閑話:通い妻ラフィ(*ラフィ視点)
――ケンさんのお着換え良し! リーちゃんへの子供たちのお手紙良し! ムーさんへのお酒良し! あとは……
念のための最終確認。
部屋には衣服や食材、武器の素材に、酒類まで所せましと並んでいる。
指さしで一つ一つ丁寧に確認し、忘れ物が無いと納得したラフィは脇に置いてある立派で豪華な宝箱を開く。
その箱はラフィが抱えるには大きいが、用意した荷物に対しては心もとないほど小さかった。
しかし沢山の荷物はスイスイと、その小さな箱へ吸い込まれるように収まってゆく。
山のようにあったケンの着替え、買いそろえた食材、その他もろもろは全てその小さな箱へ収まってしまった。
LRアイテム:アイテムボックス(Lサイズ)
ムートンからラフィへ贈られたもので、その容量はざっと換算しても荷馬車数台分はくだらない。
その上、満杯にモノを収納しても、重量負荷は箱の重さだけ。
しかし立派な金属で補強されているソレは立派な体躯の男性であっても難儀する重さである。本来はこれは馬車に積み込み、使うものなのだが、
「うんしょっと」
ラフィは重厚な箱を布のリュックのように軽々と背負う。
元奴隷兵士として鍛え、今ではレベル80にまで達した彼女にとって、その程度の芸当など朝飯前なのだった。
「姉さん! お気をつけて!」
「いってらしゃい、ラフィ!」
マルゴと子供たちの見送りを受けて、ラフィは大きな箱を担いで、足早に村を跡にした。
はやる気持ちは自然と歩調を強くし、尻尾は意図せずブンブンと横へ触れる。
待ち望んでいた迷宮都市へ通う日。
しかも今回は、
――久々にケンさんに会える! 早く会いたい! 一杯お話したい!
ラフィが心から愛する人あり、世界最強の称号ブラッククラスを持つ、史上六番目の男:ケン=スガワラ。
今、彼は世界を二分する名家シャトー家当主の補佐官として、忙しい日々を送っている。
彼自身、自分の作った村で過ごしたい気持ちはあるらしい。
しかしシャトー家の本拠地である迷宮都市のカベルネ城を拠点とした方が、何かと都合がいいそうだ。故に彼は今、主にカベルネ城で過ごし、村に帰ってくることは滅多に無くなっていた。
彼が忙しいのも分かるし、事情も承知している。
本当は村に帰ってきて欲しいし、以前のように毎日一緒に居たい。
だけどそれは我がままだと思う。
シャトー家の大事な仕事に従事している彼の負担になってしまう。
彼を応援したい、負担にはなりたくはない。
そうは思えど――やはり寂しいのもまた事実だった。
何か、彼を応援しつつ、この寂しさを埋める方法は何かないか。
そう考えた時、ラフィは”自分が通えば良い”というアイディアに行き着いた。
何かとかこつけて、カベルネ城へ荷物を持ってくという名目で通えばいい。
村で帰りを待っているよりは遥かに良い。
我ながら良いアイディアだとラフィは思っていたのだが、現実はそう甘くは無かった。
やはり多忙な彼とはすれ違いばかり。
荷物を置いて寂しく帰ること、星の数の如く。
だがしかし、今回ばかりは事情が違う。
そうしたラフィの寂しさに気付いてか彼は二日間の休暇を、しかもわざわざ早文で伝えてきたのだ。
必ず会える。
その事実はラフィへ戦いの時のように力を漲らせ、道行くその速度は風の如く、嵐の如くであった。
森を抜け、多数の人や馬車が往来する街道に降り立つ。
ここをまっすぐ本気で走れば半日足らずで迷宮都市に到達できる。
だがその半日の時間が惜しかった。
少しでも早くラフィは愛する彼に会いたかった。
――ごめんなさいケンさん。あの道使います。
だって早く貴方に逢いたいんですからっ!
ラフィは内心そう彼へ謝って街道を外れ、再び森の中へと飛び込んだ。
重い箱を背負って颯爽と広葉樹の森を駆け抜け、目的の洞穴を見つけて、迷わず飛び込む。
迷宮都市は六位迷宮アモンを改造して造られた都市。
今でも多くの枝洞窟と繋がっている。
内部には数多のモンスターが生息し、危険極まりないが、迷宮都市へ向かうには最も早い道である。
ラフィは気持ちを半分を迷宮の危険回避へ、しかし半分はやはり彼への思慕にして、寒々しく、暗い迷宮の中を突き進む。
そんな彼女の行く手を脂ぎったオークが塞いだ。
オークは女のラフィの匂いを嗅ぎ取り、醜悪な笑みを浮かべ、嬉々と襲い掛かってくる。
「やぁっ!」
「グギャっ!!」
だがラフィの鋭い蹴りが先頭のオークを岩壁へ叩きつける。
オークは潰れ、ずるずると倒れた。
オーク共へ一斉に動揺が走る。
ラフィは呼吸を整え、構える。
そして醜悪なモンスターを鋭く睨んだ。
「そこを退きなさい。さっさと退けば良し。さもなくば……」
「ウゴオォォォ!」
「消えて貰います!」
重い箱を背負ったラフィの姿が闇に消える。
オーク共はどこかどこかと視線を右往左往させる。
「ギャッ!」
一匹のオークが悲鳴が聞こえた。
矢継ぎ早に横なぎの鋭い殴打が別のオークを捉える。
二つ、三つ、四つ……一つだった悲鳴がほぼ同じタイミングで重なり始める。
そして数十匹のオークは一斉に悲鳴を上げ、潰れ、血飛沫を上げた。
「よっと」
ラフィはオークの血飛沫がかからない地点へ軽く降り立つ。
靴のつま先を血振りし、後ろを振り向きもせず、再び走り始めた。
「ゴアアアアッ!」
広い石室にたどり着いた途端、地面が割れ、巨大な影がラフィへ落ちる。
見上げるほど巨体。
筋骨隆々で、常に憤怒の形相を浮かべる魔物。
オーガは鋭い牙を覗かせ、ギロリとラフィを睥睨する。
「あちゃーでちゃったよ……なんでこういう時に……」
ラフィはため息を着くばかりで、驚く様子を微塵も見せない。
それがオーガの勘に触ったのだろう。
激しい咆哮を上げながら、岩のような拳が叩き落される。
しかし既にそこにラフィの姿は無い。
彼女は重い箱を背負ったまま宙を舞い、尻尾ごとひらりと身をひるがえす。
「はいぃっ!」
バシン、とオーガの頬をラフィの蹴りが捉えた。
一瞬、オーガは怯んだ様子を見せるも、忌々しそうな視線でラフィを睨む。
「やっぱこれじゃだめかぁ……」
「ガアァァァ!」
オーガは羽虫を叩くように腕を凪ぐ。
流石のラフィも避けきれず、そのまま岩壁へ勢いよく叩きつけられる。
「あいたた……って、わわっ!? うそでしょ!? 最悪!!」
岩壁に叩きつけられた衝撃で、スカートの裾が少し破れてしまっていた。
彼女の大のお気に入りで、彼から彼女へ贈られた大切な洋服だった。
ラフィはスッと、静かに地面へ降り立つ。
そして背負っていた箱を背中から降ろした。
尻尾が思わず怒りで逆立つ。
「確かに油断したわたしがいけない……だけど……」
「ウガァァァ!」
「お前は許さない! 絶対に! 狼牙拳で叩き潰してやる! 覚悟しろッ!」
気持ちを完全に奴隷兵士時代に切り替えたラフィは、勢いよく地面を蹴った。
オーガの拳をひらりとかわし一気に飛び上がる。
「狼牙爪脚!」
目にもとまらぬ速度の連脚が空を切る。
魔力の籠った彼女の足は空気を押し出し、成形させ、無数の刃へと変化させた。
無数の空気の刃がオーガを切り裂き、その場へ釘付ける。
「狼牙脚!」
「ガッ!?」
通常の蹴りとは比較にならない衝撃がオーガの頬を殴打した。
巨体がふわりと宙を舞う。
その時既に、地面に降り立っていたラフィは足元へ紫紺に輝く魔力の塊を形成していた。
「狼牙流星脚ッ!」
蹴りだされた魔力の塊が地面を砕き、空気を引き裂きながらまっすぐとオーガへ突き進む。
「ウガアアア――……ッ!」
魔力の塊はオーガを飲み込み、崩壊へ導く。
骨は愚か、塵一つ残らず、オーガはその場から消え去るのだった。
「ああ、もう、身体の傷だったら治せるのに……」
少し破れたスカートの裾へ視線を落とし、愚痴をポツリ。
拳闘士でありながら、回復士でもあるラフィ。
しかし流石の回復魔法も、物に対して効果を発揮することはできない。
「街道通れば良かったなぁ……」
ラフィはそう反省しつつ、アイテムボックスを背負いなおし、さっさとその場を跡のするのだった。
それから先も平穏無事とは行かなかった。
無数のオーク、バジリスクに、三体ものオーガ。
どうして今日に限って、こんなにたくさんのモンスターと出会ってしまうのかと、ラフィはため息を漏らし続ける。
彼女が決して負けることはない。
しかし対処するには相応の時間がかかってしまう。
結局、街道を進むよりも、少し遅れてラフィはようやく目的地である迷宮都市に降り立つのだった。
汗だくで、服は埃塗れ。
しかも裾がほんのわずかだが破れてしまっている。
本当はこんな汚い格好で彼には会いたくない。
だけど、彼と多くの時間を一緒にするならば、そんなことを言っている場合ではなかった。
――早く行かないと! 早く!
ラフィは無我夢中で迷宮都市へ降りたつ。
過日の反乱事件より時間が経ち、迷宮都市はかつての華やかさを取り戻していた。
今や道行く人々も多く、思うように駆け抜けることができない。
しかしそれでもラフィは少しでも早くと強く思いつつ、周りに迷惑を掛けない程度に人々の合間を縫ってひた走る。
迷宮都市の中心部、彼が待ってくれているカベルネ城をまっすぐ目指して。
――早く、早くケンさんに……
「あっ!?」
つま先が道路を覆うレンガに引っ掛かり、前のめりに転んでしまった。
瞬間、彼女の耳が馬の唸りを聞き取る。
転んだラフィに向けて、黒塗りの馬車が猛スピードで迫ってきている。
流石にこれはマズい。
来る衝撃に備えるべく、ラフィは身を固める。
しかしいつまで経っても予想していた衝撃は来ず。
馬車は寸前のところで止まってくれていたのだった。
「ラフィ!? 大丈夫!?」
突然、親友の声が聞こえて、ラフィの胸は高鳴った。
「ムーさん!」
ラフィは飛び起きる。
馬車に乗っていたのは迷宮都市の支配者であり、世界を二分するシャトー家の長。
1973代シャトー家当主となったムートン=シャトーであった。
仕事だったのだろうか、目が冴えるほど美しい青の色合いのドレスを来たムートンは心配そうにラフィの肩を抱く。
「怪我はない? どこか痛くない? こんなボロボロでどうしたの?」
「えっと、あはは、ちょっと色々ありまして……怪我はないんで大丈夫です!」
ラフィが元気よく尻尾を振りながら答えると、ムートンはホッと胸を撫でおろした。
「そっか、良かった。今日はこっちに来る日だっけ?」
「はいっ! 今日はケンさんに会える日ですっ!」
「師匠……黒皇殿と?」
ムートンは慌てて言い直す。
周りの目を気にしている、ムートンの配慮だった。
「はいっ! 今日から二日間お休みだって手紙貰いまして!」
「あーえっと……」
何故かムートンは苦笑い気味に頬を掻く。
「ムーさん?」
「今、居ないよ……?」
「へっ? いまいない?」
ラフィは思わずオウム返しをする。
ムートンは更に苦笑いを強めた。
「違法ギルドの内偵がどうのうこうのって、今朝慌てて出ってたけど……」
「あわててでていった?……お帰りは?」
「さ、さぁ……」
ラフィの中で何が音を立てて崩れた。
迷宮での苦労は一体何だったのか。
むしろ、この日のために寂しさを堪えて、たくさん話したいことを考えて、食べさせた料理のレシピを頭に叩き込んで、一生懸命荷造りして、重い荷物も背負って、大切なスカートを破ってまでも急いでここまで来て、
――それなのに、それなのに!
もはや寂しさとか、愕然とかではなかった。
ただただ真っ赤に燃える炎のような感情が沸き起こるだけだった。
「ケンさんの、バカァァァァァァーーッ! 居るって言ったんだったらいろぉーっ! うわぁぁぁ~~~ん!」
ラフィの壮絶な怒りの咆哮が迷宮都市に響き渡る。
流石のムートンも、そんな彼女をなだめるのに、かなりの時間を要するのだった。




