大地が死んだ、そのわけは
「彼女は……」
言いかけて、賢者サマは顎に手を当てたまま、しばらく逡巡した。
「そこの王家の人達にも聞いてもらおうかな。この国の、秘められた歴史に関することだからねぇ」
「近寄らせないで」
「はいはい、じゃあ声を拡声する方向で」
嫌そうに眉根を寄せる魔王をなだめつつ、賢者サマはその場にゆったりと腰を下ろした。
賢者サマに促され玉座についた魔王の膝にはボールみたいに丸まった龍王が、そして彼女の後ろに控えるように不死王も大人しく立っている。
ハクエンちゃんは一瞬小首を傾げた後、魔王と私とアルバの顔を見比べて、無言で私の膝にのぼってくるとくつろいだようにまあるくなった。
なによもう、ちょっと嬉しいじゃない。
そんな私達とちょっと離れた場所で立たされている第二王子達を一瞥し、賢者サマは静かな声で語り始めた。
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「むかーしむかし、千年よりもっと昔の話だよ。今となっては魔王なんて呼ばれてるアイリーンは、そもそもはこの地に生まれた『聖女』だったんだ」
そんな語り出しから始まった賢者サマの話は、このカールロッカという大陸と人々が辿った、第二王子達でさえ知らないような不幸な歴史だった。
千年よりもっと昔、この大陸は今よりもずっとずっと栄えていた時期があったらしい。
繁栄を極めたその時代、下町にひとりの少女が生まれ落ちる。後に魔王と恐れられる、このアイリーンという少女は、長じるにつれ不思議な力を顕現するようになった。
その地に内在する魔力を増幅し利用する……まるで油田のような能力を持って生まれた彼女を、人々はこぞって『聖女』と呼んで崇拝した。
「そう、それこそこんな御大層な神殿を造っちゃうくらいにはね」
賢者サマが大きく両手を広げて天井を振り仰ぐ。高い高い湾曲した天井には、色とりどりのステンドグラスが夕暮れの光を浴びてキラキラと輝いていた。
そうか、教会みたいって思ったけど、なるほどここはもともと神殿として建てられたんだ。
その崇拝の度合いが分かる、大きな建物。そして、建設技術も今とは比べられない。賢者サマが言っていたように、本当に今よりも技術レベルが高い時期が確実にあったんだろう。
「異世界から召喚した聖女じゃなくて、この地に生まれた聖女ってことか」
「そうよ、聖女どころかまるで女神みたいに崇められたわ」
アルバの問いに、魔王自らが答えてくれる。でもその声は、どこか寂し気だった。
「なのに、なんで魔王なんて呼ばれてるんだ?」
「……魔を、生むようになったからよ」
彼女を変えたのは、たった一人の男だった。
ある日、異界から迷い込んだという男が、王室の勅命で神殿に供された。裏でどんな目論見があって彼が神殿に送り込まれたのかは分からない。
でも、聖女とは違う不思議な力を顕現する彼に、違う世界の話を楽し気にする彼に、自分を聖女ではなく普通の女の子として扱ってくれる彼に。
「恋をしたの」
そう言って、魔王は照れたように笑った。




