おのれ、聖女め!
見上げれば、リュックを片手にほっぺたを膨らませた聖女がいた。
なんだその、「怒っていますよ」と主張するかのようなポーズは。リュックを右手で肩に担ぎあげ、左手は腰に当ててこっちを見ている。
聖女のくせに。
ああしかし、そのリュックから今もダダ漏れてくる匂いのなんと罪深い事か。知らず前脚が伸びてしまうこの体が憎い。
「あ、もしかして」
聖女が何やら呟いたかと思うと、リュックを俺の目の前で右に、左にとゆっくりと動かし始めた。
あああ……。
あああああ~~~じらすでない!
「やだ可愛い。リュックに踊らされてる」
なんと! リュックに視線くぎ付けの俺の隙をついて、聖女のヤツめ、俺の頭をナデナデと撫でさすりおった!
思わずフーッと唸り声をあげて後ろに跳び退った。喉からグルルルル……という、敵対音が低く漏れる。
「あはは、かーわいー! あ、そうかこの中って」
「おいおい、親や兄弟が帰ってきたら厄介だ。ちょっかい出すんじゃねえよ」
「うん、でもお腹すいてるみたいだからちょっとだけ」
違う! 腹などすいてはおらぬ。
魔を極めた俺にとっては、この小さな体であれば僅かな魔素で生き延びることなど造作もないのだ。食するは単に娯楽である。
ただ、そのリュックからはえも言われぬ香りがただよってくるからだな、致し方なく……ああ、リュックの封印がついに解かれた!
その芳香がリュックの開け放たれた口から放出され、俺の思考を奪っていく。
「昔やってたゲームでさ、古の魔王が蘇えった、みたいなのがあったのよ。ま、ないとは思うけど獣王ハクエンが城の深部とかで封印されてたりしたらヤバイじゃない」
「お前、怖い事言うなよ。何千年前の話だと思ってんだ。そんならとっくに復活してるだろ」
「だから念のためだって。で、獣王はネコ科の魔物みたいだったから、バザーのおっちゃんからマタタビみたいな植物教えて貰ったの」
「マタタビ?」
「猫ちゃんがメロメロになっちゃう魔法の植物。たぶんこれか、猫ちゃんが好むお肉が気になってるんだと思うの」
「そんなチャチな手で獣王に対抗しようとすんなよ!?」
「あはは、さすがに本気じゃないわよ。気休め気休め。第一私ももはや獣王が復活するなんて思ってないし」
なんと恐ろしい物を持ち込みおったのか、この聖女め。俺は戦慄した。スコップで城を掘り当てようだの、香りで獣王を懐柔しようだの、ふざけているとしか思えぬが……しっかりと反応してしまっているこの体が憎い。
ああ、出すでない。
リュックから取り出しては、匂いがあからさまに鼻孔に直撃するではないか。
あああ~~~なんたる芳醇な魔性の香り……。
「あ、やっぱりこっちか。ほら猫ちゃーん、マタタビっぽいのだよ~」
聖女が俺の鼻先で謎の植物を揺らす。
鉄の意志で俺は数秒、耐え忍んだ。




