三千華の蜜漬け
そんなこんなで領主様に取り次いでもらえた私達は、ありがたいことに今、応接室で領主様と対面させてもらっている。
久しぶりに見た領主様は少し痩せたようで、お顔には色濃い疲れの色が見えていた。それが娘さんの病気を心配してのことなのか、領地経営や財政に関わることからなのか、私にはわからない。
私や第二王子一行に関わった心労ゆえの疲労でないことを祈るばかりだ。
「大丈夫ですか? 随分とお顔の色が」
「気にしないでくれ、それよりも件の品を見せてくれないか?」
無理に笑顔を見せて、領主様がそううながしてくる。
やっぱり一介の旅人にも丁寧な方だ。それだけでもう好感が持てるよね。
お忙しい時間を縫って娘さんのために顔を出してくださったんだから、さくっと本題に入ろう。私達だってそう時間があるわけでもないし。
私は、アルバと目を合わせ、ゆっくりと頷いて見せた。
「これが三千華の蜜漬けです」
アルバが、領主様の前に小さなガラスのポットをコトリと置く。金色の蜜の中にたくさんの紅い花が咲いていて、見た目もとても神秘的だ。普通、砂漠の民はこれを小さな小瓶に持って旅に出るんだって。
まだ日本にいた時、雪山にチョコレート持っていくって聞いたことあるけど、たぶん似たような感じで、僅かでも高カロリーで栄養摂れるとか、そういうものなんだろうね。
「美しいな」
「ま、綺麗な見た目ですがね。俺がこれを勧めるのは、本当に効果も高いからですよ」
アルバの真剣な目に、領主様も僅かに身を乗り出して聞いている。
「砂漠を渡って外の街に行こうと思った時、俺は持てるだけの食糧と水以外は、ありったけこれを買いました。」
「ほう」
「何度も死にかけて、その度にこれに命を救われましたよ。食えなくて、乾いて、動けないくらいに疲弊した時にも、これを口に含めばまた何キロと足が動かせた。砂漠の民の知恵も馬鹿に出来ねえって心底思ったんで、本当にこれだけは自信もって勧められるんです」
「それは凄いな」
「金はいらねえんで、ひとつ、試されませんか? 領主様もそうとう疲弊してる。ちょうどいいんじゃないですかね」
アルバが思いのほかしっかりと領主様を説得してくれるものだから、私は内心驚いてアルバの話に聞き入ってしまっていた。
領主様が、ごくりと喉を鳴らしてガラスのポットを見つめる。
執事のおじいさんがさりげなく手元に置いたスプーンを手に、ポットから紅い花をひとつ掬った領主様は、ゆっくりと蜜漬けを口に運んだ。




