獣王ハクエンは絶対に屈しない③
こやつが真昼のランプのようにうすらボンヤリしているようなふりをして、特殊な呪を以て戦局を度々混乱に陥れ、数多の魔族を屠って来たことを。
そして、オレを封じた時に、それはもう楽し気に呪を唱えていたことを。
「貴様が、そのような呪をかけたんだろうが……っ」
「うん、ハクエンったら可愛くなっちゃってまあ、何言っても迫力ゼロ。あの凛々しい姿からは想像もつかないなー」
ここぞとばかりにヤツが頭を頬を、モフモフモフモフと撫でてくる。聖女に撫でられるより千倍むかっ腹が立つんだが!!!
「くっ……撫でるなっ! 怖気が走る」
精一杯に爪を伸ばしてみたが、ヤツにはいとも簡単に捉えられてしまう。
ああ、なんと口惜しい。オレが完全体であったなら、その生っ白い喉笛を、瞬時に噛み切ってやるものを。
悔しくて悔しくて、力の入らぬ体でジタジタと足掻いていたら、聖女がオレの顔を間抜け面で覗きこんだ。
「え、ちょっと待って。この子が、本当に獣王だってこと……?」
オレと賢者との会話で、さすがにオレが本当に獣王らしいと察した聖女が、オレの鼻先に再びあの怪しい植物を差し出して、オレは強制的に黙らせられてしまった。
もはや体もろくに動かない。……やっぱり、聖女もあなどれないではないか。
ああ、かぐわしい……。
葉の表面に傷をつければ、より一層、芳醇な香りが鼻孔を満たす。顔をこすりつけてはその魅惑の香りをかいでいるうちに、全てがどうでもよくなってしまう。
こんなに幸せな気分になったのは、いったいどれくらいぶりだろうか。
何百年か、千年を越すのか、それすらも分からない。
満たされて至福の時を過ごすオレの耳に、突如思いがけない情報が入ってきた。
「魔王を、復活、させるの?」
「そうそう」
まおう……魔王。
ああ、聞いたことがある……。
うまく働かない頭で、オレはボンヤリと思考を巡らせる。
そう、そうだ。その昔、この不思議な草と同じくらいに芳しく、極上の味をもった魔力を喰わせてくれた女だ。
あとにも先にも、あれほど質の高い魔力を喰えたことなどない。思い出しただけでヨダレが出る。
また、あの魔力を味わいたいものだ……。
「え、魔王ってそもそも、生きてるの?」
聖女の驚きの声に、オレの耳もピクリと動く。
「うん、封印してるだけだもん。倒せるわけないっしょ」
「賢者サマでも……」
「あー、ムリムリ。倒したと思ってもさ、大気中の魔力が凝縮して魔王の体は瞬時に復活するんだよ」
生きて、いるのか……。
それは、新鮮な驚きだった。




