獣王ハクエンは絶対に屈しない④
腐れ賢者の言によると、どうやら魔王もオレのように封印しただけなのだという。
「倒せなかった」と言ってはいるが、オレですら封印ですませた詰めの甘いこやつのことだ。きっと情けでもかけたに違いない。息の根を止めておかねば遺恨が残ると言うのに、まったく甘っちょろい。バカな男だ。
冗談めかして話しては、手持無沙汰なのかオレの毛並みをモフモフモフモフと撫でまくってくるのは腹立たしいし、正直怖気が走る。
だが、あの芳しい魔力を持つ魔王を生かしておいたことだけは褒めてやってもいい。
その働きに免じて、今だけはオレの毛並みを味わうことを許してやろう。
怖気を堪えつつ骨ばった腕に撫でられていたら、腐れ賢者はまたも意外なことを話し始めた。
「僕じゃね、もう無理なんだよ。魔王は倒せない。この世界の、どんなスゴイ魔導士でも無理」
面妖なことを言う。
オレも魔王も、こやつらに倒され、魔力も削り取られた状態で封印されている。全盛期と比べたら、この姿と同じく赤子のような戦闘力だ。
こやつに倒せないわけがないだろうに。
「どういうこと?」
聖女もどうやら同じ疑問を持ったらしい、素直に疑問をぶつけている。
オレを撫でる手が、ふととまる。ぼやける目で見上げたら、腐れ賢者はなぜか寂しそうな顔で俺を見る。その時、ふんわりと腐れ賢者の掌から、甘やかな魔力が漂ってきた。
なんだ、これは。
以前味わったこやつの魔力は、雷のように痛く、オレの身を焼いた筈だ。それがなぜ、今はこんなにも優しく、雨のようにこの身に沁み込んでくるのか。
疑問を込めて再び見上げれば、腐れ賢者と目が合った。やつは、なぜか意味ありげにフッと微笑む。
「魔力がね、この世界に馴染んじゃったんだ。この世界の魔力は魔王や上位の魔族にとってはエサにしかならない。だから本当の意味で僕に倒せるのはそこらへんのちんけな魔獣だけ」
魔力がこの世界に馴染む、というのがどういう意味かはオレには今ひとつわからない。
ただ、この腐れ賢者の魔力が、今やオレや魔王を傷つけるものではなく、癒すものにしかならない、ということだけは分かった。
あんなにもオレを苦しめたこやつの魔力が、こんなにも心地よく感じられる日がくるとは、長く生きていると思いがけぬこともあるものだ。
オレにとっては朗報だが、もちろん聖女にとってはそうではなかったのだろう。見る間に顔が青ざめた。
「何青い顔してんの」
「だって。賢者サマでも倒せないなんて、そんな凄い魔王、復活させたら」
当然の心配だ。ぶっちゃけ腐れ賢者の魔法ではもう倒せないというだけで、物理で仕留めれば一撃だと思うのが、どうやら聖女はそこには考えが及んでいないらしい。
まあ、教えてやる義理もない。せいぜい怯えるがいい。




