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私は吉野家

先日のいわゆる、「池端、周防をラブホテルに連れ込む」の一件は、特に表ざたになるようなことはなかった。あれはいわゆるコンプライアンスに抵触する行為らしいが、あれをするかしないかで、結果は大きく変わってくるので、この一軒に関しては俺は、実にいい仕事をしたと思い込むことにしている。


そんな周防だが、どこをどうしたものか、新たな取引先を見つけてきた。しかもその会社は、福岡にある、なかなかの大手の会社だった。聞けば、大学の同級生が勤めていて、その伝手で上席と面談にこぎつけたというのだ。本来ならば、なかなかやるじゃん、と褒めてやるところだが、相変わらずのスタンドプレーと言うか、新しい取引先に連絡を取ることを、係長の尾関にも、主任の小春さんにも伝えずに、一人でやったらしい。説明によると、大学の同期と言う気心の知れた間柄で、話をしている流れでこの話につながったということだったので、上司に相談すると、彼女を連れて行ってこい、と命令されてしまった。


周防にアポ取りを命じると、先様の都合で、午前中しか無理であり、しかもそれが朝の九時半だと言う。エライ早い時間だなと思いつつ、彼女には新幹線のチケットの手配を命じる。


初訪問ということもあって、早めに博多に入ろうと考えた俺は、新神戸発六時過ぎの始発のチケットを押さえるように指示した。


当日、新幹線は遅れることなく、定刻通り博多駅に着いた。そのまま地下鉄に乗って先様の会社近くまで移動する。駅に着くと、八時四十五分。まだ、十分に時間がある。


そういえば、朝食を摂っていないことを思い出し、朝飯でも食おうぜと言って、近くの喫茶店に入る。


年老いた夫婦がやっている店で、店内の客はまばらだが、コーヒーのいい香りが鼻をくすぐる。カウンター席に座り、メニューを見て、俺はコーヒーとミックスサンドがセットになったモーニングを注文し、周防はハムサンドを注文した。カウンターの中にいたおかみさんが、アイヨと返事をして、目の前でテキパキと注文の品を作っていく。


「はいよ、どうぞ」


おばちゃんの元気な声と共に、サンドイッチが運ばれてくる。少し焦げ目のついたパンの間に、ハムやシーチキンなどが挟まれている。焼きたてで、なおかつバターがたっぷり使ってあるので、不味かろうはずはない。一口食べて、美味いといった。


ふと隣を見ると、周防が目の前の皿を睨んでいる。まるで、汚いものを見るかのような眼だ。一体どうした、食べないのかと聞くと、彼女は小さな声でつぶやいた。


「人が素手で触ったものは、食べられないんですよね……」


ハア? 何言ってんのお前、と心の中でつぶやく。


「いや、美味いよ、このサンドイッチ」


「……いや、私には、無理です。素手で触っちゃってますから」


「……腹、減ってないのか」


「どちらかと言えば、お腹はすいています」


「だったら何か食べな。心配するな、代金は払ってやるからよ」


「たぶん、無理です」


「何だったら食えるんだ? お前さん、食事はどうしているんだよ。素手で触ったものを食えないとなると、カウンターで大将の握った寿司食えねぇじゃねぇか」


「お寿司は回転ずしで食べます。あそこは機械が握っていますし、スタッフも手袋していますから。食事は大体コンビニです。それで充分です」


「そうか。そりゃ、しゃーないな」


「ですから、このサンドイッチ、課長食べてください。私、向かいの吉野家で食べてきますから」


「吉野家? 吉野家は、食べられるんだ」


「ええ。あそこも、手袋をして作っているので」


周防はそう言うと店を出て行ってしまった。俺は残されたハムサンドに手を伸ばして、それにかぶりついた。


「……誰が何と言おうと、ぜってぇ、こっちの方が、美味ぇ」

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