まさかの、魔王に自己紹介。
「いやだ、貴族がこの城にいるだなんて怖気が走るわ。グレンったらわざわざ連れてこないでちょうだい」
口を開こうとした私を、高く綺麗な声が遮った。
「ご、ごめんよ愛しい人。僕、そんなつもりじゃなかったんだ」
「酷いわ、私が貴族なんか大嫌いなこと、知ってるくせに。第一、ハヤトの偽物なんかいらないの。私はハヤトの中身が好きなんだもの」
オロオロする不死王からプイ、と顔をそむける彼女。それを横目で見ながら、私は地味に困っていた。
ええと。どうしよう。完全に話の腰を折られた。
あ、でも、アルバのゲンコツが効いたのか、クルクル金髪まき毛の目はどんよりした生気のない目から、霧が晴れたようにいつものブルーアイズに戻っている。泣きはらしてはいるけどね。
困っていたら、クルクル金髪まき毛と目が合ってしまった。
気まずい。
言いたいことは山ほどあるのに、話の腰を折られたせいで、勢いが削がれて今さら言いにくいんだけど。
目を逸らすのもなんだからとりあえず視線を外さずにいたら、向こうの方が根負けしたのがフイ、と視線を逸らした。
「……僕は……僕だって」
石造りの床に、ポタポタと雫が落ちる。固く握りしめたクルクル金髪まき毛の拳が、フルフルと震えていた。
「……ごめん」
蚊が泣くような声で。
それだけを口にしたクルクル金髪まき毛は、耐え切れなくなったように私から背を向ける。逃げるように走りさろうとして、途中で床に転がったままの第二王子に気が付いたらしく、今度はそっちで右往左往し始めた。
第二王子達、ろくにしゃべれないし動きも制限されてるから、今まで空気だったもんね。
「は、素直じゃねーなぁ」
「素直だったらああは育ってないでしょ」
アルバのぼやきに軽口を返していたら。賢者サマが「やれやれ、やっと落ち着いたねぇ」なんて、いつもののんびり口調で呟いた。
「そんじゃあ、魔王様の説得を試みてみましょうかね」
そう言って、賢者サマは今度は魔王アイリーンに微笑みかけた。
「ねえアイリーン、君の大っ嫌いな貴族にひと泡ふかせた上に、兄貴にも会える妙案があるんだけど、どう? 聞いてみない?」
「ハヤトに?」
黒目がちな目でじっと賢者サマを見つめていた彼女は、「本当にハヤトに会えるの……?」とひとりごちると、大きな目いっぱいに涙を溜めて、小さくひとつ頷いた。
それを確かめて、賢者サマは私を手招きする。アルバと共に、私は慎重に柩の方へと歩み寄る。
「アイリーン、この人はキッカ。僕や兄貴と同じ日本人だ。魔に侵されたこの土地を浄化するために、君の嫌いな貴族が僕の世界から召喚した人でね……とても日本に帰りたがっている」
「ええと、キッカです。よろしく」
まさかの魔王に自己紹介。この流れは考えてなかったわ。




