だって恩返しなのに
「おっと」
「ご、ごめんなさい」
部屋の中を走ってみせていたウェアラートちゃんが、勢い余ってアルバにぶつかる。ちょっと照れくさそうにアルバを見上げるその仕草もとても可愛い。
ハクエンちゃんによるとそう簡単にはこれから症状も出ないみたいだし、ぶつかるくらい元気が出たなら本当に安心だ。
アルバは、膝をついてウェアラートちゃんに目線を合わせると、緩く微笑んだ。
「大丈夫だ、痛くなくなって良かったな。だが今日はそれくらいにしてベッドに戻った方がいい」
「どうして? 私もう元気だよ」
「毎日、ベッドに居る時間の方が長かったんだろう? 急に動き過ぎると疲れるからな」
あっという間にウェアラートちゃんをなだめてベッドに戻してしまったアルバに、ちょっとびっくり。そういえばアルバ、妹がいたって言ってたもんね。女の子の扱いには慣れているっていうことか。
「確かに疲れさせてはいけないね、デイリン、ウェアラートを頼んだよ」
「お姉ちゃん、お兄ちゃん、ありがとう!」
ベッドの中で元気に手を振ってくれるウェアラートちゃん、マジ可愛い。
彼女を儚げに見せていた陽に透ける赤毛が、今は元気の象徴のように見えるから不思議だ。表情や仕草が変わると、印象ってこうも変わるんだなあ。
「猫ちゃん、バイバイ」
振り返ったハクエンちゃんは、一瞬考えたあと、仕方なさそうにしっぽを二、三回振ってこたえてあげていた。
応接室に戻った私達に、領主様はなんと、深々と頭をさげてくださった。
「あんなにウェアラートが元気な姿を見せてくれたのは、本当に数年ぶりだ。本当に感謝する」
「そんな! 頭を上げてください」
だって、感謝しているのはこっちの方なんだもの、喜んで貰えたならそれだけで本望だ。
アルバも「娘さんが元気になって良かった」と純粋に喜んでいるけれど、領主様は悲しそうに頭を振っている。
「ありがとう。だが……感謝してもし足りぬと言うのに、私はあれほどの術と薬に見合うだけの報酬を払うことができぬのだ」
あっ……なるほど。
いつの間にかすっかり目の下の隈も消えて健康的な顔色になって来た領主様は、さっきとは違う苦悩の表情を浮かべていた。
「あの」
どう言えばいいんだろう。
困ってしまってアルバを見たら、深く頷いてくれる。勇気を貰ったような気がして、私は勇気を出して領主様にこう切り出した。
「あの、私たち、最初からお金をいただこうとは思っておりませんでした」
「……なぜだね」
額を抑えていた領主様が、指の間から私に視線を送る。その眼は単純に驚いているようにも、一種疑いを持っているようにも見えた。
「私達、この地域の歴史に興味を持っておりまして、もしお持ちでしたら、この地域の古地図を見せていただきたいんです」




