魔道の徒を導くもの
お師様が言う『私たちの恋人』とやらにはいつ会えるのかさえわからなかったけど、お師様との旅は純粋に楽しかった。
お師様が言うとおり、王城なんかでくすぶっているから、気持ちも沈みがちになっていたのかもしれない。
外の涼やかな空気の中をのんびりと歩いているだけで癒やされる。
魔物はそれなりにいるけれど、魔王が去ったからか力の強いものは多くはいないし、僕やお師様にかかればなんてことはない。
使命もなければ目的すらない、気が向けば歩き、疲れれば手近な町で数日ゆったりと休養する。魔の脅威が去って安穏と暮らしている人々の、活気ある暮らしを見ることができるのも嬉しくて……なんとも気楽な旅は、少しずつ僕の心の淀みを平らげていった。
「いやあ、ゆっくりと歩くせいかもしれないけれど、この大陸も広いものだね。君たちは随分と遠いところまで旅をしたんだねえ」
美しい星空を見ながら野宿をしていたある日、お師様はぽつりとそうつぶやいた。
「魔王城はここからどれくらいかかるんだい?」
「寄り道せずに行っても多分、徒歩ならあと一年はかかると思いますけど……もしかしてお師様、魔王城を目指していたんですか?」
あてもなく旅をしていると思っていただけに、僕はただ驚いた。
「うん、最終的にはね。でもまずは不死王の城に行ってみたいと思っているのだよ」
「不死王の城ですか……それなら、もう十日もあれば着くはずですよ」
「それは楽しみだねえ、やっと麗しの君に会える」
夢見るような表情で、星空を見上げるお師様。相変わらず何を考えているのかわからないけれど、不死王の城に行くのなら、僕もぜひとも見ておきたいものがある。
「不死王の城に行くなら、ぜひ最上階に立ち寄りたいんですけど、いいでしょうか。以前お話したかと思うんですけど、賢者様が作った、それは見事な魔法陣が設置されているんです」
魔王を封じていたというあの魔法陣は、それはもう芸術的な美しさだった。あれほど完成されたものは、今の技術では復元することすら困難だろう。
だからこそ、もう一度この目でじっくり見ておきたい。
「とても美しくて、完全な魔法陣です。魔道の技術の粋が極められた、一片の無駄も綻びもない……あんな魔法陣は見たことがない」
「うん。きっと魂を奪われるような麗しさだろうね。私たち魔道の徒を、新たな境地へと導いてくれるに違いない」
うっとりと呟くお師様の姿に、鈍い僕もようやく悟った。
「お師様、恋人ってもしかして」
「もちろんその魔法陣のことだよ。私たち魔道の徒にとって、これ以上に魅力的な恋人はいないだろう?」
お師様は至極大真面目な顔で、そう断言した。




