亡霊の住処。
やっと気持ちが落ち着いて、いよいよ大広間へと足を進めた。
案の定、私達が部屋へはいると同時に、扉が音を立てて締まる。今度は「逃がさないぞ」とでも言いたげに、驚くほどの勢いで閉まったのが嫌な感じだ。
しかも、今度は部屋の灯りはつかなかった。
闇の中をアルバのカンテラの僅かな灯りだけで進んでいく。この広大な大広間を照らすには、その灯りは小さすぎて、ぶっちゃけ足元が見えるだけ。はなはだ心もとない。
あの豪奢なシャンデリアの灯りがあれば、さぞ明るくって華やかだろうに。
「カンテラを用意しておいて正解だったな」
「フン、そういえば夜目も聞かぬのだったな。ヒトとはことごとく不便なものよ」
ハクエンちゃんの嘲りをうけつつ、大広間の中ほどまで進んだ頃だった。
急に、目の前に大量の白い靄が立ち込めて、 見る間に人の形をかたどっていく。ボンヤリと不確かな顔に浮かぶのは、三日月みたいに口角が吊り上がった、気味の悪い笑み。耳障りな、金切り声とも狂笑ともつかない声がこだまする。
「ゴーストか!」
「ここは亡霊の住処だからなあ」
二人の会話が、まるで海の中から聞こえるみたい。アルバの剣がゴーストをすり抜けて、アルバが「チッ」と悔しそうに舌打ちする。
空を自在に舞うゴースト達が、アルバの身体に纏わりつくように群がって……
「くっ……キッカ! 浄化の加護を……」
アルバが振り返ったところまでは覚えている。
「あああああああああああ!!!!!!」
気がついたら、喉から、自分のものとは思えない叫び声が迸っていた。
「大丈夫! もう大丈夫だから!」
アルバの声が聞こえる。
「なんという凶暴な女だ! 」
ハクエンちゃんの声も、聞こえる。
「もうゴーストはいない、もう浄化しなくてもいいんだ!」
無意識に浄化の炎を連発していた腕ごと後ろから抱き竦められて、ようやく私は我にかえった。
「私……?」
事態が飲み込めなくて呆然としていたら、頭の上でホッとしたようなため息をつくのが聞こえてきた。
「良かった」
「良かった、じゃないわ! たかがあれしきのゴーストに浄化を乱発しおって! 流れ弾で我の自慢の毛皮がちょっぴり焦げたではないか!」
激しくご立腹のハクエンちゃんを「まあまあ」と宥めて、アルバが私の顔を覗き込む。
「お、ちゃんと目の焦点もあってるな。上等、上等」
白い歯を見せて破顔すると、アルバは腰のポシェットから小ぶりなタオルを取り出して、私に投げてよこした。
「涙も鼻水もすげーぞ、これで拭いとけ」
ええっ!? マジで?




