私が帰る場所
「膨大な魔力を生み出すこの子に心酔しておる魔族も多かったでのう、命を賭して抵抗したのじゃろう」
「でも……封印してくれたのがミナトで良かった。貴方がハヤトが無事に日本に戻れたって教えてくれたから、私、安心して眠りにつけた」
寂し気に微笑んで、アイリーンさんは思い出したように私を見た。
「あなたも、日本に帰りたいのね。ハヤトも日本に帰りたいって言ったわ。……ねえ、どうして? ハヤトみたいに日本に恋人がいるから? それなら、私」
うわ、また泣いちゃいそう。これが魔王だなんて、調子が狂いっぱなしなんだけど。
「いや、恋人はいなかったけど」
「じゃあ、どうして」
だっていきなり召喚されたんだよ?
家族にも友達にも一生会えないなんて悲しすぎる。お気に入りの服もおいしいレストランも、かわいいカフェも、見たかったテレビも、なんてことない日常の中にだって、楽しかった忘れられない物がたくさんあるんだよ。
仕事だってやっと軌道にのったとこだったし、毎日大変だったけどそれでも私は充実してた。
「それでもやっぱり帰りたいよ、大切なものがたくさんあるんだもの」
「……ねぇそれは、そこの男の人より、大切なものなの?」
アイリーンさんの瞳は、まっすぐにアルバを見ていた。
「あの不愉快な貴族の子が言ってたじゃない。その人、貴女の大切な人なんでしょう? ねぇ、どうしてその人と一緒にいることよりも日本に帰ることの方がだいじなの?」
それはもしかしたら、アイリーンさんがハヤトさんに聞きたかったことなのかも知れない。だって、その瞳からはまた涙が零れ落ちそうになってるから。
ごめんね、私はハヤトさんじゃないから、彼の本当の気持ちは分からない。私は、私が出した答えしか伝えられないよ。心の中で密かに詫びる。
答える前に、ついアルバを見上げてしまった。
うわ、アルバったら珍しくめっちゃ緊張した顔してる。こんな顔、初めて見たよ。……それでも、口は出さないでいてくれるんだね。
思えばアルバっていつもそうだった。
自分の考えは基本的に言ってくれるし、注意や助言だってしてくれるけど、私が決めるべき時はちゃんと黙って見守ってくれる。きっとそれが、一緒にいて気楽で、心地良い理由だったのかもね。
アルバに微笑んで見せてから、私はアイリーンさんに答えを返す。
「私、この世界に召喚されてからの二年間、ずっと、日本に帰る事だけを心の支えに生きてきたの」
ぐす、とすすりあげてアイリーンさんが恨みがましい目で見てくる。
「家族も友人も仕事もあるあの場所は、なんていうかさ、そうだなぁ……『私が帰る場所』なんだよね」
「……」
「でもね、この世界で大切な人も見つけたから……絶対に一緒に日本に帰りたいの。ええと、悪いんだけど、一緒に日本に送還して欲しいんです。よろしくお願いします!」
睨まれた。当たり前だ、アイリーンさんの話を聞いたうえでこれ言うの、めっちゃ勇気いったもん。




