呪ったの、この世の総てを
「……ハヤトにはもとの世界に恋人がいる、ハヤトはずっと日本に帰りたがっていたって、そう聞いて……私、彼を逃がそうと思ったの」
人目を忍んで牢を訪れた彼女は、驚愕した。
「やせ細って、鞭でぶたれた跡がたくさんあったわ。私、神殿の人達がこんな酷いことをハヤトにしているだなんて、想像したことも無かったの」
彼女の両手は膝の上のドレスを握りしめていて、その上にポタポタと涙がいくつも落ちていく。龍王が、その手を優しく撫でていた。
ハヤトがいなくなって、神殿の人達が信じられなくなって。
悲しくて。
悔しくて。
苦しくて。
……恋しくて。
「気が付いたら、力がコントロールできなくなっていたの」
彼女が地から汲みあげて増幅する魔力は瘴気と化し、多くの人が、動物が、魔物と化した。
「何度も殺されそうになったわ。皆、狂ったように私を殺そうとするの、バケモノって叫びながら」
「でも、君は死ねないからねぇ」
気の毒そうに賢者が言う。
勝手に地から汲み上げる魔力は、彼女が望まなくても即座に傷を修復する。いつの間にか彼女は、殺されても死ねず、老いすらしない体になっていた。
「何度も何度も普通だったら死ぬほどの怪我を負わされるのよ? そのたびに思い出したくもない言葉でののしられながら。……辛くて、辛くて」
絞り出されるように発される声は、鈴を転がすような愛らしいものから、低く陰鬱なものへと変わっていく。
「呪ったの、この世の総てを」
「もうその頃には神殿は放棄されてのう、この子は毎日一人で泣いておったよ」
龍王はと小さな翼をパタパタとはためかせて飛ぶと、労わるように魔王の頭をよしよしと撫でる。
「儂も太古より生きてきたでのう、大きな力を持つが故の孤独も悲哀も身に染みておる。人がこの子を捨てるなら、儂ら魔の者が守ろうと思ったのじゃ」
やがて彼女の瘴気を吸って成長した魔物たちの中から、強大な力を持つものが現れ始めた。
「もうそこからはお決まりのコースでさ、このカールロッカ大陸は魔物と魔族に支配される『魔国』になった」
「ああ、聞いたことあるな。千年ほど前は魔王の支配下で、人が棲める領域は今の王都近辺くらいだったって」
「そうそう、さすがにこのでかい大陸を『魔族』なんていうワケ分からない凶暴なのが席巻したらさぁ、さすがに海で隔たりがあるとはいっても他の国も危機感、感じるでしょ? なんせ相手には翼があるものも、海を渡れるものも多いしね。で、召喚されたのが僕らってわけ」
やっとアルバも知るレベルのところまで話が到達したらしい。魔王と呼ばれる彼女は、私の想像も及ばない程、辛い人生を生きてきたのだ。
「大変だったよー彼女を封印するの。魔族めっちゃ強いし、死ぬ気で抵抗してくるし」
「当たり前だろ、テリトリーを冒されりゃ動物でも牙をむく」
随分と久しぶりに、ハクエンちゃんがしゃべった。不機嫌そうなしっぽが可愛い。




