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25話 狙いと失敗

「やっと、来てくれた……」


 木の上から緩やかな風を体で感じながら可能な限り気配を消しつつ、座りながらエルフたちの様子を見ていた奏はポツリと呟き、安堵した。奏が待っていたのはモンスターであった。とにかくモンスターであれば何でもよかった。エルフたちを殺してくれるという条件さえあるのであれば。正直いって戦えば勝てたかもしれないが、あれ程の数と戦ったことは1度もなく、また、やりたいこともあったため、今回はこんな方法をとった。


 まず最初に撃退したカルロたちの血の臭いを風魔法であらゆる方向へできるだけ遠くまで送る。そうすることによってモンスターを呼び寄せる。モンスターはたいていは血のにおいに敏感だ。中にはゴブリンやオークのように人などの他種族に妊娠させて仲間を増やすモンスターがいるが、それらは雌のにおいに敏感であったりする。ほかにも鼻以外の他の五感が敏感であったり、アンデッドやゴーストには魂や生命力といったものに敏感なものまでおり、それらは、その敏感な感覚を使って周囲の情報を得る。

 しかし、どのくらいでモンスターが来るかは予想できなかったため、時間を稼ぐ必要があった。なんせエルフたちのように狩りをして生活している人はモンスターたちが溢れすぎないように定期的に大規模な掃討を行うからだ。それにより周囲のモンスターはエルフたちにとって都合のいい数がほとんどである。そこで奏が利用したのはカルロの死体であった。これをある程度細かく分解して胴体を置く。そしてエルフたちが来て程よいタイミングで、奏がカルロの声で叫ぶ。これはスキル『声帯模写』を使えば簡単だった。

 しかし、違う場所から声が聞こえるのは不自然なため、風魔法でうまく音を誘導するのが大変だった。途中からは『偽音』というありもしない音を発生させるスキルを覚えて幾分楽になったが。カルロが死体であることがわかった後にアリアに糸でくっ付けた眼球を落としてもらい、その後に手足も投げ落としてもらった。正直手足を投げたときにハハラ達に血が垂れたのは予想外だったが、まぁ演出にはなっただろうから悪くはなかったと思う。

 そして奏にモンスターが近づいている音が聞こえていたため、時間稼ぎは充分であった。また、ハハラ達のモンスターに対する準備が遅れたのは、奏がスキル『無音(サイレント)』でモンスターたちの足音、鳴き声なんかを消していたからだ。

 あとはモンスターたちにエルフを殺してもらうだけだが、即席の作戦なためどんなモンスターが来るかわからなかったため、また、エルフが定期的にモンスターを掃討しており、強力なモンスターは特にその時に討伐されるため、そこはどうしようか、どうなるかは悩んだが杞憂で終わったようだった。元々、エルフは狩りに出るとはいっても、森を歩いて果実や食べられる草を採取し、魔獣を討伐して日々生きている。たまに死体がアンデッドになるのを防ぐための見回りをするくらいだ。魔物なんかは遭遇したときぐらいしか戦わない。まして川や湖に棲むモンスターならともかく洞窟なんかに行くことはほとんどないため洞窟に棲むモンスターと戦ったことがあるというのは人間や獣人なんかと冒険者として旅なんかをした里を出たことがあるエルフくらいである。たとえ洞窟に生息するモンスターを知っていたとしても知識と現実はやはりズレており、さらに今回のように態勢的にも精神的にも不安定であれば勝てるはずもない。

 しかし一番の懸念事項であった魔力感知にはばれずに済んでよかった。城での座学ではエルフは遠距離戦闘が得意と習っていた。ハイエルフやダークエルフなどの違いは人間は知らなかったが、エルフは遠距離、しかも魔法が他種族に比べて得意であり、詠唱破棄や無詠唱が使えるものも少なくない。そしてそれゆえか、魔力感知にもたけている。今回ばれずにすんだのは、まず奏がつかった魔法が初級であり、『始まりの終わり』で魔法の扱いにだいぶ慣れたからだろう。そのおかげで魔法使用による無駄が無くなったのである。そして注意を仲間の死体、カルロ、カルロの異変、眼や手足という風に誘導することができたからだろう。エルフは長命ゆえ落ち着いた性格のものが多いが、閉鎖的な里暮らしのため、ここまでの奇妙な事件には慣れておらず、それがかえって仇となった。ここまでのことをさすがに奏が考えていたわけではないが。ずっと迷宮でモンスターとしか遭遇してなかったため、魔力感知もエルフたちの様子を観察している途中で思い出したものだ。


 現在ここにいるエルフが全滅し、さらにモンスターの数もほとんど減っている。奏としてはだいぶ理想的な結果で終わってくれた。そのことに奏としてはつい口角が上がってしまう。

 まだ生きている飢餓鼠(ハングリーマウス)の中には奏に付着した血の臭いを嗅ぎ付け、魔力強化し、器用にも爪を立てて木に登って奏たちへと向かってきているが大きさが大きさなので一度にたくさん来ることはできず、また、それなりに攻撃を当てやすい大きさであるから魔法で落としていく。


「そろそろ始めるかな」


 と頃合いをうかがっていた奏は呟くと近くにあった蜘蛛糸で作った繭を落とした。それはもちろんハハラたちが来る前に全く動かなくなりただ震えていただけで奏がどうしようか悩んだ末に中にミユを入れたアリアの糸製の繭だ。


 自分で直接殺すことは恐らく命令がなくてはできないだろうと考え、かといってアリアにはまだあまり手を汚して欲しくない。それ故、少なくとも今回はこの様にモンスターに殺してもらおうと考えた。

 まぁ落として魔獣の餌にするという間接的な殺害をしたことから、何かしらの契約による罰などがあるとは思うのだが。奏としてはそれでも自由になれるというのであればまだマシだろうと考えているし、さらにカルロから聞いた話と聖竜、ミユから聞いた話から、ある程度ミユは信用できるかもしれないとはいえ、確証も何もないわけだからやはり人が仲間になるのをすぐに認めるわけにはいかない。人に対してまだだいぶ抵抗を持っている。


 ミユの入った繭はドスンという音と共に地面へ到達すると、ポンと2,3度ほどバウンドしてそのままエルフ達によってできた血だまりにベチャッと落ちたため、糸が血を吸収して段々と赤色に染まっていった。そしてバウンドした時に血が飛び、それに気付いた周囲にいた飢餓鼠が数匹繭へと群がっていく。

 アリアの糸は魔力吸収だけでなく、糸の硬さや太さまでもある程度なら操作できる。そのため、今回はそれほど硬くない糸を使ったため、繭は簡単に破け、飢餓鼠はすぐに繭の中にいるミユへと到達した。中でグチャ、バキッなどの音がするとともに綺麗な赤色の血が流れてくる。これはもしかするとミユの血ではなく、反撃にあった飢餓鼠の血の可能性も考慮したが途中で繭が完全に崩れ、中の様子が見えたが飢餓鼠は夢中で血や肉を貪り、ミユの体は原型をとどめている場所が少なかった。これで完全にミユは死に、奏は自由を確信した。


「バイバイ。短い間だったけどこれでお別れだね」


 無表情で地面の飢餓鼠とミユだった物を見下ろし、ミユへと別れを述べる奏。

 その時だった。奏の左手から首にかけてが急に熱くなり、締め付けられるような感覚と鋭い痛みが起こり始めた。


「うぁっ!ぐっ、な、何だこれ⁈」


 痛みになんとか堪えつつ考えようとするが集中できない。痛みはそれ以上強まることもなかったが弱まることもなかった。痛みに思考が傾き、飢餓鼠への集中が途切れてしまった。その間に、飢餓鼠は奏に付着した血の臭いを頼りに木を登ってくる。個々に魔法を当てる集中力を切らしており、広範囲魔法を使えば飢餓鼠から逃れられるかもしれないが、それをすれば木が折れるか衝撃に自分がバランスを崩すかして木から落ちてしまうだろう。今奏は6m程の高さにいる。奏のステータスの高さからならたとえ落ちてしまっても、普通なら死にはしないだろうがこの状態では大怪我を負う可能性もあるし、もし頭から着地なんかしようものなら首の骨を折り、さすがに死んでしまうことは間違いないだろう。

 熱と痛みから全身びっしょりと汗をかき、木の幹に乗っていることから大きく動くことはできない。暴れることができず、また、木の上は風が吹き汗をかいた奏の体をどんどん冷やしていく。奏はひたすら我慢するしか方法はない。原因が何なのか確認しようとローブから手をだし、シャツの袖をまくる。その動作でさえもゆっくりとしていた。袖をまくるとそこには紫色のタトゥーがあった。

 しかし奏にはこんなものをつけた記憶もつけられた記憶も一切ない。少なくとも『始まりの終わり』でアリアと出会って以降は服を作ってもらい、それまで簡単に魔法で清潔さを保っていたのをちゃんと着替えまでするようになっていたが、その時にはまったくと言っていいほどそんなものはなかった。とすれば最後に着替えをした聖竜を倒してから、何かがあったということになる。


 現在いる場所と鏡など自分を映すものを持っておらず、痛みなどからシャツが脱げないといったことから首のあたりなどは分からないが、腕を見る限りでは、熱や痛み、締め付けられる感覚は、タトゥーのある部分のみにあるらしいと推測された。

 痛みや熱から逃れるためにいっそのこと皮膚を剥ぎ取ろうかとまでもの考えに至るが頭が朦朧としてきており、もし実行すれば失敗する可能性が高いと考え、何もせずにいる。だんだん腕に力が入らなくなるのがわかり、木に背を預ける。呼吸も荒くなっている。


 今飢餓鼠はミユやハハラ達に群がっているの以外は奏を食べるために木に登ってきているが、それには奏の代わりにアリアが対処している。雷魔法で落としたり、魔吸糸を今いる木に張り巡らせて、糸で魔力を吸い上げ飢餓鼠の魔力強化を解き、自分の体重を支えられなくなって、墜落している。

 しかしそれも時間の問題である。飢餓鼠のほかに血の臭いにつられてここにやってくるモンスターはまだまだいるだろうし、遠距離魔法をつかえたり、飛行系のモンスターが来てしまっては、いくらアリアが『始まりの終わり』で育ったとはいえ、奏を守りながらであるため、分が悪い。そもそもアリアは生まれてまだ1年もたっていない甘えたがりの赤ちゃんである。レベルが高くとも知能はまだ未発達であり、好奇心や疲れからミスや油断もする。どこかしらでボロを出すのが当然であり、むしろ生まれて1年せずにここまでしっかり戦えていることがすごいくらいだ。アリアも自分がミスしたら奏は死ぬということが分かっているため、さすがにできるだけ集中しようとはしている。

 そしていくら魔獣とはいえ、その本質、元となるのは動物である。この世界の動物や虫は地球の動物や虫と生態なんかはほぼ同じようなものだ。中にはあちらにはいてこちらにはいない、逆にこちらにはいてあちらにはいないというのもいるにはいるが。魔獣が動物と基本的に違うのは寿命くらいだ。なんせ魔獣は魔力を持つ動物であるがゆえに生命力が高い。よって寿命は大体は人並みか、或いはそれ以上のものが多い。

 つまり蜘蛛系魔獣であるアリアはもちろん地球の蜘蛛と同じようなものであり攻撃においては罠などは得意とするが正面からというのは得意とは言えない。まぁそれも今まで、そして今後の経験によって変化はするのであるが。


 少なくとも現在においては生まれてからの急成長に比べると戦闘の経験は圧倒的に少なく、正面から戦うことはなおのこと少なく、そして何より奏のサポートが一切無く、逆に奏を守りながら戦うということは今まで一度もなかった。そのため、本能や欲求の強い赤ちゃんの時期のアリアには今やっていることが精一杯だった。

 そしていくら相手から魔力を吸い取っているからと言っても、疲れないわけではない。食事ならば糸を少しだけで済むが、戦闘となるとすさまじい量の糸を生成しなければならない。既にカルロ達との戦闘やミユの繭づくり、ハハラたちへの時間稼ぎで結構な量を消費した。いつもならば休憩があるし、糸の生成量も成長するにつれてだんだん多くなるが、今回は連続ということでアリアとしても厳しくなってくる。

 それを示すようにアリアの糸を出す速度も遅くなっている。

 

 そしてしばらくすると徐々にモンスターが増えてきた。種類は様々で案の定共闘なんかするはずもなく、互いに争ってはいるがアリアでも対処するのが難しい数になってきた。中には奏達に気づき飢餓鼠と同じように木に登ってこようとするモンスターまでいる。数が増えていくにつれ、アリアの守りを抜けてくるものが少しずつ出始めた。


「うぅ、ア、リア……君だけでも、逃げられ、るなら逃げ、てくれる?ぼ、僕はたぶ、んここで死ぬだろうから……」


 苦しそうに呻きながらアリアに逃げるように指示をする奏。それに対しアリアは嫌とでもいうように首を振り、奏の胸に寄り添う。奏はそんなアリアに苦しみながらも微笑んで頭を撫でる。


「ご、めんね……。ありが、とう」


 そして死を覚悟する奏とアリア。モンスターは我先にと争いながらもどんどん近づいてくる。途中で自分の重さに耐えられなくなったり、ほかのモンスターからの妨害で落ちていくものがいたが、それでもやがてここまで辿り着き抵抗しても数の暴力で終わりだ。

目を閉じてアリアをギュッと抱きしめる奏は少し肩が震えていた。


(どうして……?どうしてこんな目に遭わなくちゃいけないんだろう?)


 そんな気持ちに気付いたのかアリアが安心させるように頬ずりしてくる。痛みや熱はおさまらず続いているがもはやどうでもいい、そんな気持ちになっていた。


 そしてあと少しで奏たちのいる場所にモンスターが来るという時にそれは起こった。


「〝薔薇庭園(ローズガーデン)”」


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