サンシュと青のターバン
「お、珍しいな」
「そうだよね、サンシュって砂漠地方で採れるものじゃないって言ってたものね」
「……覚えてたのか」
少し驚いたように目をみはって、アルバが嬉しそうに微笑む。そりゃあね、だってアルバが自分のこと話すのって結構珍しかったんだもの。
たしか冒険者になってから、故郷を遠く離れた町で初めて口にした果物だって言ってたのよ。砂漠では見たことがない水分の多さ、その瑞々しさに感動したって。
「なんだい、サンシュが好きなのかい? いいのが入ってるぜ、買っていくかい?」
陽気なおじさんが夏ミカンみたいにおっきなサンシュの実を誇らしそうに掲げる。柑橘系の香りが漂って、砂っぽい空気に急に爽やかさが加わった気がする。
「買えばいいじゃん、宿屋で食べてもいいし、日持ちもするから持っていくにもちょうどいいじゃない」
「……そうだな。じゃあ小さいのを五、六個見繕ってくれないか?」
「お、奥さんのお許しが出たかい? サービスしとくよ!」
果物屋のおじさんの何気ない言葉に、アルバの肩がピクリと反応する。次いで、急に顔がぱあっと真っ赤になった。
おお、レア!
いつも割と感情表現は薄めなのに、思いっきり照れている。アルバでもさすがに夫婦扱いは恥ずかしいのか、とちょっと面白かった。
まあね、年齢的にも結婚していてもおかしくない年だし、アルバとは二年も一緒に旅をした仲だ。そう見えてもおかしくはないのかもしれない。
チラリと私を見て、アルバの顔はさらに赤みを増したけれど、大丈夫、私別に怒ってないよ。行きずりのお店の人に誤解されたくらいで、別に実害はないもの。
「い、いや、俺達は夫婦というわけではなく」
それでもアルバは律儀に誤解を正そうとしてくれている。真面目だなあ。
果物屋のおじさんは、そんなアルバと私の顔を交互に見て、不思議そうに首を傾げた。
「でもよう、そのターバン……」
言いかけたおじさんに、アルバが慌てた様子でなにやらごにょごにょと耳打ちする。すると、おじさんは突然アルバの肩をバンバンと叩きながら笑い始めた。
「そ-か、そーか、頑張れよ!」
いきなり上機嫌になったおじさんが、紙袋にガンガンサンシュの実をつめこんで、「サービスだ!」とアルバに押し付ける。真っ赤な顔のままアルバが受け取るのを、私は見守るしかなかった。
なんなんだ、いったい。
「ほい、姉ちゃんにはコレだ! 肌がつるつるになるぜー」
そう言って、私には搾りたてのジュースをサービスしてくれる。この爽やかな香りはサンシュのジュースなんだろう。こんなにサービスしちゃって、おじさん今日は大赤字なんじゃないかなあ。
その小さな事件がよっぽど恥ずかしかったのか、その後のアルバからはバザールをいくら廻ろうといつもの歯切れのいい返事がもらえない。
意外にもアルバが繊細なんだということを、私はその日、思いがけず知ることになったのだった。




