけると、何故か胸が高鳴り、声を掛けてしまう。

黒髪の女性を見ると、何故か智と姿を重ねてしまい、声を掛けてしまっていた。

それでも所詮は偽物。そもそも金で釣りあげられる女なんかが、智と同じはずがない。


――だって、智はもう死んでしまったのだから……


 もう彼女に会うことはできない。

触れることは叶わない。

抱くなど持っての他。

そう思うと、いつものように後悔が押し寄せ、ミキオは一人涙する。


――どうして俺はあの時、智を抱かなかったんだろうか……


 百年前の星空の下。どうして自分は智を受け入れなかったのか。


――バカかよ。カッコつけて良い場所とか雰囲気とか、ガキかよ。


 過ぎ去ってしまった時間。もう二度とは訪れない瞬間。

きっと、あの時、智を抱いてさえいれば、ここまで寂しさが募ることは無かっただろう。


「クソッ! なんで俺は……クソッ! クソッ! 糞ぉっ……智ぉ……なんでお前はぁ……!!」


 決して満たされることの無い渇きがミキオを苛む。

しかしミキオはまた繰り返す。

今は亡き、最愛の人の影を追って、同じことを何年も……



……

……

……



 もはや限界だった。

ミキオは森の中で呆然と夜空を見上げていた。

自由を手にして今日で丁度225年。


 酒を飲むのも飽きた。

旨いものを食べるのも飽きた。

戦うことも、蹂躙することも飽きた。

智の影を追って、誰かを抱くのはもうこりごりだった。


『ミキオよ、よもや君は死を考えては居らぬか?』


 もう聞きなれたダンタリオンの声に、


――うん。もう良いかなってね。疲れたよ、もう……

『そうか……。なら、一つ提案がある。もし君が死を望むなら、君の身体を私にくれないだろうか?』

――俺の身体を?」

『そうだ。君の精神を昇天させ、その身体を私が扱うのだ。実を云うと、これが私達魔神の目的でな。どうだろうか?』


 自分のことなどどうでも良かった。

むしろ、この身体をダンタリオンが有効活用してくれるのなら、これまで力を貸してくれた魔神へ恩返しができるというもの。


――良いよ、もう。俺の身体を好きに使って。


 ミキオがそう念じると、内側にいるダンタリオンが笑みを浮かべたような気がした。


『心得た! ならば頂くぞ、君の身体を!』


 ミキオはそっと目を閉じ、瞼へ大切な人たちを思い浮かべた。

そしてもっと早くこうするべきだったと気づいた。


 きっと向こうの世界には風太や景昭、望に、そして智が待ってくれてい筈。


――みんな、待たせて悪かったね。今そっちへ……



「はぁ、はぁ、はぁ……んっ、はぁ……!」


 ふと、ミキオの耳が微かな息遣いを聞き取った。

何故か胸がざわつき、ずっと靄のかかっていたような頭が明瞭さを取り戻す。


――ダンタリオン、ストップ!

『むっ? なんだミキオ。どうかしたか?』


 ミキオの指示がダンタリオンの魔力を抑制した。

 すくっと立ち上がり、耳を欹てる。

 やはり聞こえる、微かな息遣い。


 きっと何かから逃げているのだろう。

この200年、そんな声は飽きるほど迷宮の中で聞いたし、特別珍しいものでもない。

だが妙に胸がざわつき、居ても経っても居られなくなったミキオは走り出した。


 森の中を駆け抜け、微かな声を探り前へと進む。

そして、


「大丈夫か!?」


 彼の目前では髪の間から猫のような耳を生やした少女がうつぶせに倒れ込んでいる。

疲れ切っているのか肩が上下するだけで起き上がる気配は見られない。

 身なりはおよそ服とは言えない襤褸を着ているだけ。

 思わずミキオは少女を抱き起した。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「マジかよ……? これって……」


 抱き起した獣の耳を持つ少女。

彼女の顔立ちは、200年前に死んだ”森川 望”に瓜二つだった。


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