信じていいの……?
「ねえ、どうして泣いているの?」
聞かずには、いられなかった。
「えー、僕にも分からないよー。なんかねえ、この器の子が泣きたいみたい。涙も綺麗だから、好きにさせてるんだけど。ほら、睫毛に涙の粒がついて、キラキラして素敵じゃない?」
この上機嫌な不死王の中に、まだ確かにクルクル金髪巻き毛は存在しているんだ、本当に良かった……。
「ねえ、その人の体を解放して貰うわけにはいかない?」
「嫌だよ、せっかく理想的な器を見つけたんだ。ねえ賢者、こいつら面倒だよ。さっさと殺してあのお方のところに行こう? 僕、なんならこいつら、すぐに殺せるよ?」
ひええ、小首を傾げた可愛いポーズで、何怖い事言っちゃってんの!?
「一人でも殺したら、二度と魔王は復活させない。さっきもそう言った筈だが……それとも、お前を浄化してやろうか? それほど力の落ちた今なら、あとくされなく浄化できるけど」
急にピンと張りつめた気を纏って、賢者サマが冷たく言い放つ。不死王は、「じょ、冗談だよう」と後ずさって、賢者サマからあからさまに距離をとった。
「君も」
賢者サマが厳しい顔で私を見る。
「その器の解放はあとにしてもらおう、全ては魔王を復活させてからだ」
有無を言わさぬ賢者サマの鋭い視線に思わず頷いたけれど、私の中には急に不安が膨れ上がってきた。
だって、最初は単に『協力してくれている』はずだった賢者サマが、今やだれよりも魔王の復活に積極的だ。むしろ私達は、彼の手の中で転がされているようにも感じられる。
このまま突き進んで、魔王を復活させていいの?
賢者サマを信じていいの?
そんな自問自答が、頭の中をぐるぐると回り始めた。私の不安を感じ取ったのか、アルバが優しく肩をポンポンと叩いてくれる。見上げれば、「大丈夫だ」とでも言うように、深く頷いてくれるのが嬉しかった。
賢者サマはすでに私からは興味をなくしたようで、今度はしゃがみこんで第二王子へと話しかけた。
「これから魔王城に入り、最後の封印を解く。そうすればいよいよ魔王の復活だよ」
「ぐ……っ」
「さっきの戦いで実力の差は分かってるよね。君たちには何もできない……止める事も、時間を稼ぐことすらできないだろう」
第二王子が悔しそうな目で賢者サマを睨みつけている。リーンの目からは大粒の涙が零れ落ちた。グレオスさんもなんとか麻痺をとこうと努力しているみたいだけれど、当然とけるわけもなくて。
「キッカの話を聞く限り、君たち三人に何を言ったところで信じてもらえるとは思えないけれど……魔王を復活させるのは、単にキッカをもとの世界に戻すため、なんて簡単な理由だけじゃない。この世界を正常に戻せる可能性があるからだ。千年に渡り魔王と三魔将を封印するにとどめた、僕のけじめでもある」
思いがけない賢者サマの言葉に、私はただ聞き入るしかなかった。
「君たち王家に伝えた召喚術も、結果的に聖女を不幸にしてしまったようだし、僕はもっと下界を慎重に見守るべきだった」
そう呟いた賢者サマはスッと立ち上がると、第二王子達三人を見回して宣言する。
「これから君たち三人の足だけ、麻痺を解く。事の次第が気になるならば魔王城についておいで、伝説の終焉と世界の行く末を後世に伝えられるだろう」




