【リーン視点】僕が、守りたかった
僕もルッカス様もグレオスさんも、結局は魔王城へ入る事を選んだ。
古の賢者だと名乗る怪しい男の言葉は妙に説得力があったし、なによりその実力は彼が賢者であると信じるに足るものだったから。
召喚術を成功させるほどの魔力と実力を兼ね備えた師匠でも、あんなに息をするように高位魔法をバンバンは使えない。
彼の力は、それほど突出したものだった。
きっと、どれだけ長い時を経ても僕があの力の頂に達するのは難しいだろう。彼の魔法陣はとても美しくて無駄がない。今ある魔法陣の無駄をすべて削ぎ落してシンプルに構築しなおしたらきっとああなるんだろう、という実感がある。
彼の魔法が長い年月を経て、伝承されるうちに変形し今の形となったものも多いんだろう。
僕の今の心境はとても複雑だ。
魔王を復活させたりしたら世界はどうなってしまうのかという恐怖。あの賢者に太刀打ちできない不甲斐なさ。キッカさんやアルバはなぜ止めてくれないのかという憤り。
でもその感情の波が過ぎたあとに湧き出てきたのは、魔王という強大な力を封じた魔法陣への興味や、賢者の操る魔術をもっと見たいと言う欲望。それが、確かに僕の中にはあった。
お師さまもきっと、目を覚ませばこれから僕が目にするであろう光景を幸運と喜び、一緒に魔法陣を研究しようと血走った目で言うだろう。
こんな状況なのに、僕もどうしようもなく魔術の虜なんだな、と思い知る。
思考しながら歩いている僕の手の平に、不意に、何かが触った感触があった。
麻痺していても、感覚だけは残るらしい。
僕は少しだけ歩みを遅くした。僕の後ろには、アルバとキッカさんが歩いてきていたのを知っていたからだ。きっと、他の人に気付かれないように、どちらかが合図をくれたんだろう。
麻痺のせいで声も出せず不審な動きもできないのが逆に良かったかもしれない。
僕の左側から、ぴょこんと頭が飛び出した。
キッカさん……!
にこっと笑って、彼女は大きく口を動かす。声を出すと他の人にバレると思っての事だろう。口パクで。
「あ・り・が・と・う」
彼女は、そう言っていた。
再び笑顔を作ってから、彼女はさっと後ろに下がる。その間数秒。後ろからはアルバと彼女がとりとめもない話をして笑うのが、ただ聞こえてくる。
領主様の館から逃がしたことを言ってくれているのかな。
込み上げてくる涙をぐっとこらえた。
アルバに彼女を託したのは僕だ。あの時頼れるのはアルバしかいなかったから。
本当は、僕が貴女を守りたかった。
お師さまが彼女を召喚して、聖女なのに酷い条件で旅立つと知った時、僕が絶対に守ると決めたのに。
キッカさんはいつだって強くて、意地っ張りで、優しかった。どんな状況でもめげずに立ち上がるキッカさんが好きだった。
あの時、僕も一緒に逃げたら、僕は今もキッカさんの隣で笑えたのかな。
そう思って、即座に僕は自嘲する。
できるわけがない。僕はお師さまを見捨てることなんてできないんだから。
不死王の城で、アルバが叫んだ言葉が脳裏をよぎる。「キッカの願いが叶うなら、絶対に躊躇しない」そう言い切っていた。
あそこまでの全幅の信頼も、全てを捨てる勇気も、僕にはなかった。
そうだよね。……アルバを羨む資格なんて、とうになかったんだ。




