獣王ハクエンは絶対に屈しない②
なんだか不憫になってきて、オレを抱える細い腕に僅かに顎を乗せた時だった。
莫大な魔力が突如、間近に現れて、オレの全身が総毛だつ。
怪しい植物に骨抜きにされた体でもヤバイと分かる。それくらいに圧倒的な存在感だった。
例えるならば、目の前に巨大な稲妻が放電直前で力を溜めているような……そんな強大な圧迫感。
「ところがどっこい、そのマサカなんだなー」
とぼけた声と共に目の前に忽然と現れたのは、ひ弱な人間どもの中でも、格別にヒョロそうな男だ。
その男から受ける見た目の印象とは裏腹に、オレの体の中からは猛烈な焦燥感が襲ってくる。
危険だ、危険だと体が訴えるのに、悲しいかなヘロヘロな手足はうまく動かない。
「あなた、何者?」
オレをしっかりと抱く聖女の問いに、ヒョロい男がヘラリと笑う。その間抜けな顔にはどこか見覚えがあった。
「むかーし昔は、賢者って呼ばれてたかな」
賢者……聞いたことが、あるような。
まだぼんやりとする頭を振って、記憶を必死で呼び覚ます。そんなオレを愉快そうに眺めてくるヒョロ男の目が、なんとも言えず嫌な感じだ。
その感じが、記憶の中のどこかをつついている。
知っている……オレは、この男を知っている。そう確信した時だった。
ヒョロ男がオレを指して「獣王」だとはっきりと口にした。
聖女たちは信じていない様子だが、このヒョロ男は、確信を持ってオレを獣王と断じている。
「うん、千年前はそりゃあもう視線で殺されそうなくらい殺気立ったヤツだったよ? 獣の姿は美しい砂幻豹、人の形を取れば女が一瞬で魅了されるレベルのしゅっとしたイケメンでさあ。戦う時はどうやってんだか急激にムッキムキになんの。設定盛り過ぎ」
意味の分からぬ『設定盛り過ぎ』という言葉でオレを評し、へらへらと笑う姿に、猛烈に既視感がある。コイツは……!
「貴様……貴様、あの時の……!」
「そうそう、あの時の賢者」
勇者などとふざけた名を名乗り、数名の供を引き連れて進軍してきた人間ども。ヒトとは思えぬ強さと魔力と回復力で、多くの魔族と魔物を屠った、あの集団に、確かにいた。
ついには獣王と呼ばれたオレまでもを倒し、息絶えようとしていたところに近づいてきたのがこのヒョロ男だった。
あのへらへらとした笑いを浮かべながら、「ま、封印でいけるっしょ」などと軽〜い口調で他をいなし、俺を根城のダンジョンごと封印した……。
そうだ、間違いない。
「忌々しい……! よくも、よくもオレをこんな姿に……!」
「やだなあ、それは歴代の聖女の功績でしょー?」
逆恨み反対! などと嘯いているが、オレは知っている。




