マタタビさん、お世話になりました
「良かった、魔法陣自体にダメージはないみたいだ。手間がなくていい」
くるりと振り向いた賢者サマは、今度はつかつかとアルバの方に歩み寄っていく。
「問題は君の方だね」
「な、なんだ」
アルバに確保されているハクエンちゃんの頭に手をおいて、賢者サマは難しい顔をしている。そして、心底呆れたようにこう言った。
「情けないねえ、どんだけマタタビにメロメロになってんの。完全に魔法陣との回路が切れちゃってるじゃないか。これもう、改めて回路繋がないと無理なレベルだよ?」
その言葉に、ハクエンちゃんは怒ったように毛を逆立てる。
「我とて情けないわ! ええい、その忌々しい植物を向こうへやってくれ」
「しょうがないなあ。君たち……えーと」
「アルバだ。彼女はキッカ」
「アルバ、もうハクエンを下ろしてもいいよ。たぶんもう暴れない」
ようやくアルバから拘束を解かれたハクエンちゃんは、よろよろと歩みを進め、寝床らしい干し草の上にまあるくなって顔をうずめた。
「くそう、力が入らん。なんたる醜態……」
耳も尻尾もへにゃりと垂れて、なんとも可愛い。寝床に丸まったハクエンちゃんは随分と落ち込んでいるようだった。
「やれやれ。じゃあ状態異常を解除してあげようかな。このままじゃ魔法陣との回路を繋ぐのもままならないし。キッカ、マタタビをちょっと離れた場所に置いてきてくれるかな」
「俺が行こう」
アルバがささっとマタタビもどきを集めて土壁の向こうまで捨てに行ってくれる。
冗談半分で買ったマタタビもどきがこんなに役に立ってくれるとは思わなかったなあ。お世話になりました。
マタタビもどきに心の中で別れを告げている間にも、賢者サマはハクエンちゃんの状態異常を解除し、魔法陣に手をかざして黙々と修復を図っている。
アルバが戻って来たころには、すでに修復が終わって、動作確認をしているところだった。
「けっこう遠くに捨ててきた。ここまでは匂いも流れてこないと思うぞ」
アルバは確保している間に慣れてきたのか、ハクエンちゃんにも気軽に声をかけている。もちろんハクエンちゃんは「礼は言わんぞ」なんてつれない素振りではあるけれど。
「よし、修復完了。今回みたいなことがない限り、また千年は大丈夫だね」
千年ってスパンがもう、完全におかしい。ああ疲れた、と伸びをする賢者サマは、ぱっと見ニートみたいに見えるけど、やっぱり凄い人なんだなと実感する。
「さ、さっさと帰ろう。久しぶりに頑張ったからめっちゃ疲れた。もう寝たい。じゃあね、ハクエン」
「待て」
踵を返す賢者のローブの裾を、ハクエンちゃんの小さな前脚が押しとどめた。




