浮かぶ魔法陣
「ま、待ってよ!」
慌ててアルバの後を追う。
どうしたんだろう、なんかアルバ、機嫌が悪くない? あんまりしゃべってくれないし、どうしてかさっきから目を合わせてくれない気がする。
首を傾げつつ土壁に突入し、壁の向こう側に突き抜けた私は、突然広がった光景に言葉を失った。
洞窟の中に突如広がる、大きな、大きな空間。
これまでだって、洞窟にしては高さも広さも十分に大きなものだった。剣を振り回して戦えるくらいの広さだったんだから、相当なもんだと思う。
でも、この空間は桁違い。
巨大なドラゴンが巣穴に出来そうなくらいに広い広い空間に、柔らかい陽射しが幾筋も降り注いでいる。
その光が照らしだすのは、ゴツゴツとしたいくつもの石柱、荒い岩肌。何に反射しているのか、岩肌をキラキラと彩る光の波。
そしてそれらに囲まれた空間の中央には、柔らかそうな干し草がまあるく敷き詰められている。きっと、これはハクエンちゃんの寝床なんだろう。
そしてその干し草の寝床を見下ろすような位置に、魔法陣が三つ、空間にふわりと浮いていた。
あんな荒涼とした砂漠の下に、こんな空間が広がっていたなんて。
強大な魔物の住処だというのに、なぜか静謐で美しい、大聖堂のような美しさがあった。
砂漠の強烈な光が降り注いでいる筈なのに、どうして届く光がこんなにも柔らかいのか。どうしてこんなにもひんやりと心地よい空気なのか。
奥の方にあるあれは……湖? どうして、砂漠の地下に。
次々に疑問が生まれて、私はただただ口をぽかんと開けていた。
「あー、ちゃんと機能してるねえ。千年もたつのに、優秀、優秀」
とぼけた声が聞こえてきて、私はやっと、とりとめなく漂っていた思考を取り戻す。声の方に意識を向ければ、賢者サマが空中の魔法陣にゆっくりと手を伸ばしていた。
「近寄るでない!」
ハクエンちゃんの必死な声が、その魔法陣が彼にとってどれだけ大事なものなのかを感じさせる。どうしても触れさせたくないのか、アルバの腕を逃れようと、ハクエンちゃんはもがきまくっていた
「それは貴様ごときが触れて良いものではない!」
「君が触れて欲しくないのはこの紫色の魔法陣でしょ、魔王が君のために設置した大切な魔法陣だもんね」
賢者サマが一番左の紫色の魔法陣を指して苦笑する。どうやらその推測は当たっていたようで、ハクエンちゃんの唸り声が強くなった。
それにしても、賢者サマは魔王軍とは敵対していた筈なのに、どうしてこんなにも魔王たちの事について詳しいのか……なんだか謎の多い人だよね。




