【アルバ視点】応援していた、筈だった。
賢者が協力を口にしてからも、キッカはしばらくの間無言だった。
無理もない。いくら今は安全だと言われても、数多の魔物を生み、この世界に瘴気を撒き散らし人々を恐怖に陥れたと伝承される魔王を復活させるという決断を、そう簡単にできるわけもないだろう。
沈黙が落ちる洞窟の中で、俺はただ土壁にもたれて目を閉じていた。
俺にだってそりゃ思うところは色々ある。だが俺が何か口を出せば、キッカの決断に何かしら影響を与えるかも知れない。それだけは、嫌だった。
この世界を守るため。
それを大義名分にして、千年もの長きにわたり何人もの聖女が理不尽に異世界から攫われ、そして帰る手段さえ奪われてキッカのようにこの世界に縫い留められてきたんだろう。
そもそも今のこの世界は、聖女たちの犠牲の上に成り立っている。
魔王を復活させるかさせないかなんて、聖女であるキッカだけが結論を出せる問題だ。
賢者もキッカ自身に決断させたいんだろう、急かすこともなく獣王だと言う仔豹をキッカの腕から取り上げてモフモフと撫でては嫌がられている。
長い長い逡巡の後、キッカは漸く顔を上げた。
なぜか、ふっと口元をほころばせて仔豹をひと撫でしてから、キッカは賢者に目線を合わせる。
「決めたわ」
「うん」
「私、あなたを信じる」
「……そりゃどうも」
決意した、という風情のキッカに比べ、なんとも軽く賢者が答える。
「私……魔王を復活させる」
言い切ったキッカの表情に、もう迷いはなかった。
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そうして俺達は今、黙々とこのダンジョンの奥へ向かって歩いている。
最初はこのダンジョンを封じるために最奥に向かっていたわけだが、なんでも賢者の話によると魔王を封じている魔法陣の一つも、同じ場所に設置してあるらしい。
結局はモンスターを倒しつつ、このダンジョンを踏破しなければならないわけだ。
楽ではないが、それでも俺にはこの時間がありがたかった。
時間が経つにつれ、キッカが本当に彼女の世界に帰ることが可能だという事が……この世界から本当にいなくなってしまうかもしれないと言う事実が、想定よりもずっと、俺の心を乱していたからだ。
応援していた筈だった。
キッカは浄化の旅の最初からずっと「とっとと日本に帰る」と言い続けてきたし、俺だって今の今までその望みを何とかかなえてやりたいと、そう思ってきた。
思ってきたんだ。
なのに、いざ『帰れる手段』が見つかった途端、こんなに複雑な心境になるとは。
「ねえアルバ! 賢者サマがね、リーンのお師匠様の治癒、できるかも知れないって!」
俺の気持ちも知らず嬉しそうに笑うキッカを、俺は正面から見ることができなかった。




